第9話 燃ゆる闘志

 湖のほとりに二つの影があった。

 一つは女性、もう一つは屈強な獣人の輪郭りんかくを持っていた。

 湖側から吹き付ける風の音と、浜辺の砂地で二つの影の主が生み出す足音以外、聞こえるものは無かった。


「町民の話だと、ミカエリどもはここから出てきたらしいが、めぼしい変化は無いな」

 バフロがこの場に一つ、音を追加する。

 彼女と相棒である焔牛人は、結界の解除方法を探るため、ミカエリが現れたという三角錐湖まで足を運んだが、目につくような異変は特になく、地道な究明活動が開始されようとしていた。


「奴らは撤退時、ここに向かって逃げていた。町中に数機潜んでいたことを考えると、ドラミデ町を離れたとは考え難いな。湖周辺を細かく探してみるか?」

「そうだな。またいつ襲ってきてもおかしくないってことだもんな。ここは、先手で俺たちが仕掛けるべき時だ。そんで結界も解除して、奴らを一機も残さず消し炭にやるぜ!」


 焔牛人の提案をバフロは受け入れる。

 彼女は気合を入れるために、手のひらを拳で強く打ち付けると、焔牛人に先行する形で湖の淵を歩き出した。

「お前は右回りに行け、俺は逆を行く。ミカエリを見つけたらすぐ知らせろよ」

「御意」



 彼女たちは、町から離れた湖付近の森も調べてみたが、ミカエリの気配を掴むことはできず、ただただ時間だけが過ぎていった。


「ミカエリどもめ、一体どこに行ったんだ?」

 一人と一頭は森の中で火を起こし、森で採れた木の実や湖の浅瀬で獲れた魚を串刺しにして焼いていた。バフロは魚にかぶりつく。


「私に一つ、思い当たることがあるのだが」

「なんだよ?」

 焚火を眺めながら切り出した焔牛人に、バフロは口に物を入れながら尋ねた。


「ミカエリの数はフェンリルさんの働きもあって随分と減った。だが、残った数も少なくは無かった。これだけ周辺を探して見つからないのならば、可能性は一つに絞られる」

 珍獣の言葉に、バフロは食べながら首を傾ける。彼女には話が見えていなかった。


「おそらく湖の中だ。私たちはまだ、水中を確認してはいないだろ?」

 その発言に、バフロはハッとしたような表情を見せる。水中であればミカエリがどれだけ大勢いようとも身を潜めることができる。

 しかし、彼女には疑問があった。


「でも、ミカエリが潜水できるなんて話聞いたことないぞ。それにあいつらは機械だろ? 水は弱点じゃないのか?」

「謎が多く、人知を超えているから彼らは恐れられているのだ」


 ミカエリについて、人類の研究は滞っていた。

 ミカエリはその生命活動を停止すると、体が崩れ去り、風に運ばれるちりとなる。捕らえたとしても自ら活動を停止してしまうため、研究対象の保存が不可能なのだ。

 それゆえ焔牛人は、バフロの疑問に答え得る情報を持ち合わせていなかった。


「少年のペットらしき姿も見当たらない。今日はもう休むべきだ。疲労を溜めたまま奴らと出くわすのは得策ではないだろう」

「分かった。交代で見張りをしながら寝ようぜ」

「御意」


 バフロと焔牛人は、日の暮れないまだ明るい空の下、眠りに入る準備を整える。

 初めに眠りについたのはバフロだった。数分して、すぐに寝息が聞こえてきた。

「全く、この状況下でよくこんなにも早く眠りにつけるものだな」



 三時間後、バフロは目覚めた。彼女は周囲を確認し、自分の相棒がいないことに気付く。

「おい、焔牛人! 見張りを交代するぞ! どこに行ったんだ?」

 声を張り、木々が生い茂る中、焔牛人に呼び掛ける。


 しかし、返事は無かった。彼女は異変を察知する。

 これまでの行動から、焔牛人が自身の任務を放棄することは考えられなかったからである。


「何かあったな」

 バフロは、焔牛人が自分を起こさずに単独で行動したことについて考えを巡らせる。

 あらゆる可能性の中で最も起こり得る事象。彼女が導き出したその答えは、敵からの奇襲だった。



 ウィ、ウィ、ウィ。

 ボオオオ! ブオン!

 その頃、焔牛人は、頭から生える二本の角と両腕を炎で纏い、迫りくる小さい、しかし確実な脅威を多数相手取っていた。

「次から次へと湧き出てくる。小さいが、中々に難儀な奴らだな」


 見張りの途中で、ワラワラと木々の間からはえの様に群がって現れた小型のミカエリを見て、彼は咄嗟に敵の注意を自分に引き付けるよう動いた。

 彼は自分の側で横になり、スヤスヤと気持ち良さそうに眠るバフロを見て、彼女の身体が休養を欲していることを察したのだ。


 戦いはまだ続く。今は彼女を休ませる時。そう判断した焔牛人は、自身の力だけで初見の機械生命体と戦うことを決めた。

 しかし、通常のミカエリよりも機体が小さかったこともあってか、彼はその実力を見誤った。


「私としたことが、愚かにも油断したな。こいつら、普通のミカエリよりも強いじゃないか」

 自分の攻撃が中々当たらないことや、怪しげな触手攻撃を考慮して、目の前で群れている小さな球状の機械の強さを、ミカエリの上位に据える。


 ニョロニョロニョロ。

「あの触手には触れない方が良いな。何が起こるか分からん」

 ボオオオオオオン!

