10 魔術の適性
翌日、約束していたとおり、エルヴァンは昼前に伯爵家の近くで貸し馬車で待っていてくれた。宿に着くと昨日と同じようにエスコートされ、客室に通される。
高級な宿にふさわしい服装で来られたらよいのだが、そんな服は一着も持っていない。
唯一、ザカッドから御前試合の観覧用に、ほつれている部分を
「来てくださって嬉しいです」
昨日と変わらず柔らかな笑みを浮かべるエルヴァンに、昨日のことは夢ではなかっただろうかと内心、不安になっていたルミナエはほっとする。
「せっかくです。訓練の前に一緒に昼食をいかがですか?」
部屋に通されてすぐ、従業員が二人分の食事を運んでくる。昨日の軽食といい、エルヴァンにはルミナエが伯爵家でろくな食事を与えられていないのはお見通しらしい。
約束をこの時間にしたのも、最初から一緒に昼食をと考えてくれていたに違いない。
エルヴァンの思いやりに心がほわりとあたたかくなる。エルヴァンから隣国にいた頃の話などを聞きながら昼食を終え、食器が下げられたところで、昨日と同じようにソファーに移動し、並んで座る。
「どうですか? 自分の魔力を感じることにはもう慣れたでしょうか?」
「はい、もうすっかり慣れました」
昨夜も今朝も、ドレスを繕いながら折にふれて、体内の魔力に意識を向けていた。そのおかげか、今や意識を少し向けるだけで、すぐに魔力を感じられるようになった。
ルミナエの返事にエルヴァンの笑みが深くなる。
「やはり、あなたには魔術の才能があるようですね。では、次の段階に進みましょう」
エルヴァンがポケットから手のひらほどの長さの純白に輝く羽根を取り出す。
「これは『
エルヴァンに渡された羽根の根元を両手で大切に持つ。
「自分の魔力を羽根に流し込むイメージを抱いてください。変化した羽根の色によって、あなたの適性がわかります」
「わ、わかりました……」
魔力を感じとれるようになったからだろうか。魔力の動かし方も感覚的にわかるようになっている。
ルミナエは目を閉じると、自分の中でりんりんとかすかな音を立てている魔力を羽根に流し込む。
「これは……」
エルヴァンの低い呟きに目を開けると、白かった羽根は中心が黄色に、羽根の先にいくにつれてオレンジからあざやかな赤へと色を変えていた。
「この色は、少し予想外でした……」
「あの……?」
赤と黄色が何をあらわすのかわからず戸惑うルミナエに、エルヴァンが問いかける。
「あなたの血筋は騎士が多いのでしょうか?」
「え、いえ……。私の家系には騎士は数えるほどしかいません。魔術師となると皆無で……。文官の家系なのです」
クゼルズ王国は尚武の気風が強いが、ルミナエの家系は代々文官ばかり輩出している。
「では、あなた自身が運動能力に秀でているのでしょうか?」
「いえ、そんなことは決して……」
ルミナエの記憶を探る限り、そんな記憶は欠片も出てこない。
「あの、この色はどんな適性を示しているのでしょうか?」
不安になって問うと、「失礼しました」とエルヴァンが軽く咳払いした。
「この中心部に現れた黄色は、強化魔術への適性を、そして羽根の先の赤色は肉体に干渉する魔術への適性を示しているのです。つまり、あなたは己の身体を強化する魔術への適性があるということですが……。この適性を持つ魔術師は、極めて珍しいのです。もともと身体的な能力が優れている者や、肉体の
「あ……っ!」
どう見ても身体を鍛えていなさそうなルミナエが、なぜ肉体強化の特性を、といぶかしげなエルヴァンに、あることに気づいたルミナエは思わず声を上げる。
「何か心当たりがあるのですか?」
「はい……。おそらく私の前世が関係しているのだと思います」
勝登に辞めさせられるまで、美奈絵は看護師として大きな病院に勤めていた。この世界の下手な医師よりも人体にくわしいという自負はある。
「でも、私の適性が肉体強化だなんて……」
羽根を持つ手に視線を落とす。粗末な食事で
こんな身体を強化したところで、何になるのか。
魔術といえば、手から炎を出したり、空を飛んだり、相手を変身させたり……。
そんなものを想像していたルミナエの声が、想像との落差に沈む。
「確かに、肉体強化と言われても、どんなことができるのか、すぐには想像できないかもしれませんね」
苦笑したエルヴァンが、「その……」と困ったようにルミナエの顔を覗き込む。
「魔術の成否や精度は、確固としたイメージを持っているかどうかで変わってきます。肉体強化の魔術がどんなものなのか、あなたにお伝えしたいのですが……。言葉より、イメージで伝えたほうがいいでしょう。その……、あなたと額をあわせてもよいですか?」
「は、はい。あの、どうすれば……?」
「そのまま、じっとしてくださればいいですよ。緊張するなら、目を閉じていてください」
告げたエルヴァンがずいと身を乗り出す。香水のかすかな香りが
こつん、とエルヴァンのなめらかな額がルミナエの額にふれる。
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