第5話 戦士バフロと焔牛人
僕は仮設テント取得班に振り分けられた。
力仕事になるだろう。体はまだ動く。大丈夫だ。
「やあ、ソラト。君と一緒で嬉しいよ」
「あ、ススム君」
僕に声を掛けてきたのはススム君だった。彼もテント取得班に振り分けられていた。
「君が無事で本当に良かった。ドラミデ校の生徒でも、姿が見えない人もいるからね……」
「ススム君が皆を連れてきたの?」
「
責任感が強く、リーダーシップの張れる彼にしかできないことだっただろう。
学校にいた生徒たちは、ススム君と一緒にいて本当に良かったと思う。
「それでは、仮設テント取得班のメンバーはここに集まって欲しい」
八併軍の制服を着た、女性戦闘員さんが僕たちテント取得班に集合を呼び掛ける。
赤をベースとした毛先の黒い長髪を、後頭部の高い位置でまとめている。
目付きは鋭く、なんだか怖くて近づき難い印象だ。白髪の男の人といい、戦士の人達は顔つきが怖くなるのだろうか。
「俺はバフロ。八併軍レンジャー師団所属、第3部隊隊長だ。仮設テントの運搬には、我々第3部隊が同行することになった」
仮設テント取得班は、そのメンバー全員が男性で構成されている。
バフロと名乗った女性戦闘員さんを、僕たちは扇状に取り囲み、彼女の話を聞く。
「町長に確認したところ、臨時に備えて常備している仮設テントは、ドラミデ町役場の内部にあるらしい。そのエリアには当然ミカエリがいる。道中、何度も奴らを見かけることになるだろう」
バフロさんは真剣な面持ちで話を続ける。
聞いている皆の顔にも一切の緩みはなく、独特の緊張感がその場を支配していた。
「今回出現したミカエリの総数は数百と史上最多であり、我々八併軍としても驚いているところだ。しかし、我々があなた方を命を張って守り抜く。その覚悟に欠ける戦士はここにはいない。全員必ず無事に送り届けることを誓おう」
バフロさんの表情と声色から、その覚悟の重さが伝わってくる。
「10分後、再びここに集合して欲しい。全員揃い次第、出発する」
10分後、仮設テント取得班130名の一般人と、その護衛を担う、バフロさんを中心とした20名の戦士が集う。
「行くぞ! 出てこい『
バフロさんが誰かの名前を呼ぶ。
物陰から、呼ばれた何者かが出てくる。僕はその姿を見て驚愕した。なぜなら、その「何者か」がおおよそ人の形をしていなかったからだ。
「了解した。私はいつでも行けるぞ」
彼は人と同じ直立二足歩行だが、両手の爪は鋭く伸びており、両足は
さらに、頭部は人間のそれではなく、牛に近い獣の顔のその上に、大きな角が前方に向けてうねりながら伸びている。
「珍獣だ!」
隣にいたススム君がそう叫んだ。
僕の心は高鳴った。「珍獣」という言葉に、どうしようもなく好奇心を刺激されてしまう。
今僕の目の前に珍獣がいる! 僕がずっとお目に掛かりたかった珍獣だ!
「隊列を組んで進む。絶対にはぐれることが無いように!」
バフロさんの言葉に従い、僕たちは列を乱さずに先頭を歩く彼女に続く。
一般人の列を広く囲う様にして、20人の戦士がミカエリの襲撃を警戒している。
僕やススム君は隊列の前の方に並んでおり、バフロさんとその隣を歩く「焔牛人」と呼ばれていた珍獣を、後ろから間近で見ることができる。
命の危ういこんな状況にもかかわらず、僕の目線は珍獣の方にばかり行ってしまう。
不思議だ。
僕たちと同じように歩き、さっき人間と同じ言葉を使って喋っていた。
しかもその体はとんでもなく大きい。隣のバフロさんの2倍近くあるだろうか。
「少年」
「ひいいいっ!」
ジッとその大きな背中を見ていると、突然珍獣が振り返る。
遥か高みから見下ろしてくるその目線にビビり散らかし、情けない悲鳴を上げる。
「先程からずっと視線を感じるのだが、こうずっと見つめられてしまっては無視する訳にもいかん。一体何用だ?」
「あっ、あっ、えーっと……、身長何センチですか?」
「…………」
なんか変な空気になってしまった。
焦って、ここで聞くようなことではないことを質問してしまった。
「アッハッハッハ! 君、珍獣を見るのは初めてかい?」
僕と焔牛人のやり取りを聞いたバフロさんが、笑いながら問いかけてきた。
「あ……、小さいころ一度見たぐらいで……、ほぼ初めてです」
「ハハハハハ! そうだよな! 普通はお目に掛かれないもんな。珍しがって当然だ。俺も初めて珍獣を見た時は、そりゃあ驚いたもんだったぜ!」
豪快に笑う人だ。
バフロさんのことを近づき難い人だと思っていたが、意外にも気さくな人だった。人を見た目で判断するのは止めよう。
「おい、答えてやれよ!
