星野雨

君へ

君と初めて会った日はたぶん晴れだった

入学式と書かれた立て看板の前でピースをする君に僕は恋をした

君が同じクラスで隣の席だと知ったとき、どれほどうれしかったか多分君は知らないだろう

僕は昔から本を読むのが好きだった

特に夏目漱石。友達と話すより夏目漱石の本を読んでいたいほど好きだった

だから君がよく読んでる本が夏目漱石の本だと知ったとき、僕は君が運命の人なんだって本気で思ったんだ

この時の僕、ほんと馬鹿だよな 僕もそう思うよ

君も僕も人と話すのが苦手でさ

最初なかなか話せなかったよね

君には言ったことないんだけど、毎朝、今日こそ話しかけるぞって意気込んでたんだ

自分でいうのもなんだけど、かわいいことしてたよな

でも、結局話せたのは6月だったよな

その日は久しぶりに晴れた日だった

放課後、砂浜に座って夕日を見つめる君を見つけて、ついつい隣に座っちゃったんだ君はこっちを見てから、何事もなかったかのように無視するから

僕、本気で帰ってしまおうと思ったよ

だけど勇気を振り絞って君に話しかけてよかった

僕が本の話を持ちかけたら、君は笑顔になってさ、たっくさん話してくれてさ

あの時は本当に楽しかったな

君に告白したのは、7月の初め

その日は昼から雨

あの日の雨と君が家に忘れた傘に僕は今でも感謝してるよ

僕は君と相合傘をしながら君に告白した

緊張しててうまく言えてなかったよな

「あ、あの。月が、綺麗ですね」

君はそれを聞いて笑ってたよね

「それ、告白と受け取っていいの?」

「うん」

「あなたと一緒に見るからでしょう。春くん、これからずっと私と一緒に月を見てくれますか?」

「もちろんです」

「よろしくね、春くん」

生きてきたなかで1番幸せだった

そう言っちゃうとちょっと軽く思われちゃうかな?

とにかく、とんでもなく嬉しくて幸せで、

今思い出してもにやけちゃうんだ

おかしいだろ

ガッツポーズをする僕に君は笑って言ったんだ

「でも、春くん。そういうのは月が見える日にしないと」

ほんと君の言う通りだよ、雨の日じゃなくて月が綺麗に見える日にすればよかったなぁ

もう一度、あの幸せな時間を過ごしたい

無理だよな

わかってる


その日から僕たちはほとんどずっと一緒にだったよな

登校の時も、下校の時も、同じクラスだったから授業も、昼休みも一緒に屋上にいたよな

「そうだ、春くん。知ってた?月が綺麗ですねの他にも、桜が綺麗だねとか、雨が止みませんねとか、雨音が響いていますねっていうのもあるんだって」

「雨音が響いていますね?」

「うん。あなたを愛していました。だって」

「なんか悲しいね」

「うん。別れる時は春くんに言ってあげますよ」

君はいたずらっ子のように笑ってそう言ったんだ

「え、いやだよ。でも、もし別れる時になったら、それ言わないと別れてやんないからな。約束だぞ」

「うん。約束ね」

そんな約束するべきじゃなかったかもな

いたずらっ子のような君の笑顔を誰かに渡したくなんてなかった

それから高校大学と卒業して、同棲して

本当に毎日幸せだった

どんだけいやなことがあっても君の笑顔を見たら全部忘れちゃうんだ

君に言ったら、何言ってんの、寝ぼけてるのって言われちゃうかもな

でも、君の笑顔は本当にどんなことにも効く万能薬なんだよな

もう一回、その笑顔を僕に向けて、僕の心の傷を癒してくれないか

君の笑顔をずっと見ていたかった

ずっと一緒にいたかった

君にプロポーズしていればよかった

ほんと、結婚するかしないかでうじうじしてた優柔不断な僕を殴ってやりたい

28歳になった11月の雨の日

僕は君と別れた

「春くん。別れよ」

なんとなく予感はあった

だけど僕は気づかないふりをしていた

怖かったんだ

君と僕の距離が広がっていっていることに気づくのが

「もう、12年間も付き合ってさ、私たち恋人じゃなくなっちゃったんだよ。もう、お互い空気なんだよ。いてもいなくても変わらない。でも、それじゃきっとダメなの。もう私たち28だよ。そろそろ結婚相手を見つけないといけないの」

君はそう言いながら泣いていた

「僕たち、もうダメなのかなぁ」

僕もつられて泣いていた

「うん」

「そっか」

あの時、もう一度告白していればよかった

そうすればきっと、何かが変わってただろう

最後のデートとして水族館に行った

本当に楽しかった

高校生に戻った気分だった

君の笑顔の写真、たくさん撮っておけばよかったな

帰り道の車、君は助手席で僕にバレないように声をたてず泣いてたよね

「僕、どこで間違えちゃったのかなぁ」

「春。きっと間違えてないよ。人生に間違えなんてないの。自分たちが選んだ道が正解なんだよ。きっと。春と私が会って付き合ったのも大正解。同棲したことも、たくさん喧嘩したことも大正解。もちろん別れるのだって正解。多分これでよかったんだよ」

「じゃあ、僕たちもう、やり直せないのかなぁ?」

「春くん。多分そこは、疑問形じゃダメだよ。そういう時はやり直そうって、しっかり言わないといけないとこだったんだよ」

「ごめん」

「春くん。ほんと、楽しかったよ。本当に、君に出会えてよかった」

「僕も」

あの時、言い切ってたら、今頃どうなっていたのだろうか

いくら後悔してもしたりない

その次の日、君は家から出て行った

「じゃあね。春」

僕は君を手放したくなくて、君の手を掴んだ

だけど、何も言えなかった

「春くん。雨音が響いていますね」

君はそう言って出て行った

「そんな約束守らないでよ」

こうやって、書いてるとスラスラ出てくるのに、声だとなかなかでない。

君に伝えたいことがたくさんあったのに、何も伝えられなかった


恋って苦しいんだな

28にもなってはじめての失恋だよ

笑えるだろ

僕、ちゃんと立ち直れるかなぁ

ちょっと自信ないや


たくさん泣かせてごめん

面と向かっては言えなかったけど好きだよ

まだ君に恋してる

君を泣かせず、笑顔にできる人と出会って

幸せになってね

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星野雨 @hoshinoame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る