第5話

 交渉はずいぶんと時間がかかっているようだった。

 しばらくして伯爵家の飛行船に交渉にいったヤーナミラとバーボアが帰ってきた。バーボアはコーノック伯について知っていたくらいなので帝国の事情に明るいのだろう。それでヤーナミラは彼を連れて行ったのだ。


「伯は……、みんなは無事だったのか?」と、エイナイナは戻ってきたヤーナミラに尋ねた。

「問題ない。威厳があり、礼儀正しいお嬢さんだったよ。お前が忠義を尽くしたくなる理由もわかる」

「当然だ。コーノック伯は未来の皇帝陛下にあらせられる」とエイナイナ。

「そうなのか?」と聞き返したのはバーボアだった。

「わたしはそのつもりで仕えている。コーノック伯を次期の皇帝陛下に据えることがわたしの使命だと思っている」

 微妙な空気が流れた。エイナイナの言葉が冗談なのか本気なのか分からなかったようだ。

「おまえ、名前はエイナイナだったか?」とヤーナミラ。

「そうだ。交渉の結果はどうなったんだ?」

「さて……。交渉の結果だが、私たちはエイナイナをもらい受けることになった」

「は?」

「お前がわたしの元で働いて、わたしたちの今回の報酬を払うんだよ」

 エイナイナが経緯を尋ねるよりも先に頭上を旋回していたシューニャが真っ先に不満の声を漏らした。

「いーーー!」

「シューニャ、聞いての通りだ。エイナイナは今日から仲間だ。仲良くしろ」

 と、ヤーナミラ。しかしもちろんエイナイナとしても不満だった。

「どういうことだ! わたしに空賊になれというのか?」

 こつんこつんと、クウェイラが鉾の柄で機体を叩いてきた。

「エイナイナ、これからよろしくな」

「いーーー!」って不満をあらわにしながら旋回するシューニャ。

「どういう提案をしたんだ? 経緯を説明しろ!」と詰め寄るエイナイナ。

 しかしヤーナミラは不敵な笑みを浮かべるばかりだった。エイナイナは今度は髭もじゃのバーボアの方を見るが、彼は諦めたように首を振るばかりだ。


 そうこうしていると飛行船ガブーストが鐘を鳴らした。がらんがらんがらん、がらんがらんがらん。コーノック伯爵家の飛行船はゆっくりと帆を張り、そのまま風に押されて空賊たちの一味から離れていった――エイナイナを置いて。それを見ると、たしかにコーノック伯とヤーナミラの間には何らかの合意が出来ているらしいことが理解できた。


「わたしを置いていくのか……? どういうことだ」

「だからそう言っているだろう」とヤーナミラ。「伯爵さまからたまわった報酬がお前だ。しっかり働いてもらうからな。伯爵さまの顔に泥を塗るなよ」

「本当に行くのか……?」

 エイナイナは青ざめた顔で呆然と空に浮かび、去っていく飛行船ガブーストをただ眺めていた。

「なんだその顔は」とバーボア。「さっきまでの威勢はどうした」

「伯がわたしを見捨てるわけがない。はかったなお前たち! 何を提案したんだ!」

「伯爵さまのためならお前はどうなってもいいんじゃなかったのか?」

「空賊になっては主に対する裏切りも同然じゃないか」

「おまえ紛らわしいからそのジャケットは脱ぎ捨てろよ」そういうのはヤムと呼ばれる男だった。「代わりにこれを羽織っておけ」

 そう言って渡されたのは空賊たちと同じ白い、不思議な質感の服だった。驚くほど軽い。クラゲの革で作られているのだろうと容易に想像ができた。

「エイナイナ、今日はわたしの近くに控えていろ」ヤーナミラが言う。「あと二、三、仕事をしてから帰る」

「いーーー!」って不満をあらわにしながら旋回するシューニャ。

「次にいくぞ。南に流しながら獲物を探そう」とヤーナミラが言うと、男たちが「了解」と言って、シューニャも黙った。

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