第8話 新型襲来
「そんじゃあ、聞かせてもらおうか……」
「す、すいません……」
「謝罪が聞きたいわけじゃないんだ」
うな垂れて謝罪する僕に、バフロさんは容赦なく詰め寄ってきた。
そこはとある家の地下シェルターだった。
臨時の時のために、家主が用意していたのだろう。
大きなソファーに寝具、ラジオ、缶詰、銃など様々なものが備えられてあった。
そんなシェルター内には、人が僕を含め五人、珍獣が一頭いた。
その内一人は、正座をさせられている僕の前に足を組んで座っているバフロさん、一頭は目を瞑りながら壁にもたれ掛かかっている焔牛人だ。
そして残る三人も、なんと僕の知る人たちだった。
僕のクラスの担任である広子先生に、そのお子さんであるアシュ君、最後の一人はクロハだ。
なぜ彼女たちがこんなところにいるのかは分からないが、それは彼女たちからしても同じだっただろう。
僕がここに入ってきた時、僕同様に驚いた顔をしていたからだ。
「なんで、ここに戻って来たんだ?」
「その……、ペットを探しに来たんです……」
怖くて顔を上げられない。
声だけでも凄まじい怒気が伝わってくるのに、表情を見てしまったら気絶してしまうかもしれない。
「はあっ!?」
「もしかしたら、どこかで今も助けを待っているかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなってしまって……」
「はあああああああああっ!?」
ゴツーン!
僕の頭に、真上からバフロさんの拳が割と強めに振り下ろされる。
「あああああああああ!!」
痛すぎる。地面に倒れ込み、頭を押さえながらゴロゴロと回転してその痛みに悶える。
「何を考えているんだ!? 自分の命よりもペットの命かよ! バカでアホのイカレ野郎が!」
ご尤もです。僕はバカでアホのイカレ足引っ張り野郎です。
バフロさんと焔牛人、そして話を聞いていた先生までも頭を抱えている。
「少年、お前も見ただろうが外は安全じゃない。いつミカエリが現れるか分からないんだ。奴らは今も町中に潜んでいる。このまま避難場所に帰すわけにはいかない。ここに戦士が来るように言ってあるから、助けが来るまで待機するんだ」
「でも、あの、コワンが、僕のペットが町中に残ってて……」
「大切なのはペットの命よりもお前の命だ!」
ススム君の時もそうだった。
どうしてだろう、なんでこんな気持ちになるんだろう。バフロさんのその言葉を、すんなりと受け入れられない自分がいる。
コワンの命よりも僕の命の方が重いのだと、だから軽い方の命は諦めろと、そう言われることが堪らなく悲しい。
コワンだって、僕の……。
『あはは……、またテストでひどい点数取っちゃったなあ……。体術の授業も散々だし、皆には陰で笑われるし』
『クゥ~ン』
僕の中のとある日の記憶。
落ち込む僕に、コワンは悲しそうな声を上げて擦り寄ってきた。僕の肩に登ると、コワンは僕の頬を舌でペロペロと舐め始める。
『あはははは! くすぐったいよ!』
『ワンワン!』
僕のことを元気づけたかったのか、くすぐったくて笑うと、コワンは嬉しそうに鳴いて飛び跳ねていた。
「大切な、家族なんです!」
「おい!」
僕はバフロさんにそう言い放つと、彼女の呼び掛けも無視して地下シェルターを飛び出そうとする。
しかし、地上に続く階段の手前で焔牛人のゴツゴツとした手に、左腕を掴まれてしまった。
歩を進めようとするが、僕の体は望む進行方向へと全く進んでくれない。
「待て、少年。お前ではすぐ死ぬだけだ」
「でも!」
「私が協力してやろう」
意外な言葉に力が抜ける。思わず焔牛人の方を振り返ってしまった。
「勝手なことを言うな焔牛人!」
「安心してくれ、任務に支障はきたさん」
焔牛人は、ヒートアップするバフロさんをなだめるようにそう言うと、これまでずっと閉じていた目を開く。
「このままこの少年を放置していると、何をしでかすか分らんからな。こういう不安要素は早めに消しておくに限るだろう」
