第6話 戦場

 パアン! パアン! パアン!

 ウイーン、ウイーン、ウイーン。

「うわああああああ!」

「クソッ! 体勢を立て直せ!」


 戦場で聞こえてくるのは、絶え間ない発砲音と機械生命体が生み出す音、そして、戦士たちの苦悶くもんの声だ。

 戦況は俺たち八併軍の劣勢。いくら倒しても奴らの勢力は一向に落ちない。

 ミカエリどもを殲滅し終える前に、こちらの戦士が力尽きるのが目に見えている。

 結界の影響なのかは分からないが、つい先ほどまでは通じていた外部との通信も遂に繋がらなくなった。


「フェンリルさん、避難エリアまでの撤退を提案します。このままではジリ貧です。我々が敗北すれば、ドラミデ町の町民たちも終わりです」

「仕方ねえ、戦線を下げるぞ。全部隊に連絡しろ」

「はっ、了解です!」


 後退の指示を出す。

 戦況が改善しなければ、最悪、一般人の力も借りた避難場所での籠城戦ろうじょうせんになることも考えられる。

 そうなれば八併軍の信用はガタ落ちだが、そうも言ってられない。命あってこその悩みだ。


 今俺の視界には、ミカエリ十数機が挑発的に飛行する姿が映っている。鬱陶しい。

 右腕に装着している珍獣装備「雪人狼」の射出口を、うごめくミカエリどもに据える。


『氷狼バズーカーーー!』

 ヒューーー、ズドーーーーーーン!

 大きな音を伴いながら、冷気の柱を発射する。十数機のうち、一機に氷の柱が命中する。


 パキン、パリーン。

 一機のミカエリが凍り付き、音を立てて消滅する。

 そこから冷気が伝播でんぱするようにして、付近のミカエリ複数機も連鎖的に凍らせる。そして、同様に崩れ去る。

 俺の視界は一気に開けた。超絶気持ちがいい。


「クソ機械どもが! 超絶舐めてるからこうなるんだよ!」


 再び戦士の一人が俺の元へ駆け寄ってくる。

「フェンリルさん! 一か所、集中攻撃を受けている場所があり、フェンリルさんの応援を要請しています!」

 十奇人というのは大忙しだ。ついさっき、応援要請を受けてこの戦場へ来たというのに、今度は別の場所だ。


「すぐ向かう。それまで持ち堪えろと伝えておけ!」

 確信はないが、奴らに消耗させられている気がする。

 この戦いは、俺が倒れればその時点で決着がつく。俺だけはどんなことがあっても負けてはならない。


「おい、俺に行かせろ」

 応援要請のあった場所に行こうと走り出した直後、唐突に珍獣装備が解除され、その姿が真っ白な人狼へと戻る。


「超絶ダメだ。あと、勝手に解除するんじゃねえ」

 即座に断りを入れる。

 雪人狼を一人で行かせて何かあれば、その責任は俺が取らなければならなくなる。面倒ごとは御免ごめんだ。


「グルルルル、心配ない、戦士を殺すような真似はしねえよ。それに、戦闘員の数が足りなくて困っているんだろ? なら、俺が獣の姿に戻って戦えば、一人増えるじゃねえか」

 こいつの言っていることはもっともだ。この状況では、武器として使用するよりも、戦力として戦わせた方が良い。

 しかし、この凶悪な珍獣の言葉ほど信用できないものは無い。


「うるせえ、黙ってろ!」

「そうも言ってられなくなるぜ」

 そう言った後、雪人狼は黙り込んだ。再び、バズーカの姿へと変貌する。

 俺はそれを拾い上げ、全速力で走り出す。無駄な時間を食ってしまった。



「何だこの数は!?」

 それが、応援要請地点に辿り着いて俺が最初に発した言葉だった。

 この一か所だけにミカエリが大量になだれ込んできている。

 ざっと見積もって200機以上。転がっている戦士の死体も他の箇所と比べてかなり多い。

 これは少し本気を出さなければ不味い。一気にここから避難エリアまで押し込まれそうだ。


「おい、ここにいる戦士全員を他の戦場に移せ」

「はい!?」

 俺はこの地点の防衛を担当している部隊長に、人員の移動を指示した。


「フェンリルさん、一体どういうことでしょう? ここを捨てるということですか!?」

「超絶ちげえよ。じゃあ何のために俺はここに来たんだよ」

 右前腕に珍獣装備を装着し、背中に携えていた大型の銃火器を左手のみで持つ。これで戦闘準備は完了だ。


「俺は十奇人・フェンリル。鉄のかたまりごとき何機いようと、超絶俺の敵じゃねえよ」

 深呼吸をする。そうは言ったものの、気を抜けばやられる。油断は大敵だ。


 ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン。

 空を埋め尽くすほどのミカエリの大群へ向けて駆け出す。

 絶体絶命のピンチなど、何度も越えてきた。この程度、恐れるに足らず。


 スチャ、パアン! パアン! パアン!

