⑦改革

コワビ王国は大陸の東南端に位置している君主制の小さな国である。


コワビ王国の東と南は海に面しており、北にはダイハンという商業国家、西にはジウラッカ帝国と呼ばれる国がある。ダイハンとコワビ王国は古くから交流があり、王国内で採れた野菜や畜産物はダイハンへと輸出される。商業国家ダイハンは国土の大部分が荒野であるため農耕や牧畜といった産業はほとんど存在しない。その代わりに金属加工が栄えているため、コワビ王国への輸入品のほとんどはダイハンから送られてきた金属製品となっている。


西にあるジウラッカ帝国は広大な領土を持つ帝国主義国家である。数年前までは内政と外交のどちらも安定していた国らしいが、穏健派の先代皇帝が急逝した直後に帝国各地で跡目争いが勃発し、その結果として次期皇帝の座に就いたのがバリバリ武闘派の軍人であった。就任直後からジウラッカ周辺の国々に侵攻し出すという何とも危なっかしい国である。コワビとジウラッカの間にはラワダオ山脈が2国を分断するかのようにそびえ立っており、この山々のおかげで弱小国家コワビ王国は今日も侵略されずに存続しているのである。


とまぁ、こちらの世界の地理はこんな感じだ。

しっかしまぁ…

俺が飛ばされた世界はなんと物騒なのだろうか…


で、ここからが本題である。

ここ数日の間でジウラッカとの国境付近で不穏な動きがちらほらと確認されるようになった。

ジウラッカの国境警備兵がパトロールに来る事はこれまでもよくあったらしい。一角馬(ユニコーン)に乗った兵士数名が国境付近をぐるりと周りそのまま帰るという流れだ。が、最近の動きはパトロールというよりも偵察に近い。見晴らしの良い地点からこちらの様子を伺うような行動が目立ってきたとの情報が頻繁に入るようになった。


きな臭い…


恐らくジウラッカの次の手は威力偵察だ。国境付近に武装したジウラッカ兵士を数名ほど送り込みコワビ守備隊の出方を伺うだろう。対応までの時間、増援までの時間、兵士の規模、装備などの情報を収集しに来るはずだ。あちらさんは捨て駒のように兵士を送り込むかもしれないが、コワビは人員も装備も足りていない。無駄な損耗は避けるべきだ。ジウラッカ兵が威力偵察に来た場合は原則として反撃せず、越境した兵士のみ捕獲するべきだと守備隊長に進言しておこう。


でもまぁ、そうなってくるといよいよ開戦って感じだろうなぁ…。


この大陸では戦争というものが百年以上の間起きていないらしい。そのため大半の国が国防のための組織を持っていなかった。コワビ王国もそのうちの一つである。


コワビの国土防衛は国内の治安維持にあたる憲兵が兼任していた。しかしながら争いの無い時代が百年続いたせいもあり国土防衛の任務はいつの間にか国境を眺めるだけのモノになっていた。ここ最近のコワビ王国憲兵隊の役割といえば王都の警備と酔っ払いの相手、ごく稀に起きる事件の処理ぐらいになってしまった。


マンネリ化した組織が行き着く先といえば汚職と腐敗であり、憲兵隊は国のスネを齧り甘い蜜を啜るクズの集団になっている。






アイバの村を離れ、王都に移動した日の事は今でも鮮明に覚えている。

リクルーターのオッサンに案内されて訪れた王国憲兵隊の訓練所を見て愕然としたのだ。


屋外の訓練場には格闘技で使われるような四角いリングが設置してあり、その中央にはアザだらけの男がフラフラと立っていた。意識が朦朧としている男の周囲には鎧を身に付けた兵士たちが立っており、アザだらけの男に対して殴る蹴るの暴行を加えている。まるでサンドバッグだ。


「おら!根性見せろよオッサン!」

「そんなんじゃ故郷に帰る前に死ぬぜ!」

などと罵声を浴びせながら男を弄んでいるのを見て「あれが訓練なんスか?」とリクルーターに尋ねた。


「シシオ殿、あのような不様な姿をお見せしてしまい申し訳ありません…。これが憲兵隊の現状です。」

リクルーターも呆れたように口を開く。

「数ヶ月前から始まった徴兵制度が国の予算を圧迫した結果、憲兵隊にしわ寄せが来てしまいました。その腹いせとして徴兵された者を訓練という名目で暴行しているのです。」

とリクルーターは話す。


憲兵の給料が減ったのか生活の質が落ちたのかは知らんがおおよそそんな所だろう。


「で、俺は何をしたらいいんですかね?あいつらのサンドバッグになるとか?」

若干の皮肉を込めてリクルーターに問う。


「シシオ殿、あなたにはこの腐敗した組織を創り変えていただきたい。」


「はい?」

なんとも間抜けな声が出たがリクルーターは話を続ける。


「王国憲兵隊は腐敗を極め、この国を守れるほどの力はもう持っておりません。今の憲兵隊には圧倒的な力を持つ者による改革が必要だと上層部は判断いたしました。これは私からの依頼ではなく、憲兵隊長直々の依頼です。これから起きる事の責任と後始末は全て憲兵隊長が負います。」


話が急すぎる…。

そういうのは自分の所で何とかするものではないのか…と思っていると

「我々も出来ることはやりました。しかし憲兵隊は力を持ちすぎてしまったのです。隊長も今ではただの飾りとなっており古参の兵士達が実権を握っているのが現状なのです。」

とリクルーターが嘆くように話した。


「もちろんそれなりの地位と報酬はご用意させていただきます。シシオ殿の要望にも可能な限り応え、元の世界に戻るお手伝いも約束します。いかがですか?」


国家レベルで日本に帰れる手伝いをしてくれるのは魅力的だ。1人で手段を探すよりよっぽと効率が良い。


となると断る理由はない。


「わかりました。引き受けましょう。」


こうして王国憲兵隊の大改革は幕を開けた。

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