「……まあ、確かにな」
バフロさんは焔牛人の言葉を受け少し考えると、不服そうにそう返した。
「少年、心当たりはあるか?」
「多分ですけど、湖の方だと思います」
焔牛人の問いに、不確かな予想で返す。
「三角錐湖か。私とバフロの行き先もそこだ。ついでに見て来よう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
深いお辞儀を高速で何度も繰り返す。
「応援の戦士たちが到着し次第、私たちは湖へ向かう。少年、お前はここでおとなしく待機しておくんだ」
「はい、分かりました!」
背筋と両手を真っ直ぐに伸ばし、体と腕を密着させた状態で直立する。
僕と焔牛人の会話を聞いて、バフロさんは「やれやれ」とため息をつく。
彼女らの協力が得られて本当に良かった。
応援の戦士たちが来るまでの間、僕たちは暇を持て余していた。
広子先生とその息子さんは、床に座って一冊の本を二人で読んでいる。
アシュ君はまだドラミデ校入学前なので文字が読めないのだろう。先生に読み聞かせてもらっている。
本のタイトルは「炎の
題名は知っているが、実際に手に取って読んだことは無い。確か、昔の英雄の話だったはずだ。
バフロさんと焔牛人は、外に出てからの作戦の打ち合わせをしているのだろうか。真剣な顔で向かい合いながら言葉を交わしている。
クロハは、そんな先生とアシュ君やバフロさんと焔牛人を差し置き、一人でソファーを占有して眠っている。正直その胆力には恐れ入る。
僕はと言うと、床で体育座りをしながら、ウトウトと眠りに入る前の状態にあった。
さすがに疲れた。意識が徐々に霞んでいき、周りから聞こえる声も遠くなっていく。
キュイーーーン!
その爆音が、遠のいていた僕の意識を覚醒させた。
全員が音に反応し、地上までの階段を駆け上がる。
「バフロさん! 第3部隊、全員揃っています」
飛行していた戦闘機が空中でピタリと停止する。
戦闘機の扉から戦士の一人が顔を覗かせる。バフロさんの部下だろうか。
「ここだ! ここに逃げ遅れた町民四人を集めている。お前たちで無事連れ帰るんだ」
「了解です」
戦士は二つ返事で了承した。
数秒経って、浮遊していた戦闘機がゆっくりと地上に降りてきた。
「ここからは俺の仲間が避難エリアまで皆さんを送り届ける。俺はこれから湖の方に行くんで、彼らの指示に従ってくれ」
「分かりました。バフロさんもお気を付けください」
広子先生が心配そうにバフロさんを見つめる。
「本当にありがとうございます。命を救って頂いたのに、ちゃんとしたお礼もできずに……」
先生は頭を下げて感謝を表すと、申し訳なさそうに俯いた。
「そんなことありませんよ。あなた方が今生きているだけで、俺たち八併軍の戦士にどれだけ力を与えてくれることか」
バフロさんが先生の両肩を掴んで諭す。
その目にはエネルギーが溢れていて、使命感に生きる戦士の強さを感じ取ることができた。
「俺はあなたたちを助けるためにここに来たんです。俺に恩返しをしたいと言うのなら、生きてここを出てください」
そう言うとバフロさんは先生から手を放し、夕日に照らされた空を眺める。
「これは他の三人にも言っている。俺と約束しろ、ここから生きて脱出すると」
「壁があって出ようにも出られねえよ」
クロハが、僕たちが現在置かれている「逃げられない」という絶望的な状況について言及する。
その言葉を聞いて、バフロさんはクロハへと向き直る。
「それは俺が何とかする」
覚悟の決まった眼差しだ。
「少年、ペットの特徴は?」
「真っ白い小型犬で、赤い首輪が付いています。名前はコワンです。コワンの事、どうかよろしくお願いします!」
「約束はできん。しかし、努力しよう」
コワンの特徴を伝える。焔牛人はそれだけ聞いて、湖の方に体を向けて歩き出すと、そこから振り返ることは無かった。
「それじゃあな」
「あの、お仕事頑張ってください!」
