第16話
翌朝、いつものようにエイナイナはヤーナミラのドックの区画に顔を出す。ヤムはいつもとは違うディンギーの整備をしていた。バーボアは区画の隅で新聞を呼んでいた。クウェイラは腕組をしてヤムの作業を見守っていた。
「目の上、痛むか?」
とクウェイラ。エイナイナは腫れているところを思わず手で押さえた。
「そうでもない。目立つか?」
「まあ、多少な」とクウェイラ。そして筒をエイナイナに渡した。筒……。素材は
「手紙?」
「そう。エイナイナの今日の仕事だ。一人で別行動になる」
「届けろと? どこに?」
「モーネダリだ。行ったことあるか?」
「あるにはある」とエイナイナ。
モーネダリはケルメス帝国南西部の都市だ。エイナイナが暮らしたのは北部なのでそう近くはない。
「始めてだし往復三日見ておいてやる。寄り道して構わない――とのことだ。帰りは荷物が多くなる可能性があるので、今ヤムが用意しているディンギーを使え」
たしかにヤムがいじっているディンギーは一回り大きかった。
「いつもはモーネダリへはぼくがこのディンギーで行ってるんだ」とヤム。「状態はいい。浮力を調整するだけだよ」
「しかしモーネダリって……、帝国領だぞ。いいのか?」
「土地勘があって怪しまれない。適任じゃねーか」とクウェイラ。
「どんな手紙なんだ?」
「知らない方が便利だぞ。何かあった時には手紙の配達を頼まれただけで内容は知らんと言うのが一番いい」
「知ってもいいんだろ?」
「すぐにわかるさ」
「すぐにわかるならそれこそ……」
「なあ、エイナイナ」クウェイラは
「何を言ってるんだ」
「考える時間だよ。ここでやっていくか、逃げだすか決めろってこった」
「馬鹿にするな。逃げ出したりはしない。逃げ出すくらいなら私は自ら死を……」
「それも含めてじっくり考えてこいよ」
クウェイラはエイナイナの背中を強くたたいた。いつも気にかけてくれるクウェイラだが、エイナイナが繰り返すきれいごとに
「モーネダリのどこに行けばいいんだ?」
「おれは知らん。ヤムに聞いてくれ」
ヤムはまだ作業をしていた。エイナイナはバーボアの顔を見た。
「おれも知らん。ヤムしか出来ない仕事だったからな。エイナイナが来てくれて助かっているのはヤムだろう」
「なんで? なんか特別な知識がいるのか?」
「なーに。おれたちは帝国ではお尋ね者だからな」
バーボアははっはっは。と笑った。珍しく空賊らしい笑い方だった。
「お前もケンデデスから来たなんて言うなよ」とバーボア。「コーノック人だって言っておけばいい。帝国人らしく振る舞え。適役だな」
「嘘つくのは苦手そうだがな」とクウェイラ。
ディンギーの調整を終えたヤムから小さい波動計を渡された。ヤムが普段使っている波動計よりも簡素なものだ。この手の波動計は特定の波動だけを拾う。
「こいつはこの船、ケンデデスのキールの波動を拾う。ケンデデスのキールはでかいからけっこう遠くまでとどく。でもどうしても戻れなくなったらキッドニアのシノニッタに行け。シノニッタなら誰でも知ってるし、誰かに聞いても問題にならない。シノニッタから真北に飛べば、いずれ波動を拾う。シノニッタはわかる?」
「行ったことはないが分かる。世界で最も標高の高い街だと言われている。ディンギー乗りにとっては聖地だ。四、五年前まで
「化外の地……、ね」とクウェイラ。
確かに化外の地なんてことばは帝国視点の言葉だ。気を悪くするのかもしれない。
「モーネダリまで直線で行くと休む場所がない」と、ヤム。
「なるほど、そうかもしれない。内陸の大きな街があるような場所は大抵低地で風が期待できない」
「モーネダリまで不休で行くのが一番だよ。もちろん補助気球を使えば離陸できるが、休むつもりならニアマヤカを経由するのがいい。港があってディンギーを預かってくれる」
「それこそキッドニア地域はどうなんだ?」
「キッドニアか……。キッドニアで立ち寄るとしたらシノニッタだ。たしかに標高も高く街中もディンギー文化が浸透していて立ち寄りやすいよね。少し遠回りになるけど」
「ルートは自由に決めていいのか?」
「まあそうだな。目的地はモーネダリだ。モーネダリに商館の並ぶ通りがある」と、ヤム。「そこに行ってドニアマ商会の受付にそれを見せればいい。ドニアマ商会だ」
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