 左手に持つ銃を片手のみで連射し、ミカエリ数機を撃墜げきついする。

 しかし、倒したそばから次々とミカエリが俺を取り囲んでくる。手を休めている暇はない。


『氷狼バズーカ!』

 ヒューーー、ズドーーーーーーン!

 パキン、パキン、パキキキン。

 今度は右腕の珍獣装備を放つ。

 俺の周囲のミカエリ十数機が、その機体の下部にある口を開いたまま凍り付く。


「悪いがお前らに、俺の命を食わせるつもりはさらさらねえぞ!」


 パリーン!

 凍ったミカエリどもは、割れる氷と同時に消滅する。俺の周囲にスペースができる。


 攻撃の手は緩めない。畳み掛ける。

 左手で銃を発砲しながら、右でバズーカを撃ち続ける。

 俺がどれだけミカエリを殺したとしても、こいつらは次々に向かってくる。


「超絶相手に困らねえな! 全力を出せるのは久々だぜ」


 殺して、殺して、殺し続け、空を覆うようにいたミカエリの数が半分ほどに減ったころ、俺の体力も限界が近づいてきていた。

 チラッと周囲を見渡し、この場に戦士が残っていないか確認する。


「遊びはここまでだ。クソ機械ども」

 俺はミカエリの群れの中央から抜け出し、珍獣装備「雪人狼」の発射口を大群へと据えた。

 腰を落とし、左手を右腕に添えて、これから来る反動に備える。


 ヒューーーーーーーーー、

 いつもより長く溜める。右腕にありったけのエネルギーが凝縮していく感覚がある。

 右手に冷気を十分に纏わせ、放つ。


 ズドーーーーーーーーーーーーン!!

『超絶氷狼バズーカーーーーーーーーー!!』


 これまでとは比較にならないほど高威力、大規模の氷の柱が、空を突き刺すように飛んでいく。

 纏っている冷気、敵に到達するスピード、凍てつかせる範囲。

 桁違いのエネルギーによってそれらを通常の倍以上にできるこの技は、まさに大技と呼ぶに相応しい。

 こういった大技は、高威力ゆえに味方に牙をむくこともある。これはその典型的な例だ。


 ピキン、パキン、ピキン、パキン、ピキン、パキン。

 波状的に約100機のミカエリが凍り付いていく。

 上空に向けて放った一撃だが、その強烈な冷気に当てられ、ドラミデ町の大地までもが凍てついてしまう。


 地に堕ちる大量のミカエリが音を立てて崩れていく。

 パリーン! パリーン! パリーン!

 何人も逃さぬ必殺の一撃。未だ、これを使って敗れたことは無い。


 冷気によって霧が立ち込めてはいるが、空は晴れた。良い天気だ。


    ◇


『焔角槍!』

 ボオオオン! ドゴーーーーーーン!


 燃える槍が、僕らを包囲して壁のように連なっていたミカエリの陣形に、風穴を開ける。

 人間に炎を瞬時に生み出す力なんて無い。魔法? 彼女はおとぎ話でよく出てくる、魔法使いや魔女といった類の人なのだろうか。


「バラけるな! 全員まとまるんだ! 戦士は一般人を背にして守れ!」

 戦士たちはバフロさんの言葉に従い、団子になってミカエリと応戦している。誰も異を唱える者はいなかった。

 彼らは彼女に命を預けている。そのことからもリーダーであるバフロさんがどれだけ信頼されているかが分かる。


 ズドーーーーーーーーーーーーン!!


