第7話 コワン救出へ

 民間の協力のもとで入手したテントの一つを、俺たち八併軍は臨時の作戦会議室とし、現在、十奇人である俺とそれぞれの部隊長たちとで今後の方針についての話し合いを行っている。


「第3、第12、第15、第22、第23、残った戦力はこれだけか」

 想定外のミカエリの数を鑑みて、多めに部隊を引き連れてきたはずだが、それでも自分の考えが甘かったことに気付かされる。


 俺たち八併軍は、志、丈、縁、理、争、勇、愛の七か国が資金や兵力を提供して運営されている国際連合軍だ。

 その役割としては、主に人類の脅威となる存在の排除、未知の解明や未開領域の開拓、その他にも、一国の軍隊や警察で手に負えない事件の解決に助力したり、要人の護衛や重要物を護送したりなど多岐に渡る。

 今回の場合は、「人類の脅威となる存在の排除」と「未知の解明」を同時に行わなくてはならない訳だ。全く超絶難儀な仕事だ。


「フェンリル、俺が行こうか?」

 レンジャー第3部隊隊長・バフロが、俺の考えを見透かしたように発言する。


「結局、結界を壊さない限り、いくらミカエリを倒したところで問題の解決にはならないだろ? 町民の安全を確保するにしろ、ミカエリを全機討伐するために応援を呼ぶにしろ、あの結界をどうにかする必要がある」


 こいつの言っていることは正しい。誰かが「未知の解明」を成さねばならない。

 そしてそれをするには、敵の元へ赴く必要がある。つまり、それだけ危険な役割を担わせることになるわけだ。

 ずっと考えていた。誰にその役割を任せるか。


「フェンリルは俺たちの要だ。お前を失うわけにはいかない。なら、実力的にそれが可能なのは俺たち部隊長ということになるだろ」

 そうだ。だから悩んだ。

 いつもならこういう危険な任務が生じた時、真っ先に俺が行っているが、状況が状況だ。


「お前が行くとして、何人連れていくつもりだ?」

「一人で行く」

「はあ!?」

「ここの戦力を減らすわけにもいかないだろ。民間人の命が第一なんだからさ」


 当然、許可できない。あまりに無謀だ。

 確かに奴らの数は減っているが、バフロ一人で何とかできるわけがない。


「大丈夫だ! こまめに連絡はするし、危険だと思ったら引き返す!」

 俺は彼女の提案を却下しようとしたが、またしても俺の考えを読んだように、口を開く前に先を越された。


「…………分かった。この件はお前に託す。応援が必要な時は知らせろ。避難エリアの防衛は俺たちに任せておけ。いつ何時奴らが来ようとも、超絶捻り潰してやる」


 結界解除手段の解明をバフロに一任する。まあ実際、こんな誰もやりたがらないような仕事を率先してやってくれるのはありがたい。

 ただ、やはりどう考えても無謀だ。すぐにサポートを送れるよう、準備しておくべきだろう。



 避難場所のあるセーフティエリアと荒廃した危険エリアの境界で、俺はバフロを見送る。

「すぐに突破口見つけてやるぜ、フェンリル!」

「ああ、超絶気を付けろ。無理はするな」

 彼女は俺に、親指を突き立てた拳を向けてくる。


 普通、十奇人は部隊長の上司に当たるため、俺に対して大抵の部下たちは、年齢に関係なく敬語で接してくる。

 バフロは、同郷ということもあってか、俺にタメ口を利く数少ない部下なのだ。


「ミカエリたちはお前から壊滅的な被害を受けたことで、一旦体勢を立て直しに戻ったんだと思う。俺が動くなら今が好機だ」

「まあ、こっちも色々と整える時間ができて好都合だがな」


 奴ら、俺のあの一撃に相当ビビったらしい。

 しかしそうなると、ミカエリは組織的な戦闘が可能だと言うことになる。

 そんなことは八併軍の記録にも載っていなかったし、聞いたことも無い。かなり厄介だ。


「フェンリルさん、私もこれにて失礼します」

 相棒の焔牛人を同伴させている。

 主に従順であり、実力も申し分ないという、使い手にとって理想的な珍獣だ。うちの雪人狼と取り換えてくれないだろうか。


「おい、焔牛人。次に会う時はしかばねかもな。グハッハッハッハッ」

 俺の横に立つこいつは、平気でこのような縁起でもねえことを言ってのけるような奴だ。

「なに、誰かの命のために死ねるのなら、それも本望」

 下品に笑う雪人狼と比べて、焔牛人は人間社会でも十分生きていけるような常識と知識、そして上品さを兼ね備えている。思わずため息を漏らしてしまった。


「じゃあ行ってくる! 功績上げて、早くお前に追いついてやるぜ!」

 バフロは自身の悲願を口にする。

 そして焔牛人と共に、沈まぬ夕日が照らす荒野を踏みしめ、ミカエリどもが現れた三角錐湖の方面へ歩いていった。


「よし、俺たちは俺たちのやるべきことをするぞ」

「おい、俺も戦いに行きてえんだが」

「ダメだ。どのみち戦わなくちゃならねえ時は来る。奴らが俺たちを閉じ込めている以上、このまま終わるはずがねえ。超絶しゃくだが、お前個人の力にも頼らざるを得ねえだろうな」

