第2話 咲希視点
「玖海子さん、わたしもう18になりました。いいでしょう?」
彼女のその目とその熱、その躰を前にして、止まることはできなかった。
わたしと玖海子さんの出会いは10年前、私がまだ8歳であの人は30歳の時だった。
わたしはいつものようにYouTubeを見ていた。その時、あの人の曲に出会った。
たおやかなピアノの旋律から始まり、耳が溶けそうになる声で歌い、その歌詞はわたしの心を打ち砕いた。
無意識にコメントを打っていた。
「さき: あなたの声と曲が大好きです😍ライブに行きたいです! 次のライブはいつですか?」
そしたら返信をもらえた。
もちろん返信を貰えたことも嬉しいが、あの人の声を生で聴ける、そう思うと夜も眠れなかった。
今思えば、この時からあの人に恋をしていた。
そして迎えたライブ当日。
初めて行く場所、スマホのマップを頼りに歩いていても目的地が指し示す場所にお店はない。
近隣にもそれらしいお店は無く、焦りと絶望で泣き出しそうになってしまった。
それでも探し回って、目的地と示された場所のちょうど真裏にそのバーを見つけた。
わたしはランドセルがちぎれそうな勢いで走り出した。
「よかった! 間に合った! お店の真裏で迷っちゃって」
そこは不思議な場所だった。
昔の曲みたいなBGMが流れていて、楽器が並んでいて、横を見るときれいな瓶がたくさん置いてあって。
リラックスしていた様子の何人かのお客さんが一斉にこちらを向く。
皆驚いた顔をしていたが、口々に歓迎の言葉を口にしてくれる。
その中の一人が「あなたが咲希ちゃん?」と聞いてくれた。
そっか。この人が。
「はい! 大島咲希です! もしかして……、如月玖海子さんですか?」
「そうよ。私が如月玖海子。ほんとに来てくれて嬉しいわ。」
喋り方大人っぽい。素敵。わたし今ずっと画面越しに見ていた人と話してる。
「えへへ。生玖海子さんだぁ。嬉しいなぁ嬉しいなぁ」
「そんなに喜んでもらえるなら、演奏のしがいがあるわ」
するとマスターらしきおじさんが声をかけてきた。
「玖海子さん、お願いします」
玖海子さんが立ち上がる。
「じゃあ咲希ちゃん、ゆっくり見ていってね」
と、ウインクを添えて。
ちょ、ちょっと待って。こんなに素敵なお姉さんのウインク。しかもわたしだけに。もうどうにかなってしまいそう。
わたしは「はい……」と答えるのが精一杯だった。
するとその人はケタケタ笑い出した。大人なのに子供みたいな顔で。その表情にも見惚れてしまった。
その日のステージは、人生最高のものだった。
ステージから降りてきた玖海子さんに、思わず声をかけた。
「玖海子さん! すごかったです! ピアノもきれいで、歌もとっても上手で! 最高です!」
「そんなに褒められても何にも出ないわよ」
とかわされてしまった。
むー。もっと伝えたい。この人ともっと近づきたい。
すると、名案が降りてきた。
「あ! 一個ありました! 玖海子さんの連絡先を教えてください!」
「私のでよければ、いいけど。 というか、今の子ってその年でもスマホ持ってるのね」
「みんな持ってますよー。やったー、玖海子さんのラインだー」
うわー、嬉しすぎる。どうしよう。わたし、この人のことが好きだ。
好き……。そっか、わたし、この人と、ママ達みたいになりたいんだ。
「わたし、今日で分かりました。玖海子さんの事が好きです! 結婚してください!」
玖海子さんは驚いている。
「え? 咲希ちゃん、好きとか結婚とかはそう軽々しく口にするものじゃ……」
「知ってます! でも好きなんです! 初めて見た時から! その声も、その顔も、作る曲も! 全部好きなんです!」
だんだん玖海子さんの顔が赤くなってきた。大丈夫かな。
それにしても、玖海子さん美人。
ウェーブのかかった長い髪に、奥二重の宝石みたいな瞳。なでやすそうな輪郭にセクシーな唇。
うわ、ドキドキしてきた。さっきから玖海子さんもこっちを見つめているし。
「と、とにかく! 咲希ちゃんの気持ちは憧れだと思う。いつか大人になったら好きな人ができるんだから、その言葉は後に取っておきなさい」
なにそれ。こんなに好きなのに。頭の中の何かがぷつりと切れた。
「そんなんじゃありません! もう、こうなったら玖海子さんにこれから好きって言いまくります! わたしが18歳になったらプロポーズします! だからそれまで待っていてください!」
なんかとんでもないことを言ってしまった気がする。でも、伝えたい。
互いの顔が熱くなっているのが分かって、それが何だか心地いい。
「分かったわ。受け止めてあげる。その代わり、他に好きな人ができたら教えてね」
「わたしは玖海子さん一筋です!」
と言うと、また子供みたいに笑った。
気付くと玖海子さんの顔が首筋へと向かい、そこになにか触れた。
それが唇だと気付くのに時間がかかった。
わたし、玖海子さんにキスされた。
嬉しい。恥ずかしい。
耳まで熱くなって、涙も出てきた。
「わ、わたし!もう帰ります!」
これ以上ここにいたらドキドキしすぎて死んじゃう。
わたしの嵐のような初恋は、こうして始まった。
それからは毎日欠かさず玖海子さんにメッセージを送るようになった。
玖海子さんの事を思うだけで、話したい事がたくさん溢れ出してくる。
会話を続けてくれる日もあれば、疲れているのか既読を付けるだけの日もある。
それが何だか楽しくて、今日の玖海子さんはどうかなと思いながらメッセージを送り続けた。
ライブにはお小遣いの範囲で行けるだけ行くようになった。
