第12話
そして、ヤムが船団と思しき波動を見つけた。
「大きな船が一隻……。もしかすると重なっているかも知れないが……」
「向かってみよう」と、ヤーナミラ。
「向こうは少し、雲が荒れているかもしれないな」
一行は移動を開始した。エイナイナはなんとなくクラゲを探したりしていた。シューニャやクウェイラは相変わらず先行して雲のしたを覗いたりしていた。なるほど彼らも常日頃からクラゲを探しているのかもしれないとエイナイナは気が付いた。
そしてヤムの予想した通り、眼下に広がる雲は少しずつ複雑な形をしてうねるようになった。こうなると雲の下で動くクラゲなどとても見つけられないし、遠くに雲から頭を出している飛行船なども見つけづらくなる。
「一隻だな。大きそうだ。商船だろう。もう目視できる距離だと思うんだが……。雲の下はどうだ?」と、ヤム。
「なにも」と、クウェイラ。
「みんなそろそろ笛は控えろ」
エイナイナも目を凝らして広がる雲の果てを眺めた。しかし雲の起伏が大きくなっていて分かりにくい。
「まずった」とヤム。「物見気球をあげてやがる」
それを聞いたヤム以外はみんなじっと隠れるようにして高度を下げた。
「見られたか? 向こうの反応はどうだ」
「気球をひっこめないところを見ると、気づいていないか、あるいは気にしてないか……。硬式飛行船だ。かなりでかい。雲からでてくる」
「大型の硬式飛行船、軍艦か?」と驚いたような声でヤーナミラ。
軟式飛行船は継いで接いで大きくすることができるため、一般的に硬式よりも軟式の方が大きい。ヤムはその大きさから硬式飛行船を軟式だと誤認したのだ。
「距離四千。大型の硬式飛行船、軍艦だろう。
「軍旗は見えないのか?」とヤーナミラ。
するとヤムはエイナイナを呼んだ。
「エイナイナ、覗いてみてくれ」
意外な指名にエイナイナは少し戸惑ったが、その意図にすぐに気が付きヤムから望遠鏡を受け取って、レンズを覗き込んだ。大きな白い軍艦だった。全長はコーノック家所有のガブーストの倍はある。しかしケンデデスと比べるとずっと小さい。硬式飛行船ケンデデスを見た後では、ケンデデスの大きさが際立つだけだった。
「あれはサクトイの戦勝記念式典で見たことがある。ルッパジャの自慢の戦艦。バイソンナだ」
「帝国だな。間違いないか?」
「帝国かどうかがそんなに重要なのか?」エイナイナは望遠鏡を覗きながら尋ねたが、答えはかえってこなかった。
戦艦バイソンナからは
「物々しいな……。要人でも運んでいるのか?」と望遠鏡を覗きながらエイナイナ。「いまどこを飛んでいるんだ?」
「ルッパジャの西北西、方位角295度。陸からはずいぶん離れている」
「マサエモに向かうのだろう。ルッパジャの外交特使が乗っていると考えられる」
エイナイナは望遠鏡をヤムに返した。ヤムももう一度望遠鏡をのぞいた。
「あれがバイソンナか。雲の下からもディンギーが上がっている。下部甲板があるのか?」
「少数の空賊であれをどうにかするのは無理だろ?」エイナイナはあざけるように言った。
不意を突いたとしても硬式の気球にはそう簡単に穴を空けることはできない。コーノック家のガブーストとは違い飛行甲板も広く、出てくるディンギー隊を抑えることはできない。雲の状態もよくない。雲が晴れると銃眼から覗くマスケットの餌食になるだろう。
「雲は?」とヤーナミラ。
「しばらく変化はなさそうだ」
「いけるか、シューニャ」
「やる」
そう言ってシューニャは勢いよく雲に潜っていった。
「無理はするな! 雲が切れたら撤収だ」と叫ぶヤーナミラ。
「やれやれ」
クウェイラもそれに続いた。
「ケルメス帝国のルッパジャが誇る軍艦か。確実に新聞に載るな」
バーボアも向かっていき、そしてヤムもそれに続いた。
四人の動きは速く、エイナイナとヤーナミラだけがその場に取り残された。
「どういうことだ? 四人であれに立ち向かうのか? 作戦も立てずに?」
「軍艦が雲の中に居る今しかない。スピード勝負なんだよ」
「その通りだ。あの軍艦が視界の開けた高所まで上がったら少数の空賊になすすべはない。戦争と同じだ。数に劣る側は奇襲に失敗したら撤退するしかない。警戒された時点で負けだろう」
「逆だな。警戒されているからだよ。向こうに見つからなければ、私は逃げるように指示した。しかし見られたからには爪あとを残さなければならない。やつらは、
「危険は犯さないんじゃなかったのか?」
「シューニャが好戦的で困っているというのは事実だが、まあ、雲の条件などを考えればこれくらいは許容範囲だ。私たちももう少し近づくぞ。近づくだけだ。交戦する気はない。十分に距離をとり、場合によっては撤退の合図を出す」
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