 纏う火力を上げ、自身の上方にいる敵に二本の角を差し向ける。ふくらはぎと太腿ふとももの筋肉に力を込め、高く跳躍した。


 しかし、焔牛人は手応えを得られなかった。

 空中を浮遊していた一機を目掛けて攻撃したものの、通過した軌道には既に小型ミカエリの機体は存在していなかった。


 ニョロニョロニョロ。

「フン!」

 ボゴオオオオン!

 焔牛人の燃える右腕が、空中で触手を伴って襲い掛かってきた小型ミカエリを貫く。風穴の開いたその機体は、触手もろとも燃焼し、やがて灰と消えた。


「貴様らは強いが、分かってきたこともある。触手が出ている際は、スピードが格段に落ちるな。危険ではあるが、その時が狙い目だ」


 ボボン! ボボン!

 体を激しく燃焼させ、気持ちをたかぶらせる。

 焔牛人のこの現象には、精神に高揚感を与える他に、自身の肉体のギアを上げる効果もある。

 しかし、体に掛かる負荷も大きく、この状態が長く続くわけではない。


「早いとこ主の元へ戻らなくてはならないのでな、これで終わりにしよう」


 焔牛人は上半身を捻り、グッと全身に力を溜める。

 動かない獣人目掛け、大量の小型ミカエリが四方八方を取り囲んで襲い掛かる。


 炎が体から弾けたところで、溜めたエネルギーを開放する。捻った身体を逆方向に回転させ、炎を纏った肉体で近寄ってきた敵を一掃する。

 周りの小型ミカエリを灰に変えた後、焔牛人は回転を止めることなく他の機体の元へと迫っていく。


 ボボボン! ボボボン! ボボボン!

 次から次へと焼き払っていく。ギアを上げた焔牛人の速度は、小型ミカエリのスピードを捉えられるほどまでに向上していた。

 回避しようとする機体は追撃して撃ち落とされ、反撃に出ようとする機体も、触手が焔牛人の体に届く前に燃やし尽くされ、消滅していく。


「はぁ、はぁ……」

 しかし、焔牛人の攻勢は敵を全て倒しきる前に止んだ。エネルギー切れである。

 体を纏っていた炎が消え失せ、肩で息をする獣人の肉体だけがその場に残された。


「くっ……、負けん」

 それでも尚、焔牛人の闘志が消え失せることは無かった。

 拳を構え、ここぞとばかりに反撃に転じてくる小さな球状の機械を前に、彼は睨みを利かせる。


「もちろん訳があるんだろうな!? 焔牛人!」


 獣人の絶体絶命の危機に、その主は颯爽さっそうと現れた。

 相棒の元へと全速力で駆けていく。バフロは走りながら右手を前に差し出す。


「すまない。君に迷惑を掛けるつもりではなかったのだが、実にグッドタイミングだ」

 焔牛人は安堵の表情を浮かべると、自身も彼女の元へと駆け出す。


「私を使え」

「当然だ。珍獣装備『焔牛人』!!」


 焔牛人が伸ばした手をバフロは握る。

 その瞬間、焔牛人の体は眩い光に包まれ、槍形状の装備へと変貌を遂げた。


『焔角槍!!』

 赤き槍が燃ゆる。使い手の闘志と共に。


 バフロに群がる小型ミカエリ三機は、触手を機体から覗かせると、常人では反応できないほどの速度でそれを彼女に伸ばしてきた。

 しかし、バフロは、当たれば即死の攻撃を一本の槍で難なくさばいてみせる。


「お前らが何なのかは知らないけど、速いだけの敵ならこれまで何回も対峙たいじしてきたぜ!」

 バフロの持つ槍の炎の勢いが増す。

 その熱量は、小型ミカエリたちに接近の危険性を察知させ、近づくことを躊躇わせるには十分なものだった。


 ボオオオオオオオオオン!

 バフロは小型のミカエリ三機を、その槍の一払いで機体を炎上させ、灰へと変えてしまった。

 槍を敵に綺麗にヒットさせずとも、近づけるだけで槍の焔は敵を飲み込む。


 ウィ、ウィ、ウィ。

「鬱陶しいな!」

 槍を自身の体の360度全方位に振り回し、接近してきた敵を討伐していく。みるみるうちに数を減らしていく小型ミカエリたちは、バフロが振るう槍の炎に触れないように逃げ惑うことしかできない。

 決着は時間の問題だった。


 珍獣装備「焔牛人」が生み出す火炎が、効果的な攻撃手段となり、使い手を守る盾ともなっていた。

 炎は、体の大きな焔牛人の肉体すべてをカバーすることはできなかったが、一回り小さなバフロを触手から守ることは可能だった。

 そのため、焔牛人が敵の攻撃をかわしながら反撃しなければならなかったのに対して、バフロは槍を振り回すだけで敵を一方的に攻撃することができた。


「俺は十奇人になる。こんなところでつまづいていられないぜ!」

 数分も経たぬうちに、焔を司る女戦士は、その場にいた小さな機械生命体を一機も残すことなく消し灰にした。

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