YouTubeにも少しずつ音源を上げてくれて、徐々にファンが増えていった様子を見て焦りを感じたが、大丈夫。絶対好きにさせてみせる。
ある日のライブの帰り道、玖海子さんはいつもより多くお酒を飲んでいて心配だったので、玖海子さんと駅までの道を歩いていた。
わたしは前から決めていた。いつかちゃんと告白すると。
今がチャンスだと分かってはいるけれど、緊張しすぎて玖海子さんの話が頭に入ってこない。
でも、やるしかない。
人気の少ない路地裏に入り、何度もシュミレーションしたように玖海子さんを壁際に追い込み手を突いた。いわゆる壁ドンだ。
深く息を吸い込んで言う。
「玖海子さん。わたし、14歳になりました。わたしと付き合ってください」
すると玖海子さんはにへらと笑って、
「咲希ちゃんが18になったらね。フフフ、楽しみね〜」
と言った。
18になったら、18になったら……、18になったら…………。
繰り返し頭の中でリフレインする。嬉しさともどかしさが大渋滞している。ああもう。この人は。
「また年齢の話ですか。今はこれで我慢してあげます」
と、キスをした。
「ちょ、ちょっと待って咲希ちゃん! 今のは語弊が」
「もう聞いちゃいましたからねー。楽しみにしてますねー」
わたしは玖海子さんから離れると、スキップで表通りに戻っていった。
玖海子さんは慌ててわたしを追いかけた。
今日は待ちに待った18歳の誕生日。
それに合わせてくれたのか、今日もいつものバーでライブがある。
ここ2年ほど、玖海子さんのライブでオープニングアクトをするようになった。
玖海子さんの目の色に似た、焦茶のサンバーストのギターでの弾き語り。
玖海子さんへの想いや日常の中で生まれた曲を歌っていく。
こうして曲を作って歌うようになると、玖海子さんがどれだけ凄いことをしているか分かるようになった。わたしには思いつかないコード進行や、伴奏とメロディーの意外な響き。いつも刺激をもらってばかりだ。
オープニングアクトを終え、たくさんの拍手に礼をして席に戻る。
ステージから見えていたが、今日の玖海子さんは明らかに飲み過ぎだ。
背中をさすっていると、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
耳元で
「誘ってるんですか?」
なんて囁いてみる。すると顔を真っ赤にして目を潤ませ、
「そ、そんな事は……」
って。可愛すぎるよ。だから追い討ちをかけてみる。
「そんな事は?」
「う……」
タイミング悪くマスターが出番だと伝えてきたので、玖海子さんはそそくさとその場を後にする。
椅子に座ると表情がキリリとしたものに変わる。この瞬間、好きだなぁ。
玖海子さんがピアノに指を置いた。
初めて聴く曲だった。なんて美しい旋律。
と思っていたのも束の間、それはあまりに衝撃的な歌詞だった。
わたしは気付いたら泣いていた。
だって、こんなのって。
やはり酔い過ぎていた玖海子さんを送っていく。
辛そうに足を止めた玖海子さんに声をかける。
「ちょっと、休憩していきましょう」
ホテルに入って腰を下ろして水を飲ませる。すると酔いはだんだん治ってきたようだ。
「ごめんね咲希ちゃん、また迷惑かけて。お金は私が出すから」
「いいんですよ。それよりなんですかあの新曲。まるでわたしの告白を断ってどっかにいなくなるみたいじゃないですか」
「だって、私はもうアラフォー。若いあなたと一緒にいたらあなたの可能性を潰してしまう。今日のオープニングアクトだって、私より拍手が大きかった。あなたの歌は、もっと大きな箱のワンマンにこそ相応しいのよ」
何それ。そんなの、そんな事で。
「わたしの可能性はわたしが決めます。わたしは玖海子さんとあのバーでライブできるのが一番好きなんです。あそこ以外で、玖海子さんと以外でやるつもりなんてありません」
玖海子さんの瞳に熱が帯びる。
今しかない。そう思って、用意していたものを取り出す。
玖海子さんの横で跪き、手を取る。
手の中には頑張ってバイトして買った指輪だ。
「玖海子さん、好きです。わたしと結婚してください。」
「ああもう、どうしてくれるの。こんなアラフォーの私を夢中にさせて」
と言って顔を背けたので、空いた手で顔をつかみ正面を向かせる。
顔真っ赤。かわいい。ようやくここまで来れた。わたしの大事な人。
「玖海子さん、わたしもう18になりました。いいでしょう?」
彼女のその目とその熱、その躰を前にして、止まることはできなかった。
何より、見てしまったから。彼女の瞳にうつる、二人の輝ける未来を。
「まさかほんとに出るとはね。人生何があるかなんて分かったもんじゃないわ」
「玖海子さんのおかげです。そうじゃなきゃ今音楽なんてやれていません」
私達は、NHKホールの舞台袖にいる。
そう、これから紅白のステージに出るんだ。
玖海子さんのピアノと、わたしのギター。
ある有名人に拡散された事から人気に火がついて、ついにここまで来てしまった。
「最初Mステの出演を断ろうなんて言った時には冷や汗かいたわよ」
「それで喧嘩にもなりましたね。でも気づいたんです。一緒に歌えれば、どこだっていいって」
「ふふ、そうね」
「さあ、行きましょう」
手は繋いだままで、光のもとに立った。
おねロリ百合 外街アリス @Impimoimoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。おねロリ百合の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます