第4話 十奇人・フェンリル
午後6時半頃、八併軍・志の国支部に一報が入った。
志の国のドラミデ町で、「ミカエリ」が多数確認されたらしい。
「ミカエリ」というのは、近年各国の街や村の人々を神出鬼没で襲うようになった、謎の機械らしきものだ。被害も年々増えており、今八併軍が抱える大きな問題の一つと言える。
一報を入れたのは志の国ドラミデ町を警備していた先行部隊だろう。
報告の通りだとするとおそらく彼らは助からない。
なんせ一般兵が3人がかりでやっと倒せる程度の球状の機械が数百と出現したのだ。俺も聞いたことのない数だ。
「ちっ、俺もすぐに向かう」
そう返すと通信を切り、すぐに準備に取り掛かる。
「グルルルル。おい、行くのか?」
獣が低く野太い声で俺に問う。俺が契約している珍獣「
「ああそうだ。準備しろ『雪人狼』」
俺の返答に、雪人狼は黙ってその姿を前腕装着式のバズーカに変形させる。俺の「珍獣装備」だ。
レンジャー師団の制服を着用し、自分専用の「珍獣装備」を手に持つと、部下たちに指示を出す。
「超絶最速でドラミデ町を目指す。超絶高速で準備しろ!」
言った後すぐに中心球の方にある本部へ現状を報告する。
全く仕事でたまたま志の国にいたがために面倒ごとが降りかかってきてしまった。
この俺フェンリルは、八併軍・レンジャー師団所属の
十奇人というのは、八併軍の中でも実績と実力を兼ね備えたトップ10人に与えられる称号である。
自分で言わせてもらうが、要するに俺は八併軍の中でもとりわけ優秀な戦士ということだ。それゆえ十奇人には、いくつか特権が与えられたりもしている。
しかし、そんな俺ではあるが今回は嫌な予感がする。
まず何よりここからドラミデ町までかなり距離がある。最新の戦闘機・ファストを使っても15分程度はかかる。
それまで住民たちがあのミカエリの数を相手に持ち堪えられるだろうか。いや、かなり絶望的だろう。
「準備のできたやつから急いでファストに乗り込め! ミカエリどもを超絶ぶっ潰しに行くぞ!」
ドラミテ町に近づくにつれ色々なものが視界や耳に入ってきた。
町からは火の手が上がっている。今まさにミカエリに襲われ殺された人も見えた。誰かしらの悲鳴も聞こえる。
「かったりー」
思わず声が漏れてしまう。戦闘機・ファストから飛び降りる準備をする。
真下に、
「いくぞ! ミカエリ全機超絶
戦士たちにそう告げる。
果たして何人無事帰還できるだろうか。ミカエリとの戦いは常にこういった具合だ。出現頻度が増加傾向にあるようだが勘弁して欲しいものだ。
「了解です! フェンリルさん!」
彼らは俺に対しそう返した。
そして、彼らを機内に残して俺は先に地上へ降下する。空中でバズーカ形状の武器「珍獣装備・雪人狼」を腕に装着する。
パキン、パキキン。
バズーカを発砲し、眼下にいたミカエリを凍結させる。
パリン。
後はただ凍った相手の体が割れていくだけだ。粉々になって消えていった。
雪人狼の異能「
「おい。俺に押し付けられた超絶な面倒ごとってのは、これで合ってるか?」
本部には報告しているため、すでに情報統括部が情報の収集を行い、敵の正確な数を
後ろで少年が倒れこんで
『はい。事件発生現場はそちらのドラミデ町で間違いありません。ミカエリの総数は報告を受けた当初は574機でしたが、現在に至るまでに525機に減っています』
そう返事が返ってきた。
おかしい。俺たちが到着するまでに15分程あったが、約50機も減っている。
先行部隊が早く到着していたとはいえ、予想していたよりもかなりの数が減っている。
何が起きているんだ。
「了解。超絶
『よろしくお願いします』
通信機を切る。
さて事件を納めた後のことを考えると頭が痛いが、スゥーと息を吸って気持ちを切り替える。
やるしかねえ。
◇
『
真っ白な髪でワイルドな
強い。いったい何者なのだろうか。人々が成す術なく逃げ惑っていたのにもかかわらず、この人は作業のように手に持っているバズーカで凍らせていく。
あたり一面にいた機械たちが次々に消滅していく。
「すごい」
思わず感嘆の声が出た。
圧倒的だ。僕のような素人目に見てもわかる。同じ制服を着ていてもこの人は別格だ。
パキン、パキン、パキン、ピキン、ピキキン、パキキン。
ゲームでもしているようだ。そして彼は、僕たちが逃げてきた町中の方へ向かって行ってしまった。
キュイーーーン。キュイーーーン。
ドサッ、ドサッ、ドサッ。
白髪の男に続くように、八併軍の戦士たちが、空に飛んでいるたくさんの戦闘機から降りてくる。正確には、落ちてきた。
「おい、確認は取れたか?」
「はい。どうやら、我々が空からドラミデ町に入ったと同時に結界が張られたそうです。ミカエリによるものと思われます」
「なるほど、奴ら俺たちごと皆殺しにするつもりだな」
戦士たちはドラミデの地に降りてきて早々に、今この場で起きている状況の確認をしているらしい。
「皆さん、我々の避難誘導に従ってください!」
戦士たちの中でもリーダーらしき人が、未知の脅威に怯える僕たちドラミデ町民に避難を促す。
「これから、避難場所、身の安全が確保される場所を作ります。できるだけ上の方へ行ってください。丘側に固まり、我々の誘導があるまではその場を離れないで下さい」