背中を向けようとしたバフロさんに、僕が一言そう言うと、彼女は親指を真上に立ててその手を前に突き出し、グッドサインを送ってきた。
◇
「炎の英雄は凄いんだよ!」
「へえ、どんな風に凄いの?」
離陸前の戦闘機内で、僕はアシュ君と「炎の英雄譚」について話していた。
「ちょー強い敵を、ちょーぶっ飛ばしちゃうんだ!」
「うわあ! 凄い!」
「ふふふ」
今の説明だけではいまいち凄さが伝わってこないが、僕はわざとらしく
「そういえば、どうして先生たちはあの地下シェルターにいたんですか?」
訊きそびれていたことについて触れる。
僕は、先生たちがどういう経緯であの場所に至ったのかをまだ知らない。
「先生たちも一度、丘の上まで行ったのよ。でも、アシュがその本を忘れたと言って、一人で家の方に突っ走って行っちゃったの。そして、私がアシュを追いかけて、あの機械に襲われそうになっていたところをバフロさんたちに助けてもらったのよ」
なるほど、それでアシュ君はこの本を抱えていた訳か。
僕にはアシュ君の気持ちがよくわかる。
なぜなら、
アシュ君にとってこの本は、僕にとってのコワンと同等に大切なんだろう。
「ソラト兄ちゃんはさ、『
本から目を離さない隣のアシュ君が、僕に「宙海」について唐突に尋ねてきた。
宙海とは、僕たちが生きているこのキューブの、その周りを取り囲むようにして存在する膨大な量の塩水のことだ。
空の果てには宙海がある。
僕も直接見たことは無いが、この世界の常識だ。いくら頭が悪かろうと、これくらいは知っている。
「うん、知ってるよ」
「この本に書かれてるんだ。炎の英雄も行ったことがあるんだって。俺もいつか行ってみたいなー! そして、宙海の謎を解明して、すっごい有名人になるんだ!」
アシュ君が自身の夢を語る。
大きくて、とても良い夢だと思う。僕なんかとは、まるで違う。
「あら、この前は炎の英雄さんみたいな、皆のヒーローになりたいって言ってなかった?」
「どっちにもなるの!」
口元を隠し、いたずらっぽく笑う広子先生に、アシュ君はムキになって睨みを利かせる。
「すごいね、アシュ君は」
「へへへ……」
僕が褒めると、彼はすぐに機嫌を取り戻し、照れくさそうに笑った。
「おい! 何だあれは!?」
突然、戦闘機のパイロットが大声を上げる。機内にいた戦士数名がコックピットへと足早に行き、フロントガラスから外をすぐさま確認する。
僕も自分が座る席の近くにある窓からその対象を見ようとしたが、ここからでは視認できなかった。
「なんだろう……」
漠然とした不安感が表へと出てくる。
「分からない、あれはミカエリとは違うのか!?」
「初めて見た。あんな奴、資料にも載ってなかったぞ!」
「どうでも良いだろそんなこと! 取り敢えず早いとこ殲滅するぞ!」
機内が慌ただしくなってくる。戦士達が武器を取り出し、戦闘準備に入っている。
「準備できた奴から外に出るぞ! パイロットは今すぐ離陸するんだ! 保護対象を無事送り届けろ!」
その声に従って、武装した戦士たちが続々降機していく。
機内のスペースが空き、僕と先生はコックピットの方へ向かう。急いで離陸の準備をしているパイロットを他所に、先程は見ることのできなかった「脅威」をフロントガラス越しにしかと確認した。
「あれは……、なに?」
先生がポツリと呟く。
僕と彼女の視線の先には、球状ではあるものの、ミカエリよりもサイズがかなり小さく、両の掌に乗る程度の機械生命体が、群れを成してウヨウヨと大気中を
あれもミカエリの仲間なのだろうか。
しかし、その姿を見たことで僕の恐怖心は少しだけ薄れた。
なぜなら、ミカエリよりも小さいからだ。
威圧的なミカエリの姿を見た後だと、幾分か可愛く思えてしまう。
戦士たちも大きなミカエリを相手にするよりは、こっちの方が楽に戦いを終えることができるのではないだろうか。
そんな僕の甘い考えは、すぐに打ち砕かれることになる。
「撃て! 撃ち落とせ!」
パアン! パアン!