 突然、離れた場所から轟音ごうおんが響いた。

「なんだ!?」

 全員が音のした方向を向く。

 おそらくミカエリたちも同じだ。赤い点灯部位をその場にいた全機が向けていた。

 花火? そんな訳ないか……。


「フェンリルか……」

 バフロさんが呟く。そう言った後、彼女はわずかに微笑んだ。


 音が鳴り響いてしばらく経つと、ミカエリたちが一斉に動き出した。

 その動きは、僕たちに向かってくる攻撃的なものではなく、僕たちに背を向けて遠ざかる、逃げるような挙動だった。


「ミカエリが……、逃げていく? なんでだ?」

 バフロさんにも理解できないらしい。追い詰めたはずの僕らを放置して退散するミカエリたちに、眉をひそめながら懐疑的な眼差しを向けている。


「た、助かったのか?」

「や、やった。やったぞ!」

 一般人の中から喜びと安堵の声が上がる。理由は分からないが、僕たちはミカエリたちに見逃してもらえたということなのだろうか。


「はぁ、よ、良かった……」

 やっと膝の震えが収まった。釈然とはしないが、命が無事だったことにホッとして膝をつく。体に力が入っていたことに、脱力して初めて気が付く。

 きっと僕はこれからの人生、あの機械たちにトラウマを抱き、あの姿形に怯えながら生きていくのだろう。



 無事、仮設テント取得班は被害を出すことなくその役目を終え、避難場所に戻って来た。

 どうやら僕たちのところだけではなく、至る所でミカエリたちの退却が確認されたらしい。避難エリアを守って戦っていた戦士たちが戻ってきていた。


「ソラト!」

 バチン!

 僕は姉と別れたところに戻り、人混みの中彼女を探していたところ、突然横からスッと現れた姉から猛烈なビンタを受けてしまった。


「私の言葉も聞かずにあんたって奴は!」

「ご、ごめん……」

 手首を強く掴まれ、連れていかれる。その握る強さから、彼女の怒り度合いを感じ取ることができた。

 今、姉の意に背くようなことはやめておこう……。


 姉が僕を引き連れて向かったのは、臨時で設立された救急施設だった。

「父さんと母さん、そしてリクトを見つけたの。この中よ」

「へっ……」


 事の重大さを理解し、僕は慌ててそのテントに入る。

 テント内には、たくさんの人達が列になって横たわっており、その中には白い布を顔に被せられている人もいた。


「まさか……」

 その凄惨な光景が、僕の不安をより一層掻き立ててくる。父と母と弟を、目を凝らして探す。

 並べられている人には、腕を無くした男性や顔に深い傷を負った女性、片足を失った子供など様々な患者がいた。

 心臓の鼓動が早まる。


「ソラト」

 通り過ぎた方から名前を呼ばれた。振り返る。

「良かった。無事だったかソラト」

「その声、お父さん!?」

 顔を包帯でグルグル巻きにしていたから気が付かなかった。


「職場が襲撃を受けて火事になってな。この通り、全身大火傷だ。なに、命の心配は無い」

 顔だけでなく、腕や足、体のあらゆる箇所に包帯が巻かれており、まるでミイラみたいだ。

 しかし、ミイラで済んで本当に良かった。


「母さんとリクトは?」

「母さんは無事だぞ。ただリクトの方が足をやったらしくてな。折れているようだから、今母さんと一緒に診て貰っているところだ」

 つまり、怪我はあったけど家族全員無事。良かった、本当に良かった。

 これで僕の不安は完全に消え……、去らなかった。


 家族全員?

 何かが引っ掛かる。僕の心の中には、一抹いちまつの不安がまだ残っていた。



 空はいつまで経っても夕日に焼けたままだった。


 時間的には、とうに日が暮れているはずなのだ。これも、ミカエリたちが来た影響なのだろうか。

 今日一日で、摩訶不思議まかふしぎな出来事に出会い過ぎて、そんな異変も受け入れてしまっている自分がいる。


 支給されたテントに、姉と二人で缶詰を持ち込む。

 いつまでここに寝泊まりすることになるのだろうか。

 ミカエリはいなくなったはずなのに、僕らを閉じ込めている結界は消えず、外との連絡も取れないままらしい。


 空は明るいままだが、人々は自分のテントに入り、就寝の準備を始めていた。

 僕も姉も薄い布団を敷いて眠りにつく。


「…………」

 しかし、なかなか寝付けない。

 本当にいろいろあった一日だ。頭と心の整理が追い付いていない。僕は未だに、今日のことは全て夢ではないかとさえ疑っている。


「どうなっちゃうんだろう……」

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