第14話
「いいねぇ。二人ともやる気じゃねーか」楽しそうにクウェイラ。
「エイナイナはシューニャには勝てないぞ」とつぶやくバーボア。
「本人も分かってるだろうな。ああいう性格なんだろう」
エイナイナの方が先に動いたので速度が乗っていた。そのままシューニャを追いかけると、雲の中に誘い込まれる。ほとんど何も見えなくなったと思った瞬間、エイナイナは背後に気配を感じた。とっさにぐっと左に重心を移したが、ディンギーのお尻をこんこんっと二回叩かれる感触があった。鉾を振り回していれば帆を破るくらいのことは出来ただろう。そういう意味では勝負は付いてしまっていた。エイナイナの負けだ。でもこのままではエイナイナの気持ちが収まらない。そのまま雲の中でぐるっと一回転した。雲の中、エイナイナの頭の中のイメージでは自分の真後ろを飛んでいたシューニャの後ろを取り返したつもりだったが、まだ背後にシューニャの気配があった。
――見えているのか?
エイナイナはもう一度高度を落としながら急旋回してシューニャの後ろに回りこもうとしたが、こめかみのあたりをがつんっと殴られた。鉾だったら首を
――そうだ。シューニャとクウェイラはそもそも雲の中でクラゲを追いまわしていた。どうやっているかは知らないが、雲の中では勝てない。
そう考えている間に、頭上に気配を感じた。エイナイナが上を見上げようと思った瞬間にもう一度頭を殴られた。
――宙返りの途中で殴られた? そんなことが出来るのか?
次に右側に気配を感じた時、エイナイナは持っていた棒を投げ捨て、ハンドルからも手を離した。そしてひゅっと風を切って飛んでくる棒を両手で掴んだ。
「よしっ」とエイナイナ。
「ずるいぞ!」とシューニャ。
確かにずるい。振るっている武器が鉾ならば手で掴むなんてことは出来ない。しかし力比べではシューニャよりエイナイナが上だった。エイナイナが掴んだ棒をぐんっと力いっぱい振り下ろすと、その勢いでシューニャは下にはじかれていった。エイナイナがそのシューニャを追っていくとすぐに視界が開ける。雲を下に突き抜けたのだ。
「いける!」とシューニャの武器を奪ったエイナイナ。
武器を持たないシューニャは高度を速度に変えながら逃げ始める。その真後ろを追うエイナイナ。
技術ではシューニャに劣るエイナイナだが、単純な追いかけっこなら技術的な差が出にくい。しかも追われる方を風よけに使えるので追う側の方が有利だ。
「追いつける。泣かしてやる!」
エイナイナは右手にもった棒で背後からシューニャの頭を殴りつける様子をイメージする。前を行くシューニャが一度振り返った。そして体を左に傾け始めた。エイナイナもそれを
――あんなことができるのか!?
エイナイナは真似をする自信がなかった。しかしエイナイナはちゃんとシューニャに追いついていた。確かに追いついていたが、これでは背面飛行しているシューニャの頭を殴ることはできない。エイナイナは右手に握った棒を振りおろし、シューニャ機をゴンっと叩いてやった。これではエイナイナの気はすまなかった。
「絶対に泣かしてやる!」
しかしどうやって? 背面飛行をするシューニャを殴るために下に潜り込んでも、くるりと元に戻られるのが落ちだ。実戦ならば背面で逃げられようと鉾で帆を破ってやればいい。しかしこのルールだと、そしてシューニャとエイナイナの技術差だと、シューニャはエイナイナに対して常にディンギーの底を見せて飛び続けることが可能のようにも思われた。
――私の優勢は誰の目にも明らかだ。しかし、絶対に泣かしてやりたい!
食らいついていけばいずれチャンスが出てくるはずだ。エイナイナはどんどん揺さぶりをかけていくことにした。
エイナイナはやや高度を下げ、背面で飛行を続けるシューニャの下に潜り込むそぶりを見せる。もちろん前を行くシューニャはくるりと軌道をねじり、通常の飛行に戻った。それを見たエイナイナはすぐに上昇に転じるために両手でハンドルを握った――が、不意にシューニャ機が失速し、エイナイナ機の上にかぶさってきた。
「あっ!」
下にいるエイナイナからは、ディンギーの底の穴から覗くシューニャの足が見えた。その次にその穴からシューニャの両腕が伸びてきて、最後にはいたずらっぽい顔が見えたが、顔が見えた頃にはエイナイナは肩、首辺りの飛行服を掴まれていた。その衝撃でエイナイナはディンギーからすっぽ抜け、無人のエイナイナ機は慣性のまま飛び続けた。やがてディンギーに繋がる命綱が伸びきると、エイナイナの腰回りを強く締め付けた。
「ぐっ!」
シューニャが手を放すと、エイナイナは落下し、命綱が伸びきったところで再び腰回りを強く締め付けられた。
「うぇっ!」
「くそっ!」
完敗だった。殴られたところがずきずきと痛んだ。
不思議なことにエイナイナは棒、つまりシューニャから奪った銛の柄は放さなかった。人の物だから返さなといけないと無意識に考えたのかもしれないし、あるいはどうしても殴ってやりたかったのかもしれない。銛の柄には刻印があった。ホーの文字の最後の払いが伸び、三叉の銛先になっている独特のマークだった。
エイナイナはいつまでも力なく命綱にぶら下がっていた。やがてクウェイラが降りてきて言った。
「引き上げてやろうか?」
「前にも、同じことを言われたな……」
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