「グルルルル、楽しみだぜ!」

 雪人狼は喉を鳴らし、自分の真っ白な毛を逆立てる。全く、血の気の多い奴め。


    ◇


『ねえねえソラト、何してるの?』

 小さな女の子の声がする。

 幼いころのクロハだ。この頃はまだとてもかわいらしく愛嬌あいきょうがある。


『うーん。この子犬ちゃんがね、ケガして動けないみたい』

 この声は僕だ。幼い頃の僕が答えている。そういえばこんなこともあったけ。

『ほんとだー。かわいいワンちゃんがかわいそー』

 ドラミデ校の入学前のことだ。

 三角錐湖付近の木の下で、子犬が怪我をしてうずくまっているところを発見した。


『お父さんのところに連れて行って、怪我治してもらおう』

『私も行く!』

 僕が元気のない子犬を抱えて走るのを、クロハも心配そうについて来てくれていた。


 この子犬が今の我が家のペット、コワンである。

 両親は飼うことを許可してくれたが、姉のウミがかたくなに首を縦に振らなかったのを何とか説得したのだ。

 その時の条件は、きちんと散歩に連れていくこと、餌をちゃんと上げること。

 そして、「最期までちゃんと面倒を見る」こと。


『ワンワン!』

元気なコワンの声が聞こえてくる。ここまできてようやく気付いた。



「コワン!!」

 夢から醒める。

 コワンを置いてきてしまった。どうしよう。今から戻るか。でもすでに雨森家の住宅はミカエリたちに飲み込まれてしまった後だろう。

 それでも……。


 飛び起き、隣で寝ている姉を確認する。起きている様子はない。

 テントを飛び出す。大抵の人はまだ眠っているらしく、人の気配はほとんどしない。

 仮設テントがズラッと並んだ丘の町の通りを、全速力で駆けていく。


「どこに行くつもりだ?」


 走っている僕を、何者かがその声で引き留めた。恐る恐る振り返る。

 ススム君だった。彼は僕の焦っている様子を、案ずるような眼差しで見つめる。


「ソラト、何があったんだ? 俺に話してくれよ」

「どうしよう……。ペットのコワンを家に置いてきたままだった。今からでも迎えに行ってあげないと」

 真剣な形相の彼に僕はそう告げる。

 それを聞いたススム君は、徐々に僕の方に近寄り、肩を掴んできた。


「ふざけているのか? ペットの命より君の命の方が大事に決まっているだろう。君を外へ出すわけにはいかない」

 当然だ。常識のある人間ならば、こんな状況でペットのためだけに引き返したりはしないのだろう。体も疲労で悲鳴を上げている。それをするのは異常者だけだ。

 そして僕は異常者だった。彼の手を振り払い、再び走り出す。


「あっ、おい! 待つんだソラト!」

 ありがとうススム君。君は良いやつだ。こんな僕にも気にかけてくれる。

 でもダメなんだ。ここでじっとしていられないんだ。ごめんねススム君。



 仮設テントの並ぶ通りを抜けて、そのまま走り続けると、悲惨なドラミデの町が見えてくる。

 しかし、テントを取りに行った時には、空にいたはずのミカエリの大群が、今ではたったの一機も見当たらない。


「急がないと」

 バフロさんは、いつまたミカエリが襲ってくるか分からないから、決して油断しないようにと戦士達にも僕たち町民に対しても言っていた。

 僕が今していることは、彼女の言いつけを完全に破る行為だ。


「またミカエリが来る前に、コワンを探し出す」

 行き先の第一候補は雨森宅、僕の自宅である。第二候補は、コワンの大好きな三角錐湖の砂浜だ。

 この二箇所にいなかった場合、正直どこにいるか分からない。町中を隈なく探すことになるだろう。


 自宅の前に立つ。当然無事なわけもなく、他の建物同様に崩れ去っていた。

「コワーン! コワーン!」

 返事は無い。ここにはいない、もしくは……。

 ブンブンブンとかぶりを振り、嫌な考えを振り払う。


「コワーン! コワーン! どこにいるのー!?」

 荒廃した町中を、大声で呼び掛けながら探し回る。どこからも返事どころか物音ひとつ立たない。


 ミカエリたちが現れた三角錐湖の方へと向かう。

 数多の無機質な絶望が、夕日に焼けた町の空を覆いつくしたあの景色を、僕は鮮明に思い出すことができる。

 そしてこれからもそれは変わらないだろう。ミカエリたちは圧倒的絶望の光景を、それだけ僕のまぶたの裏に焼き付けたのだ。


 ウイーン。

 湖に向かう途中、静寂せいじゃくでしかなかった町中から突然音が聞こえてきた。

 僕は、自分以外の音の発生源に敏感になっていたこともあり、すぐにその機械音が聞こえた方に顔を向ける。


「……コワン?」

 そんな訳はない。一縷いちるの希望を込めて尋ねてみただけだった。


 ウイーン。

 返事の代わりに返ってきたその機械音を聞いて、僕はすぐさまその場から離れる。音の聞こえる方に背を向け、全力で逃げる。

 いるじゃん! 全然いるじゃん!


 ガラララララ……。

 振り返る。道端に積み上がっていた瓦礫が宙に浮かび、浮かんだと思えばまた地面に落ちていった。

 しかし、地に帰った瓦礫に取り残された形で、それは空中に留まっていた。


「ひいいいいいい!」

 一機のミカエリが瓦礫の山から現れた。赤い光をこちらに向け、ウインウイーンと機械音を鳴らし続けている。


 数秒して僕に気付いたのか、物凄いスピードで迫ってきた。

 全力を出して逃げているものの、僕の遅い足では、感情の無い鉄の塊にその差をあっという間に縮められる。


 ドテーン!

 おまけに足がもつれ、派手に転んでしまった。急いで起き上がり、逃げ出そうとしたが間に合わなかった。

「うわああああああ!」

 僕の眼前でミカエリが口を開く。今度こそ……、終わった。


「ふうん!」

 ボオオオオオオ! ズドーン!


 目をつむり、自らの運命を受け入れる。その覚悟を決めたところで、側方から大きな炎が目の前のミカエリを吹き飛ばした。

 50メートルほど飛んだ後、瓦礫や何かの破片が散らばっている町の地面をゴロゴロと転がっていった。


「少年、こんなところで何をしているのだ?」


 燃え盛る火炎が消え、その中から背の高い獣人が現れる。

 炎の正体は焔牛人だった。


「そんなことよりこっちだ! 急げ!」

 少し離れたところから見覚えのある女戦士さんが手を振っていた。

 焔牛人に、僕をすぐに連れてくるよう合図している。


「御意。少年、話は後で聞くとしよう」

 言いながら焔牛人は、転倒している僕を片手で拾い上げ、驚異的な跳躍力で女戦士さんのいる元まで跳んだ。


 着地地点に近づくにつれ、彼女の表情が徐々にハッキリしてくる。

 笑ってはいない。怒っているという言葉では生温なまぬるい。

 それはまさしく、鬼の形相だった。

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