戦士たちの攻撃が当たらない。体が小さい分、的が狭いのだ。さらにスピードも数段早い。
「なにやってんだ! ちゃんと当てろ!」
「無理だ! 小さい上に動きも早い」
向かってくるその集合体は、彼らの力では抑えることができなかった。
すぐに戦士たちは群れに取り囲まれてしまう。
ニョロ。
小さな機械生命体のその体から、触手のような細い何かが飛び出てきた。
そして、その触手が戦士の首にピトッと優しく触れる。
瞬間、その戦士は泡を吹きながら体を強張らせ、
やがて痙攣が収まるが、彼の体は微動だにせず、足をピンと真っ直ぐに伸ばし、腕を体にくっつけて硬直したまま静かになった。
その様を見た全員の動きが止まる。
未知なる恐怖。機内にいる僕たちも、戦っている彼らも、その表情が恐怖の一色に染まる。
「や、やめろ! うわあああ!」
ピトッ。
また一人、犠牲者が出る。
空のペットボトル容器のように、倒れた時こそ揺れているものの、徐々にその動きが失われていき、最後はピタリと静止する。
「離陸します。席に着いて下さい。急いで!」
パイロットの人に切迫した表情で言われ、僕も先生も慌てて自分の席に戻る。
席に取り付けてあるシートベルトの着用を僕たち全員がしていることを確認して、パイロットは離陸の掛け声を発する。
「ファスト発進!」
彼の一連の行動を見て、僕には彼が戦っていた戦士たちを見限ったように感じ取れた。
掛け声も、何かを噛みしめたような声だった。
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
「報告します! 危険エリアにいた保護対象を確保し避難場所に帰還する際、三角錐湖付近の町中にて、ミカエリとは別の未知の機械生命体と
パイロットはハンドルを片手で操縦しながら、コックピットのどこかに取り付けられてあった通信機器を取り出し、何やら大きな声で話し始め、それを終えるともう片方の手もハンドルに添え直した。
ウィ、ウィ、ウィ。
突然、視界の端に映っていた窓の外で何かが動いた気がした。反射的に窓の外に目を向ける。
小さな球状の機械が、群れでこの機体を取り囲んでいた。追ってきたのだ。
パリーン! ニョロ。
「うぎゃあああああ!!」
コックピットからガラスの割れた音を聞き取る。
その直後、耳をつんざくようなパイロットの叫び声が聞こえてきた。
触手がコックピットの窓を破って、中に入り込んできたのだ。
窓を突き破って蠢いている数本の触手は、動かなくなったパイロットの体を縛り付け、再び窓を突き破って外に放り投げた。
「…………」
戦闘機内には一般人四人だけが取り残される。
操縦の利かない鉄の塊は、僕らを乗せたまま目的地を見失う。ハッキリ言って、これは考えられる中でも最悪の事態なのではないだろうか。
「はっ!」
「ソ、ソラト君!?」
僕は
思わず思考停止を起こしてしまいそうな脳をフル稼働させ、何とか導き出した今やるべきこと。
それはもちろん、この飛行中の戦闘機を安定した状態に持っていくことだ。
「どうするの!? やり方わかるの!?」
「ままま、まったく分かりません。で、でも、死にたくないのでやります……」
先生への返答で震えているのが丸わかりだ。
目の前にはよく分からないハンドルやレバー、複数のボタン。
さらに、小型のミカエリたちが群れを成して、僕たちの乗る戦闘機を取り囲んでいる。
もしも、彼らに内部への侵入を完全に許せば、全滅は免れないだろう。
「ソラト君、この通信機を繋いでみましょう!」
先生は、先程パイロットの人が片手に持っていた通信機を手にする。確かにこれがあれば、今僕たちが直面している超難関の突破のために、八併軍の人達が力を貸してくれるはずだ。
「もしもし、聞こえますでしょうか!」
『ツー、ツー……。あんたは誰だ?』
「私はドラミデ町の一般町民です! 今、この戦闘機が襲撃を受けていて、パイロットの方がやられてしまいました。この場に戦闘員は誰一人としていません。どうか、指示を下さい!」
『なにっ!? 分かった。コックピットには誰か座っているか?』
「はい!」
広子先生が、冷静にかつ端的に状況を説明する。
流石は教師だ。必要な情報だけを短い時間で整理して伝えるのが本当に上手い。
『よし、操縦者は俺の指示をよく聞いて欲しい。返事をしてくれ』
「はい、僕が操縦しています。指示の方、よろしくお願いします!」
『ああ、まずはハンドルを握ってくれ』
「はい」
緊張感と焦燥感から、自ずと握る手に力が入る。僕のこの手に、三つの他人の命が懸かっている。
果たして、僕はこの人生最大の局面を乗り越えることができるのだろうか。
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