④適材適所
「声が聞こえん!!!!!腕立て50回上乗せじゃあ!!!!」
と兵士達に檄を飛ばす男の名は獅子尾リュウジ。元陸上自衛隊の2等陸曹。現在の役職は王都守備兵団戦闘教官である。獅子尾の檄に怯えながら腕立てをする新兵たちからは汗と悲鳴がポロポロとこぼれ、訓練所の地面を潤している。
こっちの世界に飛ばされてから数ヶ月が経った。
当初は右も左もわからないままで何故か言葉だけは理解できると言う状態だったが、村外れの祠で出会った少女「フウカ」に助けてもらいなんとかここまで来ることが出来た。
村での生活は驚きの連続だった。
見たことのない生物や植物がわんさか存在した。この世界は人種についても様々だった。ゲームや漫画で言うところのエルフやフェアリー、ドワーフや獣人などの種族がこの世界には溢れていた。そしてなにより驚いたことが…
この世界には魔法が存在するということ。
魔法の種類は様々あるらしいが火を出したり水を出したり土を耕したりする魔法は見たことがある。ただしどの魔法もそこまで強力なものではなかった。魔法によって生み出された火はライターやマッチ程度の大きさだし、水を生み出す魔法もチョロチョロと蛇口の水を捻った程度である。土を耕す魔法は時間をかけて少しずつ行っていた。この世界の魔法とは日常生活を送るなかでの便利グッズ程度の扱いらしい。そして、これらの魔法は体力をそれなりに消耗する。漫画やゲームのようにポンポン出せるものではないのは少し残念だと思った…。
こちらの世界での生活に慣れたころ、フウカに連れられて街に買い出しに行った。村での暮らしも刺激的だったが、街ではそれ以上の衝撃を受けた。耳の長いエルフや手のひらほどの大きさのフェアリーを初めて見たのもこの時だった。街での買い物を済ませ、村に帰ろうとすると2人組の男に呼び止められた。
王都守備兵団のリクルーターだと名乗った男たちはこの国には徴兵の義務があるだの何だのと言い出した。俺には関係のない話だと思い無視して帰ろうとすると、1人がズカズカと近づいてきて隣にいたフウカを押し退け俺の腕を掴んだ。いきなり掴んでくるもんだから反射的に男の手首をキメてしまった。格闘指導官相手に組み技で挑んでくるとは良い度胸だ。
「いだだだだだだだだだ!!!」
リストロックで悶絶する男、尻餅をついてその光景を見ていたフウカの顔面が真っ青になる。
「ちょ、ちょっと!ストップ!シシオ、手ぇ出しちゃダメだって!」
慌ててフウカが止めに入る。関節技から解放された男は冷や汗を流しながら後ろに下がりこちらをキッと睨んだ。
「すいません!この人、異国からこっちに来てまだここら辺の事がわかっていないんです!ほら、アンタも謝る!!!」
「す、すいませんでした…」
素人相手に関節技を仕掛けたことは謝るが、元はと言えば向こう側が先に腕を掴んできたのだ。こちらが謝るのも癪に触る。しかしながら、フウカの慌てっぷりを見ていると、この2人組もそこそこ位の高い役人のようなのでここは大人しくフウカに従っておくことにした。
「貴様ぁ!!我々に手ぇ出してタダで帰れると思うなよ!!」
解放されたリクルーターは手首を押さえながら激昂していた。怒りで顔が真っ赤に膨れ上がっていた男をもう1人のリクルーターが
「異国の方はお強いですな。武芸を嗜んでいたとお見受けします。違いますかな?」
先ほどの強引なリクルーターとは違ってこっちは物腰が柔らかく話の通じるタイプだと思った。恐らく上司だろう。事をできるだけ穏便に済ませたいので質問には丁寧に答えることにした。
「まぁ、自衛隊で格闘を教えてたぐらいだからな。そこそこ強いと思うよ、俺。」
男の目の色が変わった。
「なんと!武術の師範でありましたか!これは大変失礼いたしました。我が部下の無礼をお許しください。」
上司と思われる男が頭を下げると、後ろでこちらを睨みつけていたリクルーターも慌てて頭を下げた。
「いや、あの、そんなに頭下げなくていいですよ!全然大した人間じゃないので!」
2人の頭を上げさせ、こちらもやり過ぎてしまった事を謝罪すると上司の男が口を開いた。
「それで、ジエータイという国で武術の師範をされていたようですが、何故こんなところにいらっしゃるのですか?この国周辺の情勢が不安定なのはご存知ではないのですか?」
ごもっともな質問内容だった。
この国は近いうちに隣国と戦争をするらしい。正確に言うならば隣国が戦争を仕掛けてくる。土地が欲しいのか資源が欲しいのか、はたまた宗教絡みなのか、攻め込む理由はわかっていない。
「ま、まぁ、いろいろありまして…」
はぐらかしても仕方がないのでこれまでの事を上司の男に全て話した。元々いた世界のこと、自衛隊という組織で働いていたこと、目が覚めたらこちらの世界にいたこと、今はアイバの村で暮らしていること。
全ての話が終わると上司の男は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「シシオ殿、今の我が国には貴方のような真の軍人が必要でございます。故郷へ戻ることのできない貴方の心中はお察ししますが、どうか、我が国のために一肌脱いでいただきたい。」
……こういう流れになるだろうとなんとなく予想はしていた。村にいてもそのうち徴兵されると思っていたし。俺的には全然ありだと思うんだが、こいつはどう思っているんだろうか。
「フウカ、どう思う?」
単刀直入に聞いた。あの祠で出会ってから数ヶ月、短い間ではあったが見ず知らずの俺を家に招いてくれて祖父母とともに家族のように接してくれた。村での生活やこの国の文化を教えてくれたのもフウカだった。彼女は俺の先生みたいな存在だった。このまま軍に入るのも良いが、村のことが心配でならない。フウカが「行かないでほしい」と言ったら入隊は断ろうと思っている。
「いいんじゃないの、別に。適材適所でしょ。村にいるよりよっぽど役に立つと思うわ」
フウカの返答は素っ気ないものだった。だが、その言葉の中には強がっている年頃の女の子らしさが見え隠れしていた。
「そっか。わかった。」
リクルーターの目が大きく開いた。
「おぉ!なんと、ありがとうございます!それでは今から…」
「ただし条件がある。」
リクルーターの話をぶった斬る。
「条件…ですか?」
リクルーターの顔が曇った。大丈夫、今すぐ金品を用意しろとか言わないから。一呼吸ついて頭の中を整理する。よし、言いたいことは纏まった。
「アイバの村出身者の徴兵取り消しを要求する。」
えっ…、と目を見開いたのはフウカだった。
「この街を含め、ここら一帯の食料はアイバの村で採れた食材がほとんどを占めている。王都にも出荷していたほどだ。つまり、アイバの村は自給自足のための要所ってことだ。だが今は男手がないから畑の稼働率も下がっている。このまま行けば来年には街へ入ってくる食材は激減するし、酷くなれば餓死する人も出てくると思う。」
リクルーターはムっとした表情で頷いている。
「村の男たちが全員帰ってきたことが確認できたら入隊する。これでどうよ?」
リクルーターは少し考えてから
「わかりました。王都のほうに急ぎ確認します。結果はお手紙で送らせていただきますので暫くの間は村でお待ちください。」
話のわかる奴で助かる。上司の後ろでまだ俺を睨んでる若造リクルーターだったらこちらの提案も断っていただろう。
よろしくお願いします。とリクルーターに一礼してからフウカとともに帰路についた。
村までの帰り道は無言の時間がしばらく続いた。気不味すぎて何を喋ればいいのかわからない。
なんとか話題を出して少しでも場の空気を和らげようと考えながら歩いていると
「ありがとね。」
茜色に染まった山脈を眺めながら少女はそう言った。
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