⑤神の使い

村外れの祠で出会った男はシシオ・リュージと名乗った。


祠の前でスースーと寝ていた彼を起こすと大慌てでここがどこなのかを尋ねてきたので素直にアイバ平原だと答えてあげたがイマイチ納得していない様子だった。いくつか質問に答えていると私の両親に会って話がしたいと言ってきた。母は私が幼い頃に他界して父は不在であることを伝えると、だったら祖父母に会って話がしたいと言い出した。祖父母に会うぐらいならまぁ良いかと思い、不本意ながら家まで連れて帰ることにした。しかしこの男、街でも見たことがない奇妙な格好をしている。


黒い革長靴、苔のような模様の服、服と同じ色の兜を被っており上半身には奇妙な装飾品をぶら下げている。それは何だと尋ねるとシシオは「え?ソーグのこと?」と答えた。なるほど、その装飾品はソーグと呼ぶのか。何に使うのかを尋ねると、ソーグはサスペンダーとダンタイで構成されており、ダンソーを収納したりジューケンを取り付けたりすると答えた。聞いたことのない単語が山ほどでてきて頭が破裂しそうになったのでそれ以上は尋ねないようにした。それにしてもこの男はどこからやってきたのだろうか…。


祠のある森を抜けて村までの道に出るとシシオはラワダオ山脈を見つめて唖然としていた。山頂を飛び回るドラゴンを指差してアレは何だと聞いてきた。どうやらシシオはドラゴンを見た事がないらしい。


ドラゴン、天を支配する神の化身であり空の守護者。山のいただきを住処とし、踏み入る者たちを神に代わって罰すると言われている。


平地で暮らす私たちは遠目からでしかその姿を見た事がない。間近でドラゴンを見るとなると、生きて帰ってこれる保証がないからだ。ドラゴンは賢く、執念深い。人間がドラゴンのテリトリーに踏み込んだら最後、死ぬまで追いかけられるハメになる。ドラゴンとは信仰の対象であると同時に人々から畏怖される存在なのである。


村へ帰る道中でドラゴンの説明を終えるとシシオは歩きながら自らの頬を殴り始めた。


気が済むまで自分の頬を殴ったシシオはこちらを見ながら

「これって夢?」と私に聞いてきた。

幻を見せる魔法もあると思うが今は現実である事をシシオに伝えると

「やっぱりそうかぁ」とつぶやいた。

なにかマズイ事があったのかと聞くと、シシオは自身のことについて話し始めた。シシオがいたの国のこと、シシオの仕事のこと、目が覚めたら祠の森にいたということ。信じがたい話だがどうやら事実らしい。


一通りの話を聞いてわかったことは、シシオはこちらの世界の人間ではなくドラゴンが存在しないどこか別の世界からやってきたということ。


シシオの話を聞き終え、頭の中を整理する頃には村に着いていた。


アイバの村と呼ばれるこの村はアイバ平原の中央に位置する唯一の村であり私の生まれ育った場所でもある。ラワダオ山脈に囲まれたアイバ平原の土壌は他の地域と比較しても豊かなものであり、山から流れてくる水と穏やかな気候のおかげで農耕や牧畜に適した土地だと言われている。この村では昔から街や王都に納めるための農作物や家畜を育てており、私も生まれてから今日までこの村で畑仕事と家畜の世話をしている。


ある日、村の男たちが皆徴兵されてしまった時は頭が真っ白になった。

村の人手がゴッソリと減った。残った者たちで何とか畑や畜産を維持してはいるが、それでも無理があった。今は何とかなりそうだが、このまま男たちが帰ってこなければ王都に納める分の作物どころか自分たちの食い扶持さえ危うい。




村に着くと子供たちが駆け寄ってきた。


「フウカ姉ー!」「帰ってくるの遅いー!」

「何してたのー?」


子供たちは私に向けて無邪気に質問を投げかけてくるが、私の後ろに立っている男に気がつくと今度はそちらに群がっていく。


「オジサンだれー?」「何この服ー?」「変な人ー!」「抱っこしてー」


子供たちはシシオに興味津々であるが、シシオは子供の扱いに慣れていないのか困った顔をしている。


「ちょっ、いっぺんに来るな!危ないから!これは触っちゃだめ!」


シシオの腰にぶら下がっている短刀のような物に手をかけようとした子供が叱られた。叱られた子の目は徐々に潤みだし、仕舞いには大泣きしてしまった。慌てふためくシシオはこちらを見つめ助けを求めている。


仕方がないなぁ…。


「よしよし、男の子なんだから泣かないの。強い子なんだから我慢できるでしょー。」


その子に近づき頭を撫でながら優しく抱擁をすると号泣していた彼はスッと泣き止んだ。


「みんな、このオジサンは長旅で疲れてるんだからそっとしておいてあげてね。また今度遊んでくれるから。今日は家に帰りなさい。また明日ね。」

そう言うと子供達は目をキラつかせて各々の家へと帰っていった。



「すまない。助かった。」


シシオは申し訳なさそうに謝った。


「いいのいいの。よくある事だから。それより祖父母に会いたいんでしょ。ついてきて。」


村の子供達がそれぞれの家に戻った事を見届けると、シシオを連れて我が家へと向かう。


「ただいまー」

家の戸を開けて中に入ると祖父母がお茶をしていた。

「おかえり。遅かったな。」

「まぁ色々あったからねー」

祖父を心配させてしまった事に若干の罪悪感を感じながらシシオを中に招き入れる。


「おじい、客人だよ。おじいに会いたいんだってさ。」


シシオは祖父母に向けて一礼をしてから戸をくぐった。


「はじめまして。シシオ・リュージと申します。」


奇妙な姿の客人をみた祖父母は目を丸くしている。


「フウカよ、こちらのお方は…?」


そう聞かれるだろうと思い森で起きたことを全て話した。シシオも自身に起きたことを祖父母に話す。





「そうかぁ…ニホンという国からやってきて気がついたらあの祠で寝ていたと…。」


祖父はそれほど動揺していなかった。すると


「あの言い伝えは本当だったのかぁ…」


と、呟いた。


「それ、どういうこと?」


私が祖父の呟きに反応すると、祖母が口を開いた。

「あそこの祠はね神様の世界と繋がってて、ある日突然神の使いが現れるって言い伝えがあるの。私も子供の頃に聞かされたけどまさか本当に神様の使いが来るなんて思っても見なかったわぁ」


そういえば私も幼い頃に父から聞いた覚えがある。


「神世の祠」のこと。

その由来と伝承のこと。


冗談だと思っていたがここには異国からやってきたと話す男が存在している。ということは伝承は事実でありこの男は神の使いということなのか…?


「そんな、神様の使いだなんて〜。そんな大層な者じゃないですよ、俺。」


と、シシオが呑気に答える。なんて図太い男なのだろう。


「シシオさん、この後はどうなさるのですか?ニホンに戻られるのであれば微力ながらお手伝いさせていただきますよ。」

と祖父が提案した。この男にも帰りを待っている人がきっといるのだろう。こんなところで長居をするわけにもいかないと思う。


「そうですね、このまま祠まで戻って元の世界に帰れる方法を探してみます。」


そう言うとシシオは立ち上がった。が。


(ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜)


シシオの腹から地鳴りのような音が響いた。


「………すいません。何か食べるモンいただいてもいいですか?腹減っちゃって…」


神の使いと思われる男は申し訳なさそうに食べ物を要求してきた。

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