第13話 計り知れない

「俺さ、俺みたいな悪い子が、いつか世の中からいなくなれば良いなって思うんだ!」


 俺の中にある古い記憶。

 俺の目を真っ直ぐに見つめる少女の瞳には、未来を照らす炎が宿っていた。あの時、とてつもないエネルギーを受けた気がして、俺は咄嗟とっさに目をらしてしまった。


 その日が、俺の生きる理由ができた日。



「パン、食うか?」

「…………、えっ!! いいの!?」

 一言そう言うと、少女は喜びの感情を顔いっぱいに表してきた。


「パン買うお金、あるんだ……。うらやましい……」

「んなもんねえよ。ってきたもんだ」

「そっか、お前悪い奴なんだな」


 赤毛の髪をボサボサに跳ねさせた彼女は、差し伸べた俺の手から勢いよくパンを奪い去った。

 気まぐれで自分のパンをあげたのだが、彼女の言動も相まって与えたことをすぐに後悔した。


 それからというもの、少女は俺の後ろをしつこく付きまとうようになった。

「おい! 今度はやらねえからな! 超絶期待してんじゃねえぞ!」

「もらうつもりない! 盗み方学んでるだけ!」

「ああそうかよ! マジで俺の邪魔はすんなよな!」

「お前こそ! べ~だ!」


 彼女が付いてくるようになってから、俺の盗みの成功率は下がった。

「あっ! 赤い髪のガキがいるぞ! 白髪のガキも一緒のはずだ!」

「赤髪の女の子を見つけたら注意しなさい。その近くに、スリの上手い白髪の男の子も一緒のはずよ」

「最近、フェンリルに警戒しなくても、赤い嬢ちゃんがいてくれるから楽だぜ!」


 徐々にイライラが募っていき、遂に爆発してしまった。

「マジでテメー超絶どういうつもりだよ!」

「わーーー!! 暴力はんたーい!!」

 胸ぐらを掴んで脅すと、少女は両手を挙げてジタバタと動かし、激しい困惑の表情を浮かべた。


「二度と付いてくるんじゃねえ! 次は殺すぞ!」

 彼女を激しく睨みつけて恫喝どうかつする。

「待って、良い方法を思いついたんだ! いつもよりもたくさん盗めるはずだよ!」

「はぁ?」

「だから殺さないで、お願い!」

 必死に命乞いをする少女に、さすがに気後れして手を離す。


「聞くだけ聞いてやるよ」

「ハァ、ハァ、良かった~。あのね、俺が皆の注意を引いて、その隙にお前が盗むっていう作戦。どう?」

 彼女が言う作戦は、自分が現れれば皆が警戒するようになる。そして、自分がいなくなれば皆の警戒がプツリと途切れる。そこをこの俺が狙うというものだった。


「なるほど、やってみる価値はあるな」

「でしょでしょ!」


 結果、作戦は驚くほど上手くいった。なんと、久しぶりの肉にありつけるほど収穫があったのだ。

「おいひ~!」

「超絶信じられねえ」

 捨てられていた何に使うかも分からない鉄の板を、日光の下に置き、アツアツにしてからその上で肉を焼いて食べる。


「お前、名前は?」

「バフロ!」

 肉を口に入れたまま、少女は自分の名前を元気いっぱいに答える。


「俺はフェンリル。提案があるんだけどよ、俺と組まねえか?」

「悪ガキコンビ、結成だね!」

 俺に、中々長い付き合いになる連れができた。



「ねえ、俺あれ欲しいな!」

 ある日、俺たちのいるスラムから少し離れた町に行った時のこと。

 バフロが一つの店を指さして俺にそう言ってきた。


「奥さんや恋人への贈り物はいかがですかー!」

 店の前に立っている女性の店員さんが、道行く人たちにそう呼び掛けている。

 宝石店だった。


「あの赤いのが欲しい」

「自分で金貯めて買うんだな。まあ、超絶無理に近いけどな」

 彼女の指す赤い宝石の値段を見る。頭がクラクラした。


「えーっ! あれも盗もうよ!」

「馬鹿言え。見ろ、ごっつい警備員が二人もいやがるぜ」

 さすがにプロフェッショナルを相手にするのはまずい。屈強な男性二人と子供二人では勝負にならない。


「行くぞバフロ、諦めろ」

「ちぇっ、フェンリルの意気地なし」

「超絶ぶっ飛ばすぞ」

 俺たちは諦めてその店から遠ざかっていった。

 しかし、バフロは未練がましく、その宝石店が見えなくなるまで見つめていた。


「俺たちって、いつまでこんななのかな?」

 ゴミ溜まり場の秘密の隠れ家にて、バフロが唐突に切り出してきた。


「俺たちって、なんで悪い子にならなきゃ生きていけないんだ?」

 さあ、なぜだろうか。彼女の質問を受けて、俺は黙ってしまった。


 俺は子供だった。その素朴そぼくな疑問への答えを持ってはいなかったのだ。

