第5話
尖った耳に褐色の肌、髪は白と黒が入り混じってどこか幻想的だ。ダークエルフの少女の胸に耳を当ててみる。絵面と字面を見ると非常に危険な行為だが、医療行為であることを明言しておく。
心臓は動いている。ボロボロの状態でお世辞にも綺麗とは言い難い、怪我もしているのいきなりお湯をぶっかける訳にもいかないので、着ていたボロ布を剥ぎ取って桶とタオルを購入してから縁側でできる範囲で拭き取る。
髪の長さ的にも女の子だとは思ったけど、その通りだった。
「にゃーん」
姉さんがある程度綺麗になったことを確認すると、回復魔法を使用してくれたようで、淡い光に包まれると体の傷が癒えていく。姉さんしか勝たん!
「姉さん、これ以上は治らないんですか?」
「にゃーん」
古傷は治らないらしい。少女の体には息を飲むような傷跡が複数残っている。中でも頬から首にかけての刃物で付けらた一本の傷が痛々しい。見た目だけでいえば、4、5歳くらいの可愛い盛りの少女なのに。
「にゃーん」
「そうですか。これが異世界ですか」
まだ汚れているが、シャワーについては体力が戻ってからだろう。
新しい布団を買う余裕がなくて、俺の布団で申し訳ないが、今はここで我慢してもらおう。
「にゃーん」
「そうですね、服も用意しないとですね!」
ショッピング画面を表示させて、女児用のラインナップを見てみるが見慣れない画面に目がチカチカする。
とりあえずは白のパンツとスウェットの上下を購入する。思ったより安くて助かったけどもうお金がないんですけど。
体もガリガリだし、お粥か? じゃがいもでお粥って作れるのかな。
このファミレスの庭の便利機能としてレシピや調理動画を視聴することができるので、それを参考に必要な物をチェックする。
作れるっぽい。牛乳も買わないといけないが、残ってるパンも活用できそうなので少し混ぜるか。これなら牛乳代だけでいける。
最低限の野菜達を残して、ふかし芋の残りまとめて売却する。
売却する物を専用の箱に入れていくと、リアアルタイムで金額が表示され最後に一覧が出てくる。
ふかし芋が1つ200円で売れる。高いのか安いのか、いや高いか。
あとはピーマンときゅうりは1個単価が決まっている訳でなく、品質によって価格が変動するようで、余ったじゃがいも含めて2000円となった。
買取っていっても普通に店売りくらいの価格で買い取ってくれている体感はある。あとの検証は時間に余裕がある時に確認しよう。
寝息を立てるエルフ少女の頭の横で姉さんが丸くなっている。俺が風邪になった時も同じようにしてくれてたことあったなぁ。姉さんが様子を見ててくれるなら安心だろう。
それを見て大福が少女の腹に顎を乗せる。少しだけ少女が苦しそうな反応を見せた。
「にゃーん」
「わふ」
俺が止める前に姉さんに怒られた大福が俺の近くに寄ってくるがこれから料理をするので離れているようにお願いをすると拗ねて、壁際へ移動してしまった。
「大福、この子が寒がるといけないから横にいてあげてくれ」
「わん!」
あんまり煩くするなと、口元で指を立てて静かにするようにお願いをする。
少女の横のスペースに潜り込むと直ぐに寝息を立て始めた。マイペースなやつだ。でも少し冷えるこの季節の大福はたまらない。夏が少し怖くはあるけど。
気を取り直して、改めて残していたじゃがいもを蒸し、荒めにスプーンで潰す。次にパンをちぎって牛乳で煮ていく、パンが柔らかくなったタイミングで潰したじゃがいも入れて塩胡椒で味を整える。
「こんなもんかな? お金に余裕があればチーズとかも買いたかったな」
いい匂いがしてきたけど、これはあの子のご飯だから俺が味見以上に食べる訳にはいかない。ふかし芋1個で今日は我慢するか。
「んっ……」
「にゃーん」
起きたのかな。作ったじゃがいも粥的な物をちゃぶ台に置いて、少女の横から顔を覗き込む。
あまり見てても起きた時に驚いちゃうかな。大福は変わらず気持ちよさそうに寝ている。
唐突にバチりと少女の瞳が見開かれる。綺麗な黄金色の瞳が俺を捕らえた。
数秒ジッと俺を見つめると、飛び上がって土下座をしてプルプルと震えている。
「あの、大丈夫?」
「申し訳ありません」
おお、言葉がわかる! これは最初から翻訳されているのかな?
「にゃーん」
「あ、そうですね。落ちかせないと。大丈夫だよー、怖いことはないからね。お兄さんは悠って言うんだ。君の名前を聞いてもいいかな」
「にゃーん」
杏だよと姉さんも自己紹介している。大福はいつまで寝てるんだ。
恐る恐る、少女が頭を上げる。勢いよく頭を畳につけたせいで、おでこに畳の跡がついてしまっている。この雰囲気で笑ったらダメだぞ……。
「……エルフです」
それは名前ではなく種族名だよね?
「にゃーん」
「はい、名前はないです」
え? 姉さんと話せてる? 異世界の人なら基本的に話せるんだろうか。
「にゃーん」
「へぇ、モモですか。いい名前ですね。どうかな? モモって名前は」
「はい、わかりました」
彼女にとっては命令みたいな受け止め方になってしまっただろうか。まぁ今はそれでいいか。とにかく元気になってもらうのが先だ。
「それではこれを食べなさい。急がずだよ」
「え? これを私が食べるんですか?」
「にゃーん」
「……はい」
思惑がわからないという困惑をしている。
今まで苦労していたんだろう。
「うぅぅ、たくさんお食べなさいね」
「にゃーん」
男が子供の前で泣くもんじゃないって言っても、だって感情移入しちゃったんだもん。
訝しげに俺を見ると、様子を見ながらスプーンを口に運ぶ。モモの顔が高揚したのがわかった。
「そんなに急いで食べたら、胃が驚いちゃうからゆっくり噛んで食べなさい」
俺の声が届いていないのか泣きながら食べ続けてしまう。コップに水を用意してモモの横に置いておく。案の定、急いで食べたため咽せてしまったようで、俺がコップを指差すとこれもおどおどしながら一気飲みしてしまう。
「おかわりもあるからね」
「はい……」
また大粒の涙を流してしまった。俺もまた同じくもらい泣きしてしまい、姉さんが呆れ気味だ。
「わん!」
「やっと起きたのか大福、ちょっとやめなさい!」
泣いてるモモを見て大変だと言わんばかりに、押し倒すと涙をベロベロと舐め始める。
ちょっと今はやめなさいって! 弱ってるんだから。
「わん、わん!」
なんとか引き剥がすと今度は俺の顔をベロベロと舐め始めた。そんなやり取りを見てモモがくすくすと笑った。
笑顔がとても可愛い。少しでも元気になってくれたのならよかった。
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