第46話 女王の使い

(やられる!)


 黒頭巾ずきんの男が振り下ろす短剣の切っ先がアーシュラに迫る。

 避けられない。

 そう直感し、せめて致命傷だけは避けようとアーシュラは必死に身をよじった。

 その時だった。


「がっ!」


 突然、横から高速で飛んできた小石がこめかみに当たり、黒頭巾ずきんの男は衝撃でその場にひっくり返った。

 アーシュラはハッとして石の飛んできた方向に目をやる。

 するとそこには赤毛を黒い頭巾ずきんで隠したデイジーの姿があった。


(デイジー!)


 アーシュラの仲間である彼女がいつの間にかこの屋上まで上がってきたのだ。

 アーシュラは即座にくちびるに手をやり、デイジーに合図を送る。

 名前を呼ばぬようにと。

 相手にこちらの素性を知られたくないからこそ、アーシュラも頭巾ずきんで赤毛を隠しているのだ。


 デイジーはアーシュラにうなづくと、自分と同じ黒頭巾ずきんを被る男に足早に近寄っていった。

 男は石の当たったこめかみから血を流しながら、必死に立ち上がる。

 だが衝撃で視界が揺れているようでその足元は覚束おぼつかない。

 そんな男にデイジーは言った。


「よう。黒頭巾ずきん旦那だんな。私の友達と遊んでくれてありがとよ。御礼に今度は私がアンタと遊んでやろう」


 そう言うとデイジーは腰帯から短剣を抜き放つ。

 そんなデイジーにアーシュラは合図を送ろうとして躊躇ちゅうちょした。

 出来れば殺さないで捕らえたいが、相手は手練てだれだ。


 手加減して殺さぬよう捕らえろというのは負担になる。

 デイジーに余計な足枷あしかせをさせたくなかった。

 そう思ったアーシュラだが、デイジーは余裕の笑みを浮かべる。


旦那だんな。同じ黒頭巾ずきんのよしみだ。殺さないでおいてやるから、サッサとかかってきな。それとも足元がフラついて戦えないか? 休憩したいなら待っていてやるぜ」


 そう言うとデイジーはあろうことか、手にした短剣をその場に放り出す。

 カラカラと音を立てて転がる短剣を見た黒頭巾ずきんの男は、その顔に怒りの表情を貼り付かせて押し殺した声をらした。


「小娘。勝った気になっているなら痛い目を見るぞ」


 そう言うと男はフラつく足でも、なお鋭く踏み込んでデイジーに迫った。

 デイジーはほんのわずかにゆらりと右に動く。

 男はