第13話

 ヤーナミラとエイナイナが上昇すると、すぐに発砲音が聞こえてきた。帝国側のマスケットだ。


「さて、敵はどう動くと思う?」

「地上だろうが空だろうが、敵より高い位置をとるのが定石だ。それに帝国の装備なら見晴らしが良いほうがいい。高度を上げて雲から出るはずだ。向かい風を帆に受けるために進行方向を変えるだろう」


 そもそも空戦においてマスケット銃はそうそう当たるものではないし、特に雲の中では鉾も銃も間合いが変わらなかった。下手に撃てば数の多い側に同士討ちのリスクが発生し、一度撃ったが最後、発砲音で居場所がばれ、弾込め作業中を空賊に狙われるのだ。軍艦の側には雲の中にとどまるメリットはない。


「お前の分析は軍艦視点なんだな」とヤーナミラ。「うちの視点に立つとどうだ?」

「雲に沈めておいた方がやりやすい。しかし硬式飛行船なので気球に穴をあけるのは難しい。とすると、船が雲に沈んでいるうちに帆を破るか……。なるほどそれでスピード勝負か。――すると、帆を破ったら目的達成なのか?」

「どうかな。現場が判断するだろう」


 散発的に発砲音が響く。軍艦はほとんど雲から出ていたが、雲の中から白や赤の煙が飛び出してきて、再び軍艦を煙に包んだ。

「信号弾を煙幕えんまくに……」

 雲や煙の中、何が起きているのかはよくは見えない。散発的に聞こえる銃声から伺い知るのみだった。

 そこに、ぱーんとひときわ大きな火薬の音が響く。


「何の音だ?」

「ヤムのクラゲ砲だ。本来は大型のクラゲに銛を打ち込むためのものだ。一発だけ用意してある」

 ヤムが雲から上がってきた。ヤムは警戒しながら上昇し、ほっと一息ついているようだ。続いてバーボアも上がってきてヤムの近くに控えた。どうやらバーボアはヤムの援護をしていたようだった。散発的な銃声は続いている。

「軍艦に穴を開けたのか?」

「どうかな。しかし穴が開いたとしても一発では落とせない。修理に手間をかけさせる嫌がらせみたいなものだ」


 続いてクウェイラも雲から上がったが、シューニャはなかなか姿を見せなかった。


 すると雲の中からすっと救命気球が上がってきた。気球は少しずつ上昇し、その気球にぶら下がっている軍服を着た男が姿を現す。それを追うようにして雲から浮上してきたのはシューニャのディンギーだ、右手に大きな鉾を構えて、帆に風を受けて、救命気球にぶら下がっている軍服の男をめがけて飛んでいくと、鉾で気球と男とを繋ぐロープを切った。男は手足をばたつかせながら落ちて行った。


 それを見たエイナイナはあっと声を上げた。


「おい! 今の兵士は武器も持っていなかったし戦意を失っていた。なんで殺すんだ」


 雲の中ではシューニャがディンギーに乗った軍人を襲っているのだ。次から次へと。彼女なら軍艦の帆を破るくらいの簡単な仕事はもうこなしてしまっているだろう。それだけでは飽き足らず、雲の中で暴れているのだ。


 また一つ、救命気球が上がってくる。しかしその気球にぶら下がっている男の白い軍服はすでに血に染まっていた。


 救命気球を使うということは破壊されたディンギーを乗り捨てたのだ。穴を開けられればもちろん乗り捨てるしかないが、中には武器を捨てて雲より高い位置で降伏の意思を示すために気球を使う者もいる。


 そしてまた一つ、救命気球が上がってくる。すぐにシューニャが雲から上がってきた。


「やめろ……」


 シューニャがまた、気球にぶら下がる軍人を落とした。


「やめろー! やめさせろ、。あれは降伏の意思表示だ。殺すべきではない。道義に反する!」

 エイナイナがヤーナミラに詰め寄る。

「私もそこまでする必要はないという意見には同意するが、ルールで禁止しているわけではない」 

「やめさせろよ!」

「そこまでするつもりは無い」

「船に損傷を与えるのが目的だろ? 十分じゃないのか?」

「そうだな。あとはシューニャが満足すればそれでいい」

「だったらやめさせろよ。子どもに道徳を教えるが大人のつとめだろ!」

「私はシューニャの親じゃないしな。結局、私たちケンデデスの住民は最低限のルールを持っているが、基本的にはそれぞれの自由を尊重している。文化の異なる連中が集まっているからな。その方が上手く行くんだ。お前がシューニャを説得するならわたしは止めないがな」


 また一つ、気球が上がってきた。エイナイナはヤーナミラを一瞥いちべつし、その救命気球に向かって飛んでいった。


 救命気球にはやはり軍服を着た男性がぶら下がっていて、少しずつ上昇している。そこに向かって上昇してくるディンギー、シューニャだ。シューニャは例によってその軍人の命綱を切りに向かう。エイナイナは自分のディンギーに据え付けられているほこを抜いた。上昇するシューニャよりも高い位置に居たエイナイナの方が速度が乗る。シューニャが鉾を振る瞬間にエイナイナが割って入って、シューニャの鉾をはじいた。


 パーンっと響きわたる乾いた音。


「どういうつもり!?」

 エイナイナをにらみつけるシューニャ。

「武器を捨てていて戦意もない。殺す必要はないだろ」

 気球にぶら下がる軍人を中心にして、二人はぐるぐると旋回し始めていた。

 すぐにビーっというヤムの笛の音が響いた。注意を促す合図だ。それに続いてパンっと銃声が響く。ディンギーに乗った軍人がシューニャとエイナイナに向けてマスケット銃を構えていた。銃口からは煙が上がっていたが、弾は誰にも当たらなかった。

 すぐにシューニャがその軍人に向かって降下を始めるが、エイナイナがシューニャに寄せて、シューニャの鉾を掴んだ。ディンギー同士が接近することはそれだけで危険を伴う。

「何考えてるんだ。帆が壊れるでしょ!」

 帆の骨組みを守るためにシューニャもエイナイナも片方の帆を畳んだ。

 エイナイナは軍人に向けて叫ぶ。

「銃は捨てろ! さっさと生存者を回収して船に戻れ!」

 するとシューニャが言う。

「おまえ、やはり帝国の手先だな? お前から殺す」とシューニャ。

 軍人は銃こそ捨てなかったものの、救命気球で浮かんでいる仲間を引っ張って彼らの軍艦へと飛んでいった。帆と船体を損傷した軍艦は既にすっかり雲から出て、風にながされていた。

「あいつは仲間を助けたかっただけだ。お前たちの勝ちだ」


 シューニャはエイナイナを振りほどくと、左手に持った銛でエイナイナの頭を叩いた。銛は叩きつける分には殺傷力はない。つまりシューニャとてエイナイナを本気で傷つけるつもりはないみたいだった。しかし気が済まないようでもう一度銛を叩きつける。エイナイナは今度は鉾でシューニャの銛を受け流し、鉾をシューニャに向けて突き出す、が、もちろん傷つけるつもりはなかった。脅しのために鉾を構えたのだ。

 そしてエイナイナは言った

「卑しい空賊め。親に道徳を教わらないのか?」

 エイナイナは頭に血が上っていた。その無礼な言いざまにシューニャも激昂し今度は右手に持った鉾でエイナイナに斬りかかった。鉾で受け止めるエイナイナ。

「殺す!」とシューニャ。

 シューニャは今回は本気で斬りかかったが、エイナイナなら受け止めるであろうことを見越していた。エイナイナとて、飛行技術は未熟でも軍人として武器の扱いには慣れている。お互いに一線は超えないようにしている。空中では武器を受け止めるたびに反動で距離が開く。間合いの外に出る。

「戦意を失ったものを殺さないと約束しろ!」とエイナイナ。「それだけ約束してくれれば私は受け入れる」

「何様のつもりだ。殺す!」


 かろうじて殺し合いに発展しないで済んでいるが、二人の気は収まらなかった。一触即発の雰囲気が漂った。すでに軍艦は風に流されていて、周囲にも兵士は居なくなっている。軍艦のことはもう忘れ去られていた。


 そこに仲介やってきたのがクウェイラだった。


「おいおい。あぶねぇから鉾はしまえよ」

「最初に絡んできたのはこいつだ」とシューニャ。

「私は鉾で攻撃するようなマネはしていない」とエイナイナ。

「どっちが先かじゃねーよ」クウェイラが言う。「まず鉾はしまえ」

「それから」とクウェイラ。「銛を手にとって銛先を外せ」


 シューニャとエイナイナは言う通りにした。銛から銛先を外し、ディンギーのポケットに収めた。気が付くとシューニャとエイナイナは銛の柄、つまりただの棒を持っていた。


「よしよし。気が済むまでそれで殴り合え」

 と、クウェイラが言うと同時にシューニャがエイナイナに殴りかかった。

「おりゃあ!」

 エイナイナは棒でそれを受け止め、その勢いを利用してそのまま急降下した。そうして勢いを付けるとぐるっと回り、戻ってきて棒を振りかざしてシューニャにつっこむ。が、シューニャもひらりと避け、そのままディンギーを降下させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る