第2話 得難い日常

 陽が沈み、そしてまた昇る。


 今日もレティシアはいつも通りの時間に喫茶店を開いた。彼女がいくら悩んだところで何も変わらず、時間だけが経過していく。時間は無常であり、無情なのだ。

 開店と同時に、アンソニーがやって来た。そして彼がいつもの席に座ると、レティシアもいつも通りにコーヒーとクッキーを出す。そんないつもと変わらない光景に彼女は何故か少しだけ救われる気がした。


 レティシアは少しだけ心が温かくなった気がして、今日はどんな他愛のない会話が交わされるのだろうと考えていると、アンソニーは昨日のことを話題に出した。


「レティちゃん、昨日は大変だったそうじゃないか」

「耳が速いですね。昨日はマクガフ先生が急患を連れて来たもので……」

「しっかし、よく薬なんて持ってたなぁ。喫茶店に薬があるなんて誰も信じねぇよ」

「ちょいちょいちょい! ここは元々、薬屋なんですからねッ! 忘れないでくださいよ!」


 満面の笑みを浮かべてそう言うアンソニーにレティシアは思わずツッコミを入れた。


「あん? そうだったかぁ? 毎日来てはコーヒーを飲んでるだけだしなぁ……」


 彼女の言葉に全く悪びれる様子もなく、彼は更に言葉を続ける。


「そうだ。今度、家内も連れてくるよ」

「はい! 是非! お待ちしていますね」

「でも、家内に「一体何飲んでるの~?」なーんて聞かれて、苦いもん飲んでるって言ったら、わざわざお金を払ってそんなもん飲んでるのかって渋い顔されちまったよ」


 この国――ドライグ王国では、飲み物と言ったら紅茶が主流だ。後は隣国のジルニーク王国産の緑茶と、安価な番茶くらいのものであろうか。コーヒーは、おそらくレティシアが初めて作ったのではないだろうか。


「そうですね……。苦くない飲み物をご用意してお待ちしていますよ」

「そんなもんがあんのかい? 頼むよ。家内にもドラゴンテイルの素晴らしさってぇヤツを教えてやんねぇとなッ!」


 用意するとは言ったものの、何度も言うがドラゴンテイルのメニューは二つだけだ。飲み物はコーヒー以外にない。レティシアはアンソニーの奥さんに何を出そうか考え始めた。紅茶はありきたりだし、緑茶は高価である。借りている土地で育てているハーブがあるのでハーブティーもありかも知れない。



 カランコロン♪



 来客を告げる鈴の音にレティシアの思考は中断を余儀なくされた。

 慌てて顔を上げ、入口の方を窺うと、一人の男性が突っ立っているのが見えた。今の時期には暑いだろうと思われる赤いマフラーのようなもので口元を隠し、赤いバンダナを巻いた長髪の人物だ。彼は無骨な軽装鎧を身に纏い、赤いマントを羽織っている。顔から覗くのは目と鼻の頭くらいのもので、格好もそうだが、その目が印象に強く残る。その瞳は紅色を淡くした感じである。


 レティシアは初めて見る瞳の色に興味を覚えてじっと彼を見つめてしまう。

 しばらくの間、その男性に目を奪われていたレティシアであったが、よくよく見ると、彼の背後にぴょこぴょこと跳ねるがいるのが見て取れた。ソレは何やら、わきゃわきゃと喚きながら、必死な様子で何かしている。しかし、ソレはいつまで経っても顔を見せない。


 レティシアが、ソレの正体が背後霊か何かの類かと本気で思い始めたその時、少し高い声が店内に響き渡った。

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