第4話

「喜べよ。あの船、ちゃんと飛べるみたいだぞ」

 そう言って近づいてきたのはクウェイラと呼ばれる屈強な男だった。髭もじゃのバーボアよりも若く、まさに鉾をふるうのが似合う戦士という印象の男だ。

「まあ、気球の先端は食われちゃったみたいだけどな」

「ありがとう。一安心だ」とエイナイナ。

「お前、武器とか隠し持ってないだろうな?」

「ナイフは持っているが暴れたりはしない。ディンギーでお前たちに勝てる気がしない」

「正直だなお前は。ヤーナミラはお前が気に入ったみたいだぞ」

 クウェイラはディンギー内のポンプを操作していた。エイナイナのディンギーに並ぶために浮力を調節しているのだ

「お前たちのリーダーはなにを考えているんだ?」

「さあな。おれたちはみんな気まぐれだ。だがあの大きさの船だと、穀物百キロはもらわないと赤字だ」

「穀物百キロ……? なにが基準だ?」

「おれたちはこれで食ってるんだよ」


 具体的な代価を示されてエイナイナは少し安心した。はやり少なくとも交渉のできる相手なのだ。しかし穀物百キロというと船を取られるよりはずっと安上がりだが、いま船に積んでいるわけではない。交渉はどう決着するだろうか……。


 そのとき、どすんっという振動を感じると、エイナイナのディンギーが傾いた。先ほどのシューニャと呼ばれていた少女が落ちてきてエイナイナにまたがるように着地したのだ。シューニャは命綱で自分のディンギーと繋がっているが、浮力の弱い彼女の舟はゆっくりと降下している。そして彼女の手には鉾。大クラゲの触手を切り飛ばした鉾だ。

 はっきり言って、明確な敵意と殺意を感じた。


「先ほどは助かった。感謝している」と、エイナイナ。


 しかしシューニャからの返事は無かった。エイナイナより少し若いだろうか。ゴーグルを上げた彼女の顔はどこかあどけなさが残っている。しかしその目はエイナイナを蔑むように冷たく、鉾を持つ姿は威圧的でさえある。そもそも、人のディンギーの上に立つなんて本来は無礼な行為だろう。


「シューニャ……」と、ためいきじりに声をかけたはのクウェイラだった。「人質を丁重ていちょうに扱え」


 シューニャはエイナイナのディンギーからさっと飛び降りて、自分のディンギーに収まった。少女が飛び降りた反動でエイナイナのディンギーは前後に揺れた。


 リーダー格のヤーナミラや髭もじゃのバーボア、クウェイラの態度からは余裕が感じられた。それは空では負けないという自信の表れのようであったが、だからこそ同時に「むやみに傷つけるつもりはない」という強者のメッセージでもあった。しかしシューニャからは明確な敵意を感じた。そしてクウェイラがシューニャをたしなめた時の諦めのような口調は、シューニャのエイナイナに対する冷たい反応は予想できたというような雰囲気さえ感じるのだった。


 そして空賊はもう一人いる。エイナイナは言葉を交わしていないが、少しふくよかな男がじっと待機している。この男はすこし装備が違うようだ。同じ白い服を着ているが、クウェイラ達とは違う安定感のあるディンギーで、ポケットなどに様々な道具を忍ばせているらしいことが見て取れる。航行に必要な道具の管理を任されているのだろう。


 エイナイナがその男を観察しているとクウェイラが教えてくれた。


「あいつはヤムだ」

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