◇三話◇初めての

 向かってみればそこは、血なまぐさい戦場と化していた。いや、既に戦闘は終わっている。残っているのは複数人の死体と散乱している馬車の荷物。

 初めて見る死体に、俺はさっき食べた料理を吐いてしまった。ノアに申し訳ないな。


「なん……で……こんな……死ん……で……」


 警察を呼ぶべきか、誰を呼ぶべきか。そう考えるのもつかの間、思い出したのだ。

 異世界というものには、必ず法律というものが存在する所としない所がある。

 だがそれはこの世界にある国によるもの、今俺がいる場所は見た事のない森の中、答えは法律なんてない。

 つまりだ。死は当たり前、簡単に言えば法律もクソもない森の中でクマに合えば殺すか殺されるかの2択。

 弱肉強食の世界だ。警察も自衛隊もいない。


「奴隷商人の馬車だね、多分この先で売買でもするつもりだったんだろうなぁ……ミナト君は死体をみるの初めて?だとしてもこの先嫌という程見る事になると思うから、慣れておいた方がいい」

「まぁ、さすがに初めて見たら衝撃的だよね、よしよし」


 背中をさすりながらそう言ってくれるノア。面目ない。

 もう一度死体を見るが、血の匂いと同時に肉片やら何やらが飛び散っていて悲惨さが分かる。

 どんな敵にやられたらこういう死に方するんだよ。グロ動画でも見てる気分だ。いや現実だから余計にグロい。


「――けて」


「……今の声は……」


「う゛ぇ……聞こえたぞ、俺も……」


 何とか吐き気は収まった。が、まだ気持ち悪い。だが声の方が気になる。

 とりあえず声を辿ってみたら、これゃびっくり、ケモ耳なロリっ子が倒れた馬車の中で倒れているではありませんか。

 ロリコンではないけども……。それにしても、ガリガリで痩せ細ってる、全くと言っていい程食わせてもらってないんだろうな。可哀想だ……。


「この子は……獣人の奴隷ちゃんみたい、所々怪我しちゃってるね」


 ノアは即座に近場にある薬草を採取して、潰すと傷口に少しづつ塗り始めた。

 薬草があるんなら、もしかしたら売る事も出来るんじゃないか?俺も採取しとこう。


「ヴォァァァァァァ!!」


「うぇっ!?」






 ゲームのトラップに引っかかった気分だ。

 何故かって?血に濡れた木のモンスターが現れたからだよ!


「ミナト君逃げて!」


「足止めして死ぬタイプのフラグだよそれ!ノア、早く来い!その子は俺が――」


 局部には触らないように優しーく抱き上げましてっと。


「連れて行く!」


「ミナト君は力持ちなんだねぇー!」


 というわけでダッシュで逃げてます。とりあえず木のモンスターこと《トレント》から逃げてます。割と走るのが遅くて良かったけれども、自分の武器を振り下ろした時の殺傷能力は尋常ではない事が分かったので、手も足も出ません。



 ◇



「いた……ぃ……!」


 少女の傷に、ノアは薬草を塗っていく。逃げている時に剥がれた部分も塗り直し、応急処置は終わった。

 逃げ回り、気付けば夕方、時間はあっという間に過ぎていく。走ったからか腹も減ってきてしまった。


「ノア、武器とかって……持ってたりするか?」


「武器、これでもいいかな?」


 これはっ、序盤武器で有名なただの果物ナイフ!ノアが料理の時に使ってたが、これいつ手に入れたんだ?とりあえず、これ持って動物とか探してみるか。


「助かる、これで夕飯を探してくるよ」


「分かったけど……気を付けてね?ここら辺にはあまりモンスターはいないだろうけれど、割と凶暴な動物達はいるから」


「凶暴……わ、分かった」


 凶暴な動物ってそれモンスターと同じじゃないのか?モンスターの方がより凶暴そうだけども。

 ――さすがに俺でも倒せるだろ。



 

 そう思っていました。


「待てっこのやろ!!」


 兎には逃げられます、猪には追いかけられます。未だ1匹も捕まえられてません。はいどうしましょう『夕飯探してくる』って言っちまったしなぁ。

 せめて魔法ぐらい使えたらいいのに。


「おっ……せめてこいつなら……」


 目の前にいたのは鹿。それもかなり大きい、解体はした事ないが、なるべく肉は手に入れたいところだ。俺も食べたいし。

 たったの果物ナイフ1本、やれる事を尽くすしかない。コイツだけは絶対に捕まえる。


「よし……」


 何故だか、俺の手が熱い。いや幻覚見てるとかそう言うのじゃなくて、本当に熱いんだよ、燃えるくらいに。

 って事は、今まさにやれるんじゃないか!?そう、魔法が!!さて試してみよう。

 小声でね。


炎球ファイアボール……!」


 炎の球、まさかの本当に出た。熱くないし、それに重量もない。

 鹿は気付いてないみたいだ。ならばあとは、上手いこと当てて燃やすしかない。おそらく当てたら毛も燃えるだろうし処理も楽そうだ。


「よーい……しょっと!」


 思い切り鹿に目掛けて投げた。

 するとお見事命中。数分程燃え続け、鹿は鳴き声を発しながら焼け死んだ。

 毛も焼かれていて、果物ナイフで皮をこそぎ落とすには十分だった。そこから腹を切り、内臓を取りだす。

 この先の作業はノアが得意そうだと思うし、持って帰るとしよう。


「んっと……」


 内臓が無くなってもやはり重い、こりゃ今日の夕飯にかなり良さそうだ。あの少女にも栄養を与えないと餓死する寸前だろあれは。

 それにさっきノアの言っていた《奴隷》って単語。やっぱ異世界にゃ奴隷は付き物なんだな、商人の馬車とも言ってたし。


「ミナト君、おかえり」


 微笑みながらそう言ってくれるノアの横で、少女は眠っているのが見えた。応急処置も済んでいるらしい。

 この子が起きる前にご飯を作ってあげたいけど、あいにくそんな料理の腕がないしなぁ……。


「その鹿美味しそうだね、これならちょっとだけ豪華な夕飯が作れるよ」

「お疲れ様っ!」


 本当に笑顔が眩しいです。


「ありがとな」

「……なぁ、俺に出来ることはあるか?料理は作れないけれど、手伝う事は出来ると思うからさ」


「そうだなぁ……それなら河原から水と、あとは山菜を探して持ってきてくれるかな?もしキノコもあれば、それで出汁もとれるしさ」


「分かった」


 ノアの言う通りに、河原から澄んだ水を、一応山菜等は教えられた物ばかり合ったので材料には困らなかった。

 肝心のキノコはというと、同じ色であっても種類が違ったりとよく分からなかったので、とりあえず採れるだけ採った。

 一応シメジとか舞茸とか、知ってるものも合ったから助かる。


「こんなもんでいいか?」


「ありがとうね、ってまさかキノコ採れるだけ採ってきたの!?」


「あ、ごめん……キノコ類とかはあんまり分からなかったからさ……一応シメジとかそういうのは見つかったんだが……」


「まぁ、大丈夫だよっ!一応食べられるのはこれだけだけど、でもかなりの数だね」


 左に毒キノコ、右に食べられるキノコと分けられ、毒キノコが6の食べられるキノコが4という割合になった。それでもかなり食べられるのがあったんだな。

 ちなみに出汁の取れるキノコは数個採取できていたらしい。


「じゃあ作るから、その子の事見てあげてね。もし起きて警戒されちゃったら、せっかく手当したところが剥がれちゃうかもしれないし」


「あぁ、分かった」


 ノアが夕飯を作り終わるまで、少女の横で待っていた。

 たまに悪夢でも見ているのか、少女は何かに縋りつこうとしていた。とりあえず抱き上げ、何とかなだめつつも、出てきた涙を拭ったが、そりゃまぁ本当にトラウマになるだろうな。

 あれは本当にグロかったし。

 いや、それよりも奴隷になってからの記憶の方がよっぽどトラウマか。


「ミナト君、出来たよ」


 美味しそうな匂いと共に、ノアはやってきた。見た感じ、煮込み料理みたいな感じだ、すげぇ美味そう。

 匂いを感じたのか、少女も目を開けた。

 気付いた直ぐにノアが料理を木の椀によそう。


「おと……さん?」


「この人は――」


「飯、食うか?」


 ノアに俺がお父さんじゃない事を言わせてたまるかぁ!起きたばっかで眠気増し増し、なおかつ記憶があやふや。現実を見せるにはあまりにも酷く思えるからな。

 まぁ、どうせすぐに俺が父親じゃない事は分かるだろ。


「ぁれ……だれ?」


 あ、すぐに父親じゃない事分かったみたい。はっや。


「……俺はミナト、君が馬車の中で倒れてた所を拾い上げて、んで隣にいるお姉さんが怪我を治療してくれたんだよ」


「初めまして、私はノア・エルラド、貴方のお名前は?」


「ミュウリ……」


 少女の名前はミュウリというらしい、名前も可愛い。


「ミュウリちゃんか、いい名前だね!」


「……いいにおい……」


「あらららら!お腹すいちゃったよね、ご飯食べる?」


 ノアはよそっていた料理と木のスプーンを手渡した。それをミュウリは受け取ると、ふーふーしながらすくって食べ始めた。

 何故だ。めちゃくちゃ撫でたい、これが……父性本能!?


「おい……しい……」


 泣き始めた。まるで『こんなに美味しいものを食べたのは初めて……』って言ってるみたいだ。

 この子を親の元に返してあげるってクエストも、追加かな。

 とりあえず今なら撫でてもいいだろ。


 撫でている時に気付いたが、この子の胸元には変な紋章があった。おそらくこれが奴隷紋と言うものだろう。

 つまり誰かと奴隷としての契約は成立しているって事だ。


「おとう……さん……おかあさん……!」


 料理って凄いな。ここまで人を感情的というかなんと言うか……。いやノアの料理が凄いのか?


 うん、今日の料理も美味うまっ!



 ◇



 昨晩の内に、ミュウリは色々と話してくれた。んで俺は昨日作ったを放棄、と言うよりもした。

 何故かと言うと、ミュウリの親の内、母親はミュウリを産んだ後に亡くなり、父親とは7年間会えないままらしい。なぜなら6歳の頃に誘拐され、奴隷として売られては捨てられ、売られては捨てられの繰り返しだったとか。

 まだ幼いのに、壮絶な過去を送ってやがる。なんてこったいだよ。


 そして、一夜の内に俺は。


「ご主人……様、おはようございます」


 ケモ耳ロリっ子従者の誕生です。見た感じは狼っぽいの耳や尻尾、触りたいが我慢だ。我慢だ俺!


 後で呼び方変えよう、色々まずい。特に俺の理性。


「おはよう、ミュウリ、ノア」


「おはようミナト君、そろそろ出立しようか」


「そうだな、明後日には着くだろうし」


「どこに行くんですか?」


「今から行くのはトーリアって国だよ、そこで君とノアの服を買うためにクエストやら何やらを……」


 って、そうだ。2人になった分、服の費用も上がるのか。

 だが、そこら辺はどうにかしよう。頑張れ俺の身体!


 さぁ、向かおうじゃないか!トーリアへ!

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