おねロリ百合
外街アリス
第1話
「玖海子さん、わたしもう18になりました。いいでしょう?」
彼女のその目とその熱、その手を拒むことはできなかった。
私と咲希ちゃんの出会いは20年前、私が30歳で咲希ちゃんは8歳の時だった。
私は駆け出しのミュージシャンとして、YouTubeに自分の曲をいくつか載せていた。
ある時コメントにこんな書き込みがされているのを見つけた。
「さき: あなたの声と曲が大好きです😍ライブに行きたいです! 次のライブはいつですか?」
私は嬉しくなって、ライブなんてしたことも無いのにいつものバーの住所と適当な日付を書いて返信した。
ライブの予定なんて、今からマスターにでも言って作ってもらえればいい。
今思えば、この時から咲希ちゃんの熱にあてられていたのかもしれない。
そして迎えたライブ当日。周りは見知った顔ばかりでコメントをしてくれたと思しき人はいない。
緊張と哀しみで、いきなりこんなことするなんて馬鹿みたい、と沈み始めた頃にその人はやってきた。
「よかった! 間に合った! お店の真裏で迷っちゃって」
その人は女の子だった。しかもかなり小柄な。ランドセルを背負っていなければ小学生と分からないくらいに。
皆驚きはしたが、口々に歓迎の言葉を口にする。
私もすかさず「あなたが咲希ちゃん?」と聞く。直感はしていたが、自分の中の答えと照らし合わせるように。
「はい! 大島咲希です! もしかして……、如月玖海子さんですか?」
「そうよ。私が如月玖海子。ほんとに来てくれて嬉しいわ。」
「えへへ。生玖海子さんだぁ。嬉しいなぁ嬉しいなぁ」
「そんなに喜んでもらえるなら、演奏のしがいがあるわ」
するとマスターが声をかけてきた。
「玖海子さん、お願いします」
マスターの言葉に従い、立ち上がる。
「じゃあ咲希ちゃん、ゆっくり見ていってね」
ウインクも添えて。
咲希ちゃんはたちまち真っ赤になって俯いて、
「はい……」
なんて答えるものだから、緊張もどこかに吹っ飛んで笑みが溢れ出してしまう。
初めてのステージは85点の出来だった。
普段しないようなミスをしてしまったり、歌詞を間違えたり。
そんな出来のライブでも、咲希ちゃんはスターを見る目で私を見ていてくれた。
「玖海子さん! すごかったです! ピアノもきれいで、歌もとっても上手で! 最高です!」
「そんなに褒められても何にも出ないわよ」
と応えると、咲希ちゃんはいじけた顔で「むー」と考えこむ。
そんな顔も愛らしいなと思っていると、
「あ! 一個ありました! 玖海子さんの連絡先を教えてください!」
思っても見ないところから来た。
「私のでよければ、いいけど。 というか、今の子ってその年でもスマホ持ってるのね」
「みんな持ってますよー。やったー、玖海子さんのラインだー」
そんな彼女のにやけた顔を見つめながらウイスキーを進めていると、ふと彼女が真剣な顔になった。
そんな顔もするんだ。なんて思っていたのも一瞬。
「わたし、今日で分かりました。玖海子さんの事が好きです! 結婚してください!」
え? 今なんて?? わたしのことが好き? 結婚?????
アルコールも相まって、脳みそが動かなくなったのを感じた。
「え? 咲希ちゃん、好きとか結婚とかはそう軽々しく口にするものじゃ……」
「知ってます! でも好きなんです! 初めて見た時から! その声も、その顔も、作る曲も! 全部好きなんです!」
なんだかクラクラしてきた。顔も熱い。
こんなにストレートに告白されたのなんて初めてで。
それにしても、咲希ちゃん美人。
触れたら溶けてしまいそうな細い髪に意志の強い瞳。すらりと通った鼻筋に小さな唇。
めちゃくちゃタイプだ。
いやいや、小学生相手に何考えてんの私。
「と、とにかく! 咲希ちゃんの気持ちは憧れだと思う。いつか大人になったら好きな人ができるんだから、その言葉は後に取っておきなさい」
「そんなんじゃありません! もう、こうなったら玖海子さんにこれから好きって言いまくります! わたしが18歳になったらプロポーズします! だからそれまで待っていてください!」
なんて熱だろう。互いの顔が茹でダコみたいになっているのがわかる。
でも、不思議と心地いい。
「分かったわ。受け止めてあげる。その代わり、他に好きな人ができたら教えてね」
と言うと、食い気味に
「わたしは玖海子さん一筋です!」
なんて言われてしまい、また思わず笑ってしまった。
気付くと意識が彼女の首筋に向かい、自然と唇を落としていた。
はっと我に帰った時にはもう遅い。
店内は冷やかしの嵐。咲希ちゃんも耳まで赤くなって、涙まで浮かべている。さっきの威勢はどうしたのよ。
「わ、わたし!もう帰ります!」
そう言って猛ダッシュで彼女は店を出ていった。
私はただ、嵐のような彼女の残り香に埋もれていた。
それからは毎日欠かさずメッセージが届くようになった。
「おはようございます玖海子さん☀️今日もお仕事頑張ってください、大好きです❤️」
「今日も玖海子さんのことを一日中考えていました🤔やっぱり好きです✨」
「通学路にどんぐりがたくさん落ちてたので拾ってきました🌳これがわたしでこれが玖海子さん。玖海子さんがかわいいです😍」
「今日は寒いですね❄️風邪ひかないように気をつけてください。結婚したらこたつで一緒にあったまりましょう⛄️」
などと、情熱的なのが毎日。
しばらく会話する時もあれば、疲れていると既読無視してしまう日もある。
それでも毎日、彼女は健気にメッセージを送ってくる。
ライブは不定期で行うようになった。
YouTubeにも少しずつ音源を上げて、徐々に登録者やライブに来てくれるファンが増えていった。それでも、あの嵐の彼女だけは、私の中で特別な存在になりつつあった。
ある日のライブの帰り道、私はいつもより多くお酒を飲んでしまい、情けないことに咲希ちゃんに介抱されながら駅までの道を歩いていた。
路地裏に入ったなーと回らない頭で考えていると、いつの間にか壁際に追い込まれ、頭の横に手を突かれた。
「玖海子さん。わたし、14歳になりました。わたしと付き合ってください」
「咲希ちゃんが18になったらね。フフフ、楽しみね〜」
突然、唇に柔らかいものが触れた。
「また年齢の話ですか。今はこれで我慢してあげます」
と、熱のこもった目で言う彼女を見て気付いた。
私今キスされた!? ファーストキスだったのに! というか私、いまとんでもないこと言わなかった!?
