その人の色

 ガタン、ガタン。暖かい空気の中を駆け抜け、冷たい風が僕の頬を撫でた。


「おい、寒いから閉めろよ」


 僕は君のさらに窓を開けようとする手を押さえる。


「君は冬の風、きらい?」


 僕の方に振り向きこっちを見る目は、何故か悲しそうな感じがしていた。


「別にそんなこと無いよ。この車内暑いし」


「じゃあなんで閉めてほしいの?」


「ん?そんなの他の人がどうか分からないからだろ?寒いっていう人もいるかもしれないし」


「それって確かめたりした?」


「わざわざ確かめようとする人の方が少数派だろ」


「君はどの『他人』を見ているの?『他人』のことなんて本当に考えているのかな」


 君の突発的な質問。いつもどおりのはずなのに、今回はなんだか違う気がする。


「そんなの分かんないよ。ただただ自分の『縛り』というか、周りにまとわりついた価値観に従っているだけなのかも」


「それが君の答えなんだね」


 あっそうだ。君のその質問いつもと何が違うのか分かった気がする。


「今回は哲学的な質問なんだね。いつもは知識とかの問題なのに」


「うん。確かにそうだね。でもいつも私が気になったことを言ってるだけだよ」


 そうだったんだ。君が何で僕に聞いてくるのか、それを僕は知らなかった。知ろうともしていなかった。こんなに近くにあったことなのに。


「ねえ、この車両の一番前の席に座って寝ているあの男の子。これから何をしに行くんだと思う?」


 また君は唐突に聞いてくる。暇つぶしにはちょうどいいか。僕はチラッとその子を見た。


「僕らみたいにどこかへ出かけているんだろうね。親はいないから一人で旅行なのかな?ていうかさ...................」


 僕はそう言ってその子から君へと視線を移す。


「あの子って女の子じゃない?お前の価値観なら男の子になるのかもしれないけど。髪も肩くらいまではあるし、ふりふりしたやつが付いたかわいい感じ服も着ているし」


「君にはそう見えるんだね」


 君はボソッと、まるでひとり言みたいに言った。その声は悲壮感が漂っているように感じたが、これもきっと僕がそう思っているだけなのかもしれない。


「僕にはこう見える。あの子はきっと男の子だ」


「きっと?」


 僕はその言葉が引っかかった。


「あの男の子の服を見てよ。フリルが半分取れかかってる。あれは何かの拍子に外れたんじゃない。あの取れ方は自分で外そうと手でいじったようだ」


 その鋭い観察力は人間離れしていて、どこか狂気じみたものを感じる。


「ほんとだ!よくそんなこと気づくね。服も若干シワが付いている」


「あの子は本当はあんな恰好したくなかったんだろうね。可哀そうに、だから逃げてきた。一人で」


「じゃああの子の性別は男の子だってこと?!それって虐待じゃ......」


「いや、別に身体的な性別は分からないよ。ただあの子はああいう服が嫌いなだけかもしれないし、ボクだって自分の『色』のついたものしか見ることが出来ない」


「『色』?何それ」


 君の唐突な比喩表現に僕は頭の上に?を浮かべる。


「まあ『色』っていうのは、その人の価値観というか、色眼鏡というか...................そんな感じだよ」


「ふーん」


 僕にはなんだかそれが分かるように思えたけど、なんだか分からなくなってきた。


「ちょっと移動しようよ。どうせがら空きなんだからどこでも座れるって」


 すっと立ち上がって、座っている僕に手を伸ばす。奇麗な手が僕の手を攫う。


 この手に、君に、隠されたものはあるのかな?

 僕がまだ知らない君を、今はただ探してみたい。


「うん!行こう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る