バフロさんが焔牛人の大きな背中をビシッと叩く。僕にはこんな大きな生物を思いっきり叩く勇気はない。
「私は3メートル60センチだ。すまない少年。なにぶん、悪意ある眼差しで見られることが多いもので、つい威圧的な視線を送ってしまった。許して欲しい」
焔牛人は歩きながらペコリと頭を下げてくる。たとえ頭を下げたとしても、その位置が僕よりも低くなることは無い。
「い、いえいえそんな! 頭を上げてくださいよ。僕なら大丈夫ですから」
僕は慌てて焔牛人に頭を上げるように言う。
「あの! 俺はバフロさんに質問があります」
「おう! 何でも聞いて良いぞ!」
ススム君がバフロさんの方を向いて、手を真っ直ぐに挙げる。
「八併軍の戦士になるためにはどうすれば良いんですか?」
「アカデミー試験に受かれ。俺から言えることはそんだけだな」
それからもススム君のバフロさんへの質問攻めは、絶え間なく続いた。
彼は聞きたいことを遠慮するタイプではない。
僕はと言うと、まだまだ珍獣について聞きたいことは山ほどあるというのに、遠慮してばかりだ。
「すまないがここまでだ。ここから先は気を抜けないんでね」
バフロさんが前方を指さす。その先には、荒廃したドラミデ町の町並みが広がっていた。ここが、ミカエリが侵略してきたエリアとそうでないエリアの境目だ。
ドゴーーーーーーン!!
ウイーン、ウイーン。
突如、けたたましい建物の崩壊と共に、絶望の機械音が隊列のすぐ側から聞こえてきた。
建物の
「うわあああああああああ!!」
その姿を見て、一般人の男性一人が叫び声を上げて逃げ出そうとする。ミカエリの姿に他の人達も怯え、動揺が広がっていく。
僕も勇気を出してここに来たはずだったが、いざあの姿を目にしてしまうと、膝の震えが止まらなくなる。
「落ち着け! その場を動くな!」
バフロさんが後ろにいる130名の一般人全員に指示を出す。
「焔牛人!」
「御意!」
彼女の合図に反応し、焔牛人が空を飛ぶ二機のミカエリに向けて飛び跳ねる。
ボオオオオオオ!!
全身に炎を纏い、無機質な金属を貫かんとする。
ドゴーーーン! ドゴーーーン!
その勢いは、二機のミカエリには抑えられなかった。
燃える焔牛人は、機械生命体の体を二つ続けざまに貫き、派手な爆発音とともに破壊してみせた。
その様を見た一般人からは歓声が上がる。ススム君も大きな声で叫んでいた。僕は口をポカンと開けて固まってしまう。
僕らが逃げることしかできなかった相手を、燃える頭突きであっという間に倒してしまった。
珍獣とは不思議だ。計り知れない。僕の中でますます興味が湧いてきた。
町役場はドラミデ町の中心地にある。
道中、ミカエリとの遭遇は避けられない。町役場に近づくにつれ、出くわすミカエリの数も徐々に増えていく。
ミカエリたちと出くわす度に、戦士達がその襲撃を阻止してくれはするものの、このペースで戦っていて、はたして彼らの体は持つのだろうか。すでに息が切れて、苦しそうな人もいる。
「バフロ隊長、ここらで休憩を挟みませんか?」
「危険地帯にいる時間を伸ばせと? それは無理だ」
「しかし、戦士たちのスタミナが持ちません。町役場付近では、今よりも大量のミカエリの襲撃に会うことが想定されます。戦士が十分に戦える状態でなければ、全滅も有り得ますよ」
バフロさんと戦士の一人の会話が聞こえてきた。やっぱり彼らも一杯一杯なのだ。
「お前の言うことも分かる。だが残念なことに、この大所帯では身を隠して休憩を取ることなどできない。確実に奴らに見つかる。早めにテントを回収して、一秒でも早く避難場所まで戻るのが最も安全だ」
「では、応援を呼べませんか?」
「残念だが、どこも余裕はない。俺たちだけで乗り切るしかないんだ」
「……分かりました」
話をしている二人の表情は険しい。厳しい現状が窺える。
「引き返すのはどうです?」
「考えた……、考えたがダメだ。今を逃せば、テントの入手はさらに困難になる。寝床やプライバシーが守られる空間の有無は、町民たちのメンタルに大きく影響する。状況の悪化が予想される今、町民たちの心が疲れ切ってダメになってしまうことこそ、真に恐れるべきことだと俺は思うね」
「了解です。自分たちはいつも通り、隊長の命に従います」
バフロさんの考えを聞いた戦士は、彼女に敬礼をし、持ち場に戻っていった。
ドラミデ町役場まであと少しというところで、多数のミカエリに囲まれた。
「あわわわわわ」
八併軍の戦士が守ってくれているというのに、次々と現れるミカエリを前に、僕の心の中の「恐怖」は簡単に引きずり出されてしまう。
ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン。
「くっ、おらああああああ!」
バフロさんが荒々しい声を上げて手に持つ銃を前方に据え、ミカエリたちに乱射する。
ババババババ!
その放たれた弾は、ミカエリの丸い機体の赤い点灯部位に正確に命中していく。
しかし、倒したところでどんどん後から湧き出てくる。これでは全く以てキリがない。
「しょうがないな。おい、焔牛人! いくぞ!」
「御意」
バフロさんは、彼女同様にミカエリと戦闘中の焔牛人に呼び掛ける。
その声に、焔牛人は静かに応答した。一体何をするつもりなのだろうか。
焔牛人は戦闘を中断し、彼女の元に駆け寄っていく。
そして、バフロさんは彼の背中に触れながら何かを唱えた。
「珍獣装備『焔牛人』!!」
彼女の呼び声とともに、焔牛人の
徐々にその光が収まってくると、バフロさんがその手に大きな槍を持っているのが視認できた。
燃えるような真っ赤なその槍は、どこか焔牛人を連想させる。
ボオオン!
槍が焔を纏う。
『
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