パニックになっていた町の人達が、自分たちが取るべき行動の指針を示され、少し落ち着きを取り戻す。僕も姉も、二人同時にほっとしたようなため息を漏らした。
今度こそ助かる。そんな気がした。
「行くぞ! ミカエリ全機討伐作戦を開始しろ! 避難場所には絶対に近づけるな! フェンリルさんに続くぞ!」
戦士は人々に指示を残し、部下を連れて白髪の男が向かった町中の方へと駆け出していった。
「現在、我々はあの機械生命体『ミカエリ』の作り出した結界によって、このドラミデ町に閉じ込められている状況にあります」
避難場所に残った戦士の一人が、僕たちドラミデ町民に現状を詳細に説明してくれる。
あの球状の機械は「ミカエリ」という呼称を持つらしい。
「結界の解除方法は我々にもわかりません。解明するまでは、皆さんも我々もここから外部には出られませんし、逆に外部から結界内に入ることもできません。つまり、深刻な事態であるということだけ認識していただきたい。皆さんの協力が必要です」
話を聞き終えた町民たちは、不安を顔に浮かばせ、それぞれ家族や友人たちと共に輪を作り、座り込む。
皆
町の方を振り返る。丘の
町のあちこちから火の手が上がり、多くの建物が崩れている。残っている建物の方が少ないくらいだ。
壊滅的な被害。そう言い切ってしまっても差し支えないだろう。
僕たちが避難してきた丘側の町は、まだミカエリの襲撃が届いておらず、被害は全く出ていない。
ミカエリの群れが通り過ぎたエリアとまだ来ていないエリアで状態がまるっきり違うため、どこまでが安全でどこまでがそうでないのかがハッキリわかる。
「ごめんねソラト。私あんたのことちょっと見くびってたよ」
「えへへへ……」
背負っていた姉を下ろすと、彼女は僕にそう言った。
日常生活で褒められることはあまりないためか、とてもうれしかった。妙に力がみなぎってくる。人の心とは不思議なものだ。
「お父さんたち、探さないとね」
姉のその言葉にハッとさせられた。
そうだ。父と母、リクトを探さなくては。彼らは無事だっただろうか。
自分たちが逃げるのに精一杯で、大事な家族のことが頭から抜けていた。
僕と姉は二人で家族を探す。姉は捻った右足を引きずり、
「姉ちゃん、どこにもいないよ。もしかして……」
「変なこと考えないで! まだ全部探し終えてないでしょ!」
「ご、ごめん……」
大きな声を出されて反射的に謝ってしまう。
そうは言っても、嫌な考えが頭から離れてくれない。
つい先ほどまで、人が死にゆく様を間近で見ていたのだ。最悪の可能性を考えないというのは無理な話だ。
「ドラミデ町の皆、
僕たちが家族を探し始めて数分経った頃、ドラミデ町の町長が、避難エリア全体にいる町民たちの注意を引く。
「この状態が長期に渡って続くことも考えられる。それを予期し、八併軍の戦士たちと話し合った結果、これから食料や災害時のために用意した簡易テントを取りに行くことになった。八併軍の戦士も一緒に同行する。手を貸せる者がいるのなら、是非とも協力して欲しい」
町長の言葉に、皆下を向く。
無理もない。皆、今あの地獄から逃げてきたところなのだ。そして、ようやく逃げ切って生き延びたのだ。食料や仮設テントのためとは言え、再び地獄へ舞い戻ろうとする人なんてそうはいないだろう。
誰も手を挙げない。沈黙が続く。
「はい、俺は行きます。誰かが取りに行かなければ、結局全員ここで野垂れ死ぬことになりますから」
静まり返っていたいたたまれない空気を、一人の少年がぶち壊した。
皆驚き、目を丸くして声のした方へ視線を向ける。僕にとって、この声は聞き覚えのある声だった。
視線が集まっている声の源へ振り向くと、そこには右手を真っ直ぐに挙げているススム君の姿があった。ドラミデ校9年次、我らが委員長ススム君だ。
彼は、こういう大人数の場でもしっかりと自分の考えを言うことができる。
よく見るとドラミデ校の生徒たちが一か所に集められている。おそらく彼が先導してきたのだろう。
この状況下で本当に凄いやつだ。
「そうだな。こんな時だからこそ協力が必要か」
「俺も行くぜ。子供にそんなこと言わして、恥ずかしくねえのか?」
「よっしゃ! いっちょやるか!」
ススム君の発言によって、男性を中心に多くの人が挙手する。
不思議と、不安で染まっていたはずの人々の表情が、少しだけ明るくなっていた。
「姉ちゃん、僕も行ってくるよ」
「ダメよ! お父さんもお母さんもリクトも見つかっていないのに、あんたまでいなくなってどうするのよ!」
姉は僕の身を案じていた。
きっと怖いのだ。父も母もリクトもこのまま見つからず、加えて僕まで戻って来ないことを彼女は恐れているのだ。
「こんな僕にでも、皆の力になれるんだよ」
「なら、私も行くわ」
「ダメだよ。姉ちゃんは足怪我してるんだから。僕が、動けない人たちの分も頑張ってくるからさ」
「ちょっ、ソラト!?」
そう言い残して、姉の元を去った。
本当は僕の頭の中には、助けられなかったあの女の人の顔が浮かんでいた。
救いを求める絶望の表情。あの顔が、頭にこびり付いて離れない。
きっと、この行為はただの善意からではなくて、僕の心に彼女への
皆の助けになって、彼女に少しでも許して欲しいのだ。
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