18 あなたはゴミ以下でしょう?


「偉大なる国王陛下にご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません。このたび、キルリアン侯爵の跡を継ぐこととなりましたエルヴァン・キルリアンと申します。急なお願いにもかかわらず、御前試合の観覧をお許しいただき、誠にありがとうございます」


 エルヴァンの口上に、国王が機嫌のよい声で応じる。


「おぬしがキルリアン侯爵が申しておった秘蔵っ子か。オルジェン王国の王立魔術学園で常に首席を守っていたとか。おぬしのような優秀な者ならば、オルジェン王国ではなく、クゼルズ王国の爵位を継いでほしかったものだが……」


 オルジェン王国から帰ってきたエルヴァンから聞いた話では、キルリアン侯爵はクゼルズ王国とオルジェン王国が和平を結ぶ際にも尽力した人物であり、新王ともよく書簡を交わしているのだという。


 また、前にルミナエがエルヴァンと額をあわせてイメージを伝えてもらった小柄な老人でもある。


 侯爵の養子になることで、エルヴァンはルミナエをさらに守る権力と、クゼルズ国王に対する発言力を手に入れてくれたのだ。


 それだけでなく……。


 残念そうな国王の言葉に、エルヴァンは恐縮した様子で視線を伏せる。


「申し訳ございません。クゼルズ王国の実家はすでに継げる状態ではなく……。ですが、わたしの生まれがクゼルズ王国であることは生涯変わりません。今後、両国の絆を深めるために、義父ともども尽力いたしたく存じます」


「うむ、期待しておる。侯爵殿にもよろしく伝えてくれ」


 ゆったりと頷いた国王に、エルヴァンが恭しく言を継ぐ。


「つきましては、陛下の御為に害虫を一匹駆除したく存じますが……」


「どういうことだ?」


 国王の問いに、エルヴァンが冷ややかなまなざしをザカッドに向ける。


「罪人を重用されていては、陛下の御名に傷がついてしまいます。そこにおりますヘルバズ伯爵は、先の戦争の緒戦で活躍し、前国王陛下に騎士団長に取り立てられたそうですが……」


 一拍置いたエルヴァンが、嫌悪もあらわにザカッドの罪を暴く。


「その功績は、他人の手柄を奪ったものなのです。優秀な部下が立てた武勲を、部下が戦死したため、まるで己の手柄のように吹聴し……。戦争中は情報が錯綜さくそうするとはいえ、彼の行いはあまりに悪辣あくらつ。しかも、その武勲によって騎士団長に取り立てられて増長し、気に食わぬものに暴力を振るい、威圧的にふるまうなど……。騎士の風上にも置けません。陛下のお耳にも、よからぬ行状が伝わっているのではございませんか?」


「む……」


 エルヴァンの問いかけに、国王が言葉を濁す。どうやら、ザカッドの悪行は国王の耳にまで届いているらしい。ただ、父である前王が騎士団長に叙任じょにんした騎士であるだけに、いままでは目こぼしをしていたのだろう。


「てめぇ……っ! ふざけるなっ!」


 真っ赤な顔でがなり立てたのはザカッドだ。


「何を根拠にそんなことを言ってやがる! 俺にケチをつけるなんざ、ただじゃおかねぇぞ! 証拠でもあんのか!? あぁ!?」


 ザカッドの剣幕にも、エルヴァンは一歩も引かない。若葉色の瞳が冷ややかに見つめ返す。


「証拠ならすでに調べがついています。ですが、己の胸に手を当てれば、心当たりがおありでしょう?」


「はぁっ!? 心当たりなんざあるワケがねぇだろ! は潔白だ!」


 確かに、部下の手柄を奪ったのは勝登が転生する前のザカッドだ。ザカッドの記憶を持ちながら、堂々と自分に罪はないと断言する勝登の傲岸ごうがんさは、前世と何ひとつ変わらない。


「陛下! こいつは嘘をついてます! 現に証拠のひとつも出しやがらねぇ! 俺はさっき御前試合で優勝したばかり! それを見ていたのにこんなことを言いやがるなんて……っ! 間男が俺を引きずり落とそうとしてるに決まってる!」


 ザカッドが必死に国王に訴えかける。


「何より、俺は『ドナシオン』の力を持っている特別な人間! 長年、騎士団長として立派に務めてきた俺と、ぽっと出の間男と……っ! どちらを信じるか、比べるまでもねぇ!」


「『ドナシオン』の力、ね。でも、大したことのない力でしょう? あなたの心根と同じ。薄っぺらで、ひと皮むけば、役立たずだとすぐにわかるわ」


 国王が言葉を発するより早く、ルミナエは侮蔑もあらわに嘲笑する。


 ルミナエの言葉があまりに予想外だったのだろう。一瞬、虚をつかれたように目をしばたたかせたザカッドが、言われた内容を理解した瞬間、怒りの声を上げる。


「てめぇ……っ! 侯爵だか何だか知らねぇが、男をたぶらかして味方にしたからって、いい気になってんじゃねぇぞ……っ! 何の能もねぇゴミ女が……っ! すぐに身のほどを叩き込んでやる……っ!」


 怒りのあまり、礼儀をかなぐり捨てた粗野な物言いに、国王が眉をひそめたが、ルミナエを睨みつけるザカッドは気がつかない。


 ほんの数日前ならば、恐怖に身を震わせていつくばって詫びていたザカッドの激昂げっこう


 だが、いまは前の自分とは違う。いまのルミナエには、ザカッドの激怒などそよ風のようなものだ。芥子粒けしつぶほどの恐怖さえ覚えない。


 謝罪する代わりに、ルミナエは口元に笑みを刻み、さらにザカッドを挑発する。


「身のほどを叩き込む? あなたなんかにそんなことができるのかしら? さんざん、私のことをゴミ女と呼んできたけれど……。あなたは、ゴミと呼ぶ私以下でしょう? 目を向けることさえいとわしい汚物と言うべき存在だもの」


 瞬間、ルミナエはザカッドの理性の緒がぶちぃっ! と切れる音を聞いた気がした。


「てめぇ……っ! いますぐ減らず口をふさいでやる!」


 腰の剣を抜き放ったザカッドが、問答無用でルミナエに斬りかかる。


 国王の周りにいた近衛騎士達が動こうとするが、間に合わない。


 貴婦人達の叫びが上がり、誰もがルミナエが朱に染まって倒れる姿を予想した。


 だが。


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