 そしてそれは、大人になった今でも見つかっていない。


「俺さ、俺みたいな悪い子が、いつか世の中からいなくなれば良いなって思うんだ!」


 彼女の言葉に、俺は初めて気圧された。

 その声色からは、何かとてつもない生きるためのエネルギーが感じ取れたのだ。


 こいつと一緒なら、どこまでも行ける。

 そう思わせるほどの熱量。俺が持ち合わせていないものだった。


「どうすれば良いか分かんないけど、俺にできるかな?」

「ああ、できるさ」


 俺たちが組めば、きっと超絶余裕だ。

 あの真っ赤な宝石でさえ、いくつも買えてしまうほどに。


    ◇


 三角錐湖の上に、一機のファストが飛んでいる。保護対象者たちを乗せた捜索班のものだ。

 彼らからの報告には、多数の殉職者じゅんしょくしゃが出たことに加え、湖底に現れた巨大な謎の黒い顔、そして大量のミカエリと共に、バフロ一人を残して撤退してきたとあった。


「第二波が来るぞ、超絶準備しろ」

 俺は、避難エリアに残っている部隊長たちに指示を出し、臨戦態勢に入るよう促す。


「バフロ……、一人でやるつもりか」

 仮設テントの臨時作戦本部から、慌ただしく人がいなくなった後、俺は三角錐湖を眺める。

 まさに今、バフロがあそこで戦っている。ここから動けないのがもどかしい。


 ピーーーーーーーーー!! ボボーーーーーーン!!


 始め、目を疑った。

 遠目に見ていたファストが、湖から突然出てきた光線に貫かれ、激しい轟音と共に炎に包まれたのだ。

「一体全体なんだってんだよ!?」


 上空で爆発した機体は、炎上したまま高度を下げていく。そのまま湖の畔の方に近づき、

 ボガーーーーーーン!!

 接地した瞬間に再度爆発。炎を残して、機体は跡形もなく消えてしまった。


「クソッ!! おい、ファストが墜落した方に応援を出せ!! 今すぐだ、超絶急げ!!」

「は、はい!」

 近くにいた一般戦士に指示を出す。彼は慌ててその場から去っていった。


「超絶、引っ掛かるな」

 民間人を救出するために、始めは第3部隊を駆り出した。続いて、湖に沈んだ民間人を救出するため捜索部隊を派遣した。

 どちらも避難エリアに帰ってくる途中で襲撃を受けている。


「まさか、戦士の数を減らされているのか? 俺たちが民間人を見捨てられないことに気付いた上で……」

 それも一度目は新種のミカエリ、二度目は謎のレーザー光線と、初見殺しで仕留めに来ている。


「俺たちはすでに、奴らのてのひらの上だってのか……」

 自分がミカエリたちに動かされているような気がしてならない。考えを見透かされているような気がしてならない。


「クソッ! 俺は戦略担当じゃねえぞ!」

 ここでようやく、俺はミカエリの真の恐ろしさに気付く。


 俺たち人間は、ミカエリのことを未知の機械生命体と位置付けている。

 しかし、ミカエリ側から見た人間は、はたして未知の生命体なのだろうか。

 敵のことをよく知らない軍と、敵のことをよく知っている軍。戦えば有利なのは間違いなく後者だ。


 ミカエリの恐ろしさ。それは彼らの戦闘力や数に非ず。

「計り知れない」という恐怖を、俺は今、ひしひしと実感していた。


「グルルルル。おい、犬がいるぞ」

 野太い獣の声が、テントの中から聞こえてくる。雪人狼だ。

「犬? どこにもいねえよ」

 おかしなことを言う奴だ。俺の視界に入る全ての景色を注意深く見ても、犬なんて一匹も見当たらない。第一、いたからなんだと言うんだ。


「ここじゃねえよ、森だ。森の中に犬が一匹。臭いで分かる。それも野生じゃねえぞ。飼い犬の臭いだ。不自然じゃねえか?」

「この騒動で町から森に逃げただけじゃねえのか?」

 別におかしくもないだろう。動物なのだから、人とは違う方角へ逃げたって何ら不思議ではない。


「ハッ! これだから人間はダメだぜ。俺は獣だからな、お前ら人間よりも動物の考えることの方がよく分かるってもんだ」

 こいつの言うことは間違いない。珍獣であるこいつの言うことは、人間の俺からするとよく分からないことが多いからだ。動物に近いのだろう。

「グルルルル、様子を見てくるぜ」

 雪人狼はそう言い残してテントを出ていった。


「自分勝手で超絶困った野犬だぜ。いつになったらあいつは飼い犬になってくれんだよ」

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