第27話

 新市街の大通りは大騒ぎだった。優勝が決まったのだ。エイナイナは人をかき分けながら「誰が勝った? 誰が勝った?」と聞いて回った。ある男が「25番の嬢ちゃんだ」と教えてくれた。25番、シューニャだった。


 大通りのメマグ交差点がゴールだった。地域でもっとも大きな建物、すなわち行政府庁舎のある交差点だった。そこまでたどりつくと、もみくちゃにされるシューニャが見えた。シューニャの姿を見て、エイナイナは冷静になった。そうだ、シューニャを無事にケンデデスに送り届けることがエイナイナの任務なのだ。そして今、シューニャはとてもあやうい状態にあるように思われた。


 交差点の真ん中にルッパジャの兵隊が集まってきて群集を払いのけ、スペースを作った。いまや中心には偉そうな紳士たちとレースの関係者だけとなった。関係者とはすなわち運営職員とシューニャやムムゥサら参加者らだ。そしてどうやらムムゥサとシューニャ、職員らが集まりもめているようにも見えた。


「どうなっている?」エイナイナは近くの男に尋ねる。

「最後の波動台のところで違反があったんじゃないかって」

「ああ……」

 なんにしても、エイナイナとしてはシューニャにしゃべらせることすらさせたくなかった。中に入っていくことを決め、近くの兵隊に声をかけた

「わたしは25番の保護者だ。入れてくれないか? おい、ピネリ! よくやったぞ! 私を入れろ! 保護者だと紹介しろ」


 エイナイナは入れてもらえたが、ムムゥサはすぐに気が付いたようだった。


「おまえ、あの時の運び屋……」


 ムムゥサは25番がエイナイナの仲間だと知ると少し不愉快そうな顔をした。シューニャは怪訝けげんな顔をした。エイナイナとムムゥサの因縁を知らないのだ。


「覚えていていただいたようで光栄です。何かもめごとですか?」

「25番が最後のターンでタルチョを掴んだことについて審議をしてもらっていた」

「タルチョ……、あのロープのことですね。わたしも見ていました。審判員の皆さんの判断はどうなんですか?」

「人の助けを得ることは禁止ですが、建物に触ろうが、地面に足をつこうが問題ないというのがルールです。タルチョを掴むことは想定外ではありますが禁止されているわけでは……」

「掴むというより引きちぎっただろ!」とムムゥサ。

「お前も……」と、シューニャがいうとムムゥサがシューニャをにらみ、おびえたシューニャはすこしエイナイナに身を寄せて、続けた。「おまえも五周目でパン屋の看板壊した」

 やはりディンギーに乗っていないシューニャは少し気が弱くなるようだった。

「とにかく」と大会組織委員「これは伝統あるクラゲ漁師の祭典であります。漁師たるもの、利用できるものはなんでも利用する。私はむしろ、タルチョを掴むという機転を評価したい。違反はなかったし、組織委員長として優勝は25番で決定します」


 それを聞いたシューニャは小さくこぶしを握って喜んだ。しかしムムゥサは納得が行かない様子だ


「待て待て待て待て、認めよう。25番はたしかに素晴らしい乗り手だった。しかし上手すぎる」

 エイナイナはドキッとした。そう。そうなのだ。エイナイナの妹にしては上手すぎる。

「出身はどこになっていた? お前、名は何といったか?」とムムゥサが指さしたのはエイナイナだ。

「エイナイナです」

「出身はコーノック伯領といったか? コーノックの運び屋をしていると」

「はい。それがなにか」

「エイナイナ、お前の飛び方は知っているし、一目見ればやはり空人そらびとではないと分かる。コーノックの船を見たことがあるが、伯爵家が所有する船は一隻だと言っていた」

「その通りです」

「コーノックには、ディンギーも数えるほどしかないそうじゃないか。おまえの飛び方もたしかにその程度の技術だった」

「……」

「しかし25番はなんだ? まるで空人のような飛び方をする。ディンギーが貴重な国でどうやって技術を磨いた?」

「期待の新人ですよ。なにが言いたいんですか?」

「腕を見せてみろ」

 シューニャはあとずさった。

「ピネリ、ピネリ。私のそばを離れるな。腕を見て何がわかると?」

「お前の飛び方……、年齢……。少し心当たりがある」とムムゥサ。「腕を見れば25番がわたしの思い浮かべている人物かどうかわかる」

「私を番号で呼ぶな」とシューニャ。

「ほう、番号で呼ばれた過去があるのか?」


 ムムゥサがシューニャを掴もうと腕を伸ばしたところ、エイナイナは素早い身のこなしでムムゥサの手をひねり上げ、背後に回り込み喉元にナイフを突きつけた。周囲に控えていた兵隊がみな武器に手をやった。


「動くな、誰も動くな。動けばこいつの命はないぞ」

 えらそうな紳士たちは慌てて散っていった。

「シューニャは私のうしろに」

「くそっ。その身のこなし……。お前も軍人だったか」と、ムムゥサ。

「お前も? お前は軍人なのか? とても訓練を受けているようには思えないが」

 ムムゥサの腕をさらにひねり上げ、首すじにナイフを押し付けるエイナイナ。いまや両手がふさがっている。

「シューニャ、壁を背にする。庁舎の壁まで移動する」

「シューニャ……」とムムゥサ。「そうだ。シューニャだ。やはりな」

 庁舎はレンガ造りの三階建てだった。シューニャとエイナイナはムムゥサを引きずりながら庁舎の壁まで移動した。周りを取り囲む兵士たちはマスケットの銃口をエイナイナにむけ、じりじりと距離を詰めてきていた。

「おい」とムムゥサ。「どのみち逃げ場などないぞ」

 その通りだった。エイナイナらがじりじりと壁に動けば壁までの道は確かに開いたが、兵隊たちの銃口は常にこちらを向いていた。

 しかしエイナイナは意に介さず、口笛をぴーぴぴぴぴっぴっと鳴らした。そしてささやく。


「地面に向けろ」


 シューニャはエイナイナの意図を理解し、エイナイナの腰から素早く信号弾を抜くと地面に向けて撃った。ポンッと音を立ててあたり一帯に白い煙が充満した。何も見えなくなり、兵士たちのざわつきだけが聞こえた。

 シューニャは続いて自分とエイナイナの救命気球の紐を引っ張り、開いた。ボンと音がなり、真っ白な煙のなか、二人の体は浮き上がり、上昇を始める。エイナイナは拘束していたムムゥサを思いっきり蹴り飛ばした。

「上だ 上だ 撃て 気球を使った」とムムゥサ。しかし銃声は聞こえなかった。訓練を受けている兵士ならばなおさら煙の中見えない目標をやみくもに撃つようなことはしない。

「庁舎の上だ! うえがれ!」

 と、ムムゥサの声が煙幕えんまくの中から響いた。

「シューニャ、庁舎の屋上に降りるぞ」


 二人は気球を切り離し。難なく庁舎の屋上におりた。しかしすぐに屋上に居た兵士が一人、サーベルを抜いて向かってきた。シューニャは「あっ」と言って尻もちをついたが、エイナイナはとっさに手に持っていた小さいナイフでサーベルをいなす。きーんっと金属的な音が響く。エイナイナはその兵隊自身の勢いを利用して屋上から蹴り落した。あーっという声が響く。


 シューニャは呆然としていた。いや、おののいているようにも見えた。

「時間が無い」

 エイナイナはシューニャの手を引っ張り立たせた。

「もう一つだけ気球がある。それを使って低い建物に飛び移る」

 そういうとエイナイナはシューニャを抱きかかえ、走り出した。

「ちょ、正気?」

「しっかりつかまっていろよ。飛ぶと同時に開くぞ」

 エイナイナはシューニャを片手で抱いたまま庁舎の屋上から飛び出すとともに、気球を開く。背後では銃声が聞こえる。兵隊たちが庁舎の屋上にたどりついたのだ。

 ひとつの気球にぶら下がる二人はゆっくりと降下し、道路の向かいの、少し低い建物の屋上に着地した。エイナイナはすぐに気球を切った。


 その建物はアパートのようだった。いろいろな布が干してあり、庁舎の屋上に上がった兵士たちの目をくらますには良かった。

 エイナイナは「階段を降りる」といい、シューニャの手を引いた。その時に干してある柄物がらもののスカーフを一枚くすねてシューニャの頭に巻いた。白い飛行服よりは市民にまぎれる気がした。


 階段を降り、通りに出るとそこには生活を営む市民が居た。紛れ込めるほどの群集ではない。エイナイナはシューニャの手を引きながら、あまり目立たないように小走りに通りを歩いた。

「そろそろディンギーが上から捜索にくる。気を付けろ」

「どうするんだよ」

「誰にも見られずに建物に入るしかない」

 エイナイナはシューニャを引きながら人気のない路地に入り、そこから適当な建物、アパートへと入って階段を上った。二階建てのアパートだった。二階へ上がると、そこの戸を叩いた。

「何のつもりだよ」とシューニャ。

「はーい」と声が聞こえ、年配の女性が顔を出す。とその刹那エイナイナは女性の口を押さえ部屋の中へ押し入った。そのまま壁に女性を押し付ける。

 女性はむーむーと声を上げる。

「静かにしてくれ」

 その状態で部屋の中を警戒するエイナイナ。人気ひとけは無い。キッチンの様子から小家族しょうかぞくであることがわかる。

「おとなしくしていてくれれば危害は加えない。ひとりか?」

 女性はうなずいた。

「シューニャ、鍵を閉めろ」

「危害を加えないと約束するから、どうか大人おとなしくしていてくれ」

 女性が頷くとエイナイナは女性を壁にむかって椅子に座らせ、シューニャが巻いていたスカーフで目隠しをした。それからエイナイナは窓に近づき、恐る恐る空を見る。それから窓の下や周囲を見まわし、また部屋に引っ込んだ。それからシューニャの顔を見た。

 シューニャは驚いた顔で、しかも呆然としていた。

「ディンギー部隊が私たちを探している」とエイナイナ。

 シューニャは息が荒い。

「もう、だめだ……」と、シューニャ。

「お前はディンギーを降りると気弱になるんだな」

「もうだめでしょ。時間の問題だよ」

 シューニャは力なくその場に座り込んだ。

 エイナイナはもう一度窓に近づき、外を見る。うなだれていシューニャとは対照的に、エイナイナの目は諦めていなかった。その様子を見て、シューニャがつぶやく。

「エイナイナ……。お前、強かったんだな」

 今度はエイナイナが驚いた顔をした。考えてみれぱシューニャに評価されるのは初めてだった。

「お前も強いぞ。ディンギーさえあればな」

「無いじゃないか」

「ある。来てみろ」

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