第47話 女王の出迎え

「大丈夫か?」


 デイジーはアーシュラに声をかけながら、倒れて気を失っている敵の男を手際よくしばり上げていた。 

 見ればデイジーは作戦行動に向かう時の装備を整えており、なわを持っているのもそのためだ。

 アーシュラはうなづき、デイジーの元に駆け寄る。

 そして持っていた猿轡さるぐつわを男の口にませ、その目を布でしばって隠し、その耳に耳栓みみせんを詰めて視覚と聴覚を奪った。

 

「ありがとう。どうしてここへ?」 


 そう言うアーシュラが自分の名前を呼ばないことにニヤリとしてデイジーは答える。


「上司から命じられたんだ。仕事中のおまえに差し入れを持って行ってやれってな。おまえのことは心配していたぜ」


 その言葉にアーシュラは思わず胸が熱くなるのを覚えた。

 クローディアは自分を信頼してくれているが、同時に心配もしてくれているのだ。

 そうしてデイジーを助っ人に寄こしてくれた。

 そのことが嬉しくて作戦行動中だというのについついほほゆるんでしまう。


「そう。助かったよ。再会したあの頃よりずっと強くなったよね」

「ツワモノどものつどう最高の環境で訓練できたからな。それよりコイツはどうするんだ?」


 そう言うとデイジーは倒れている黒頭巾ずきんの男を指差した。


「空き家を一軒用意しているから、そこに運ぼう」


 そう言うアーシュラにデイジーは快くうなづき、黒頭巾ずきんの男を軽々と抱え上げるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 イライアスはふと目を覚ました。

 外が暗くなっているため、今が何時で自分がどのくらい寝ていたのか分からずに軽く混乱しつつ身を起こす。

 昨日はあれほど辛かったのが、一日眠っていたら随分ずいぶんと体が楽になった。

 ふと視線を転じると、ベッドの脇に置かれた小さな丸テーブルの上には、びんの半分ほどに減った蜂蜜酒ミードとグラスが置かれている。


「本当に……効くんだな」


 適量を飲んで眠る。

 これを繰り返しただけで、昨日の体調とは比べ物にならないほど回復していた。

 イライアスはクローディアに感謝する。


(ありがたいな。ただの取引相手への貸し作りだとしても……)


 そんなふうに考える自分をイライアスは恥じた。

 人の親切は素直に受け取るべきだ。

 亡き母がよくそう言っていたのを思い出す。

 母は早くに亡くなってしまったけれど、正しく優しい人だった。


 悪いことは悪いと言い、イライアスもよくしかられた。

 だがイライアスが正しいことをした時は、目一杯めてくれた。

 そんな母だった。


「きちんと御礼をしないとな……クローディアに」


 そう言いながらイライアスは先日の墓地でのことを思い返す。

 真正面から自分の考えを否定したクローディア。

 それでも自分が嫌な気分にならなかったのは、彼女の言動には他者を思いやる親切心が根底にあるからだろう。

 まるで母のような女性だ。

 クローディアのことをそんなふうに思うイライアスの顔は、安らかな笑みにいろどられるのだった。


☆☆☆☆☆☆


「おまえ……恐ろしい拷問ごうもんをするんだな」


 任務の帰り道、顔を引きつらせてそう言うデイジーにアーシュラは事もなげに応える。


「そう? あれくらい普通だよ」


 デイジーに敗れて捕らえられた黒頭巾ずきんの男は、空き家に拘束こうそくされた後、自分が何者であるか、あの商会との関係、そして初老の男とマージョリーの関係性などを事細かに白状した。

 アーシュラの拷問ごうもんに耐え切れなかったからだ。

 その時のことを思い返すと、デイジーは思わず背すじが寒くなるのを感じて身をすくめた。


「もし私が反逆者になって捕らえられても、おまえにだけは拷問ごうもんされたくねえ」


 そう言って顔を青ざめさせるデイジーにアーシュラは苦笑するのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ようやく帰ってきた」


 迎賓館げいひんかんの窓から見る前庭にアーシュラとデイジーが姿を現したのは、夜もけてクローディアがそろそろ明日に備えて眠らなければならない、という時刻のことだった。

 アーシュラの顔を確認しないままだと寝付けないかもしれないと思っていたクローディアは、夜着の上に一枚厚手のカーディガンを引っ掛けると、玄関まで2人を出迎えに行くのだった。

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