第18話
港から歩き始めるエイナイナ。港の周りはテント張りの建物群が広がっていた。中は見えないが想像はつく。クラゲ漁師たちの倉庫だろう。ディンギーや漁具を保管しているのだ。その倉庫群を過ぎると今度は大きなドックがあった。ドックとはいってもクラゲの革で屋根を張ってあるだけの解放的な空間だ。小型の十人乗り飛行船なら持ち込むことが出来そうだった。立地自体は当然だろう。漁師は飛ぶ前にディンギーや飛行船の点検をするし、壊れればここで修理をするのだ。
この港にはケンデデスにも存在した設備がもっと広く使いやすく作られているのだ。クラゲ漁師が漁に出る港があり、道具を直したり調整する場所があり、クラゲを解体する場所がある。
全て理に適っている。しかしひとつ不自然な点があるとすれば、設備を広く使えすぎるところだろうか。最盛期に比べると産業の規模が縮小したのかもしれないと感じさせる。
あと気になる点があるとすれば……、街全体になんとなく落ち着かない雰囲気が漂っている。看板を立てていたり、テントを張り替えていたり、石畳を
ドックを過ぎると今度は市場が現れた。これも理に適っている。市場に並ぶ産品は港から運び込まれるであろうから当然の立地だ。エイナイナは迷わず市場に入っていった。ある意味では、ここがエイナイナの目的地だったのだ。
市場にはそれなりに人がいた。果物の入った
雑然としていていろいろな匂いといろいろな音の聞こえる普通の市場だった。普通の市場だがこれほどさまざまな物が集まっている状態を見てエイナイナは少し安堵した。飛行船ケンデデスには物がない。
エイナイナはすぐ近くでひよこ豆を売っていた女性に尋ねる。
「魚の煮込み料理を食べれるところはないか?」
女性は無愛想に市場の奥の方を指さした。
「ありがとう」
そう言ってエイナイナは市場の奥の方に向かっていった。青空市場の中、舗装されていない道を歩いていく。人がよく歩く土はよく踏み固められていた。少しずつ食欲を刺激する匂いが漂ってくる。
どうやらエイナイナは料理の匂いに敏感になっている。コーノックに暮らしていたころならば「生臭い」と感じたかもしれない市場の匂いは、「魚の煮込み料理が食べたい」というエイナイナの郷愁を刺激した
そして屋台がいくつも並んでいる光景が目に飛び込んできた。
「あった。スープだ」
残念ながら魚を扱っている屋台は少ない。標高の高い場所なのでそれは当然ではある。多いのは肉料理だ。香辛料で下味をつけた鶏肉料理。ガラと野菜を煮込んだ豆料理。玉子生地で腸詰を包んでくれる屋台。芋を油で揚げている人。よくわからない植物を油で揚げている人。よくわからないものをよくわからないもので包んでくれる屋台。雑穀にソースをかけてくれる屋台。
エイナイナは魚の煮込み料理を提供してくれる屋台で一人前を注文した。屋台の女性は木の器に雑穀米をぞんざいによそい、その上に煮込んだ川魚を二尾乗せてくれた。魚はエイナイナが期待していたほど肉付きの良いものではなかったが十分だった。それを受け取って近くの机に席をとって食べ始めた。
「うまい!」
酸味の強い果物が入っているようだ。それに香辛料や香草がしっかりと効いていて魚の臭みを消している。故郷の味というわけではないが魚は魚だ。いや、あのケンデデスの食生活を経験したあとなので魚じゃなくたって良かったのかもしれない。何だろうとうまい。
エイナイナは思わずかきこみそうになる気持ちを抑えて、少しずつ味わって食べた。生き返るようだ。一口一口、さじをくちに運ぶ度に生きる喜びが
「うまい! ちくしょう! うまい!」
市場の奥の方の一画で魚の煮込みを食べていると、みすぼらしい格好の子どもが一人やってきて、エイナイナの隣に座った。男の子のようだったが、顔も、紺色の民族衣装も薄汚れていた。その子は申し訳なさそうな顔でもごもごと何か言いながらエイナイナの食べている料理を指さしたり、お腹を抑えたり、懇願するように手を合わせたりする。要するに物乞いだった。
これだってそう珍しいことではない。コーノック伯領にだって物乞いは居た。エイナイナ自身は良い家柄の出だが、街で物乞いに囲まれることは珍しくなかった。なのでエイナイナは子どもを無視した。というより、誰でもそうするだろう。情けをかける時はすぐに移動できる状況に限る。でないと物乞いたちに囲まれるからだ。
エイナイナが無視を決め込んでいると男の子は去って行った。
「うまい! うまい!」
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