「ちょ、ちょっと待って咲希ちゃん! 今のは語弊が」
「もう聞いちゃいましたからねー。楽しみにしてますねー」
彼女は私から離れると、スキップで表通りに戻っていった。
私は慌てて彼女を追いかけた。
今日は咲希ちゃんの18歳の誕生日。
それに合わせてと言うわけではないが、この日もいつものバーでライブを行った。
気が付いたら彼女に向けた曲が随分と多くなった。
なので今日は口にはしないが全編、彼女に向けた曲特集である。
当然彼女の前なので恥ずかしい。
お酒はあれから気をつけていたのに、酒量が増えていく。
オープニングアクトを終えた彼女が隣にやってきて、
「もう、いきなり飲み過ぎですよー」と背中をさすってくれる。
耳元で
「それとも、誘ってるんですか?」
なんて囁かれたもんだから、体中の熱が一気に顔に集まった。
「そ、そんな事は……」
「そんな事は?」
「う……」
タイミングよくマスターが出番だと伝えてくれたので、そそくさとその場を後にする。
さあ、演奏に集中するぞ玖海子。
ピアノに指を置いた。
あなたの瞳 黒い意志
わたしの砦 打ち砕く
あなたの言葉 赤い熱
わたしの隙間 満たしてく
その背に翼が宿ったら 君はどこまで飛んでくの
その手に僕を抱えたら きっと沈んでしまうだろう
ごめんね 僕は君の足枷だから
君と一緒には飛べないや
ごめんね どこかでまた会えたらば
君と一緒にね踊れるよ
彼女は涙していた。
やはり酔い過ぎた私を咲希ちゃんが送っていってくれる。
つらい。吐きそう。
思わず足を止めた私に彼女が声をかける。
「ちょっと、休憩していきましょう」
ホテルに入って腰を下ろして水を飲む。すると酔いはだんだん治ってきた。
「ごめんね咲希ちゃん、また迷惑かけて。お金は私が出すから」
「いいんですよ。それよりなんですかあの新曲。まるでわたしの告白を断ってるみたいじゃないですか」
「だって、私はもうアラフォー。若いあなたと一緒にいたらあなたの可能性を潰してしまう。今日のオープニングアクトだって、私より拍手が大きかった。あなたの歌は、もっと大きな箱のワンマンにこそ相応しいのよ」
「わたしの可能性はわたしが決めます。わたしは玖海子さんとあのバーでライブできるのが一番好きなんです。あそこ以外で、玖海子さんと以外でやるつもりなんてありません」
またその目だ。本当にずるい。
彼女のその目を見ていると、あの箱のライブだけで紅白にでも行けてしまう気がしてくる。
彼女が私の横で跪き、手を取る。
手の中には立派な指輪だ。
「玖海子さん、好きです。わたしと結婚してください。」
「ああもう、どうしてくれるの。こんなアラフォーの私を夢中にさせて」
思わず顔を背けると、彼女は空いた手で顔をつかみ正面を向かせる。
「玖海子さん、わたしもう18になりました。いいでしょう?」
彼女のその目とその熱、その手を拒むことはできなかった。
何より、見てしまったから。彼女の瞳にうつる、二人の輝ける未来を。
「まさかほんとに出るとはね。人生何があるかなんて分かったもんじゃないわ」
「玖海子さんのおかげです。そうじゃなきゃ今音楽なんてやれていません」
私達は、NHKホールの舞台袖にいる。
そう、これから紅白のステージに出るのだ。
私のピアノと、彼女のギター。
繊細な詩曲とコーラスワークが人気を呼んで、ついにここまで来てしまった。
「最初Mステの出演を断ろうなんて言った時には冷や汗かいたわよ」
「それで喧嘩にもなりましたね。でも気づいたんです。一緒に歌えれば、どこだっていいって」
「ふふ、そうね」
「さあ、行きましょう」
手は繋いだままで、光のもとに立った。
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