消えない色
ガラッ、ガシャン!!車両と車両の連結部分の扉は少し開けづらくて、思わず力が入りすぎる。君はこっちを見て、注意をするかのような視線を送る。
「ごっごめんて............」
僕は少し頭を下げる。この車両は一番前だからか、誰もいなかった。
「ここに座ろう」
先に君が座り、隣をぽんぽんと叩いてここに座れと促してくる。僕らの座った反対側の大きい窓からは晴天と田園が並んで見えた。
「奇麗だね」
「うっうん。そうだね...................」
「絶対そう思ってないでしょ」
そういう君は少し笑っていた。
「ちょっとバレバレだったかな」
「うん、バレバレだよ。分かりやすすぎ。...................なんで嫌いなの?」
僕は言おうか言わないか迷った。
「うーん。どうしよっかな~」
「言えない?」
「いや、言うよ。僕を連れ出してくれたお礼に、もちろんお礼はこれだけじゃない」
「楽しみにしておくね」
君はそう、嬉しそうに笑ってみせた。僕はゆっくり語りだす。
『やまんば』
「え?」
「まあ聞いて」
君は何も言わず、うんうんと頷いて見せた。
「昔僕さ、こういう田んぼや畑が一面に広がったような田舎にある家に住んでいたんだ。別に祖父母の家とかじゃなくて、古いアパートだったんだけどね。で、そのアパートに『やまんば』がいたんだ」
僕はその風景をただ眺めながら、過去を掘り返して『ことば』に変えようと思いを巡らせる。
「夜になると『やまんば』は現れて、家中の物を投げたり、壁を殴ったり、僕に暴言を浴びせて着たりして怖かったな...................」
ガタンゴトン!! あたりが一気に暗くなる。トンネルに入ったのだろう。さっきまで奇麗な田園が広がっていた窓には、僕と君だけが反射して映っている。
「でも、それだけじゃない。それだけじゃないんだ。あの人が、あの『やまんば』だけが、僕の書いた物語を褒めてくれた。喜んでくれた。笑ってみせてくれたんだ。心の底から。あの『青』を...................。あれが本物かなんて、もう今では分からない。当然のもの、当たり前の物だったのかもしれない。でも、そう思うと怖くなる。だから考えないで、ずっとこのまま留めておこうって思ったんだ。そのほうがきっと楽だからって、自分に言い聞かせてさ...................」
僕はふうっと息を吐いた。あたりが急に眩しくなる。トンネルから抜けたらそのに広がっていたのは住宅街だった。
「笑っちまうよな。市の職員に引き取られて、今では寮で過ごしてるけどさ。いつまでも引きずって、なんなら自分の大事なものにしちゃって、いざそれが崩れそうになると自分には何も残らなくて...................」
「これでおしまい。まあ聞いてくれてありがとう。暇つぶしくらいにはなったかな?」
自分にだんだん飽き飽きしてきた。
「別にボクは何も言わないよ。きっとそれは、忘れたくても忘れられない。いつまでも君を苦しめるんだと思う。でも、その悲しい思い出に、きっと良いものも絡まってくる。そしてその絡まったものが、君の傷を良くしていくんだと、ボクは思う」
「そうかな...................」
「これはあくまでボクの『色』でみたものだけどね。それでも、君の過去がどうであれ、ボクは君の書くもの全てが好き」
君はそう言って笑ってみせる。
見たくなかった。そんなものを見せられるなら、話さなければよかった。
電車が止まって、肩と肩が触れ合う。電車の扉が開いて、良い香りが鼻をかすめた。
「降りよっか」
また君が白くて細いてを僕に差し出す。手首はコートで隠されていて、跡どころかコンシーラーと肌の境目すら見えない。
電車から降りると、ふわっとした風が横から通り過ぎる。
「やっとついたね」
そこには、一面に広がっていたんだ。
色々な『青』が重なる、鮮やかな『群青』が。
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