⑥オーガ
「よいしょっ」
畑で採れた野菜を籠に山ほど詰めこんで荷車に乗せる。この村に来てから畑仕事を手伝うようになった。
あの祠で目が覚めてから数日が経つ。
フウカという少女の家にお世話になってから今日までの間、元の世界に戻る方法を探してみたが方法どころか手掛かりさえ見つからない。神世の祠…神の世界に通じていると言い伝えられている祠に何かヒントがあるのだと思い入念に調べたがそのようなものは一切なく、苔むしたボロボロの祠がポツンと建っているだけだった。
「帰れるのかなぁ、俺…」
なんてことを思いながら荷車を引いて納屋に向かう。籠いっぱいの野菜を納屋に入れ、空になった籠は荷車に積んで畑に戻る。畑ではフウカや子供たちが収穫を手伝っている。
「シシにぃー!次こっちー!」
子供の1人が大きく手を振っているのでそちらの方まで荷車を引いて歩く。この仕事を手伝い始めた時はかなりの重労働だと思っていたが体への負担はそこまで感じない。むしろ楽なくらいだ。砲弾が詰まった弾薬箱や重機関銃を運んでいるほうがよっぽど辛い。
今はその事に違和感を感じているのだが…
村の子供たちと遊んだ時のことだ。あの時は子供たちが6人、俺の両腕にぶら下がってキャッキャとはしゃいでいた。1人20kg程度だとしても6人で120kgはある。部隊で扱う弾薬箱や重機関銃は1つだけでも30kgはあるはずだ。子供達の総重量の方が重いはずなのに全くと言っていいほど重さを感じなかった。
(子供ってあんなに軽いもんだっけ?)
そんなことを思いながら畑へ向かう。
「ありがとう、シシオ。ここにある分を納屋に持って行ったら畑の仕事は終わり。この後は薪割りをやってもらうわよ。」
フウカ曰く、今日のノルマは達成したようだ。後はこの野菜を籠に詰めて薪割りを終えれば一息つける。
納屋まで野菜を運び終えると丸太が山のように積まれている場所まで案内される。自衛官として10年以上働いてきたが薪割りは初めてだということをフウカに伝えると「じゃあ私が手本を見せるわね」と言って彼女は斧を振り上げ、丸太目掛けて振り下ろす。何度か斧を振り下ろしていると丸太に切れ目が入った。
「ちょっとコツがいるけど、慣れたら簡単よ」
と彼女は微笑んで斧をこちらに渡してきた。空振りするような恥ずかしい姿は見せられないので予行がてら丸太の切れ目に向かって斧の刃先をコツンと当てた。
(パキッ)
丸太が真っ二つに割れた。
「え、えらい簡単に切るのね…」
フウカは引き攣ったような顔でこちらを見た。
おかしい、本当に刃先を当てただけなのに丸太が割れた。この世界の木材は簡単に切れるような材質なのだろうか。
「フウカ、これって簡単に切れるものなの?」と尋ねると
「え?そんな簡単に切れるモノじゃないわよ。私だってコツをつかむまで随分かかったんだから。」という答えが返ってきた。
フウカの答えを聞くと疑問はさらに深まった。まさかとは思うが…
「ごめん、ちょっと下がってて。本気で切ってみる。」
そう言ってフウカを後ろに下がらせると、斧をグッと握って天高く振り上げる。
「ふんっ!!!!!!」
全力で斧を振り下ろした。
一瞬の静寂、その直後にドンッッッッ‼︎‼︎という鈍い音と共に突風が巻き起こり獅子尾の周囲は土埃で包まれた。獅子尾の後ろでは「きゃあっ」と小さな悲鳴が聞こえる。
何が起きたのかわからなかった。
土埃が風に流され、辺りの視界が開けてくると丸太があったはずの地面には大きな亀裂がバックリと開いており、丸太は粉々に砕けていた。
「やっぱりそうかぁ」
獅子尾の勘は当たっていた。畑仕事や子供達との遊びの中で薄々ではあるが感じていたのだ。
『こちらの世界では常人離れした力を持っている』ということに。
「えっ…なに、これ…」
突風で吹き飛ばされたフウカは土埃まみれのまま起き上がり、大地に刻まれた裂け目を見ながらこちらに近づいてくる。
獅子尾は冗談めいた顔で
「俺、本当に神の使いかも…」と呟いた。
「本当にシシオがやったの…?これ…」
目の前で起きた事にフウカは呆然としていた。獅子尾自身も今起きた出来事を信じられずにいる。自分の力を確かめるため、山積みの丸太の中から一番大きい丸太を持ち上げてみた。
「よいしょっと」
獅子尾は自分の背丈よりも大きい丸太を肩に担ぎ、今度はそれを片手で軽々と持ち上げだした。
「おー!やっぱり強くなってるわ、俺。」
こんな時でも楽天的な反応をする獅子尾に向かってフウカは唖然とする。
「あんた、本当に神の使いなのかもね…」
大地を切り裂き、大人が数人がかりで運ぶような大きさの丸太を片手で軽々と持ち上げる男が目の前にいるのだ。そう思うのも当然だ。
その後、村の大人たちが1日かけて行う量の薪割りを数十分で片付け、少し休憩してから家へと向かった。
家へ帰るとフウカの祖父母は日課のティータイムを楽しんでいた。
「あら、おかえり。えらい早くに終わったのね。シシオさんもご一緒にどうですか?」
お婆さんが温かいお茶を淹れるとカップを割らないよう慎重に受け取る。
お茶を冷ましながら獅子尾は「なぁ、婆さん。あそこの祠に現れた人ってのは特別な力を持ってたりするのか?」と尋ねた。
「そうねぇ…子供の頃に聞いた話だと、天を統べる神の使いがあの祠から現れて、王都で暴れていたドラゴンを魔法で鎮めたとか…そんな感じの話だったかねぇ。何かの参考になったかい?」と祖母は答えた。
天を統べる神…たしかドラゴンも天の神の使いだったか化身だったかってフウカが言ってたような…
「ちなみに婆さん、この世界にはすげーパワーを持った力持ちの神様みたいなのもいたりする?」と祖母に聞いてみると横からフウカが割って入ってきた。
「もしかするとオーガの事かも。」
「オーガ?」
「神獣の内の1匹よ。天のドラゴン、海のクラーケン、大地のオーガ。他にも神獣と呼ばれる生き物は何匹かいるけど、1番危険だと言われているのがこの3匹。この3匹は神の化身として恐れられている生き物よ。オーガってのはこの世界の大地を司る神の化身と言われてて、並外れた力と速さを持っててドラゴンと対等に戦える生物って聞いたことがあるわ。」
「ほぇ〜〜。フウカ、お前物知りだなぁ〜」
お茶を啜りながら獅子尾は感激している。
「もしかしたらアンタ、大地の神の使いだったりして。こんな能天気にお茶啜ってるけど。」
とフウカは笑いながら茶化している。
「あんたがいれば畑仕事も薪割りも何とかなりそうね。このペースだったらいつもより早く収穫が終わりそうだし、畑が落ち着いたら街へ納品に行きましょ。」
フウカの提案に獅子尾は食いついた。
「お、街か!いいねぇ!こっちの文化も気になるし案内してくれるんなら助かるぜ!」
獅子尾もノリノリである。
神の使い(と思われる筋肉ゴリラ)が元の世界に戻るまでの道のりは長い。
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