05 家族と継承
父が急死した。
病気だった。気づいたときにはもう手遅れで、どうしようもなかった。だからといって家を、永く続けてきた家業を途絶えさせるわけにはいかなかった。だからミシカカガラス工房の店主になった。まだ修行中の身であったのに。
「事務仕事は私がしてやれるけど、商品はねぇ……。頑張って、しか言えないわ」
母は父の時と同様に事務作業をしてくれている。
「そうね。私も家は出てるけど、近くに住んでるんだから手伝うわよ。納品とか店番とか簡単になことになっちゃうけど」
姉は隣の区に住む男性と結婚している。近くとは言うが、歩くと一時間は掛かる。感謝している。
「俺もまだ半人前だし、兄貴と合わせて一人前ってことで暫くはいいんじゃない。一緒に頑張ろうぜ」
弟も修行を始めていたが、自分より後に始めたからどうしても技術的にまだまだだ。それでも一人じゃないのは助かる。
「先代には敵わないけど、一応一人前の職人がここに一人居る。ちゃんと継承していこうぜ」
従兄弟は自分より先に一人前となっていて、自分の足りない技術を授けてくれる。
家族で営む小さな工房だからこそ、皆で一丸となって努力するしかないのだ。
ゴッゴッゴッ!
工房の外から炎竜様のお呼び出しが聞こえる。炎竜様は工房の守り神だ。この工房が火事もなく、無事に続いているのは炎竜様のおかげである。
「炎竜様?」
外に出るとシルルが扉の前で右往左往していた。忙しいのをわかっていて、気を遣ってくれているのだ。でもそこまで慌てなくていいのだけれど。
「イフリー!」
すぐに寄ってきて紙袋を押しつけられる。あまい香りがシルルから漂ってくる。
「体に気をつけてね。皆と一緒に食べて! いつもこんなことしか出来ないけど……」
疲れた体にふわっと香るお菓子のあまさ。心配そうに見上げてくるシルルに癒やされる。じゃあ、と言って去って行く彼女を見つめてしまう。
ゴゴッ!
竜燈から睥睨してくる炎竜様にたじろぐ。
「……わかってます、わかってます。シルルにちゃんと伝える。伝えるけどまだ心の準備が……! あ、ちょっと疑ってる? 疑ってるね! ちゃんと言うよ。でもさ、シルルを前にするとこう語彙が消えるんだよ。わかるでしょ、炎竜様。小動物みたいな目で見られると言葉なんて出てこないんだよ。あ、ため息吐くのやめてくれません」
炎竜様とも長い付き合いだ。呆れられているのがわかる。
ミシカカガラス工房はミドラ区に永く続くお店だ。今は代替わりで慌ただしいが、じきにそれも落ち着くだろう。工房の人間は昔から皆勤勉で誠実で、少しだけ言葉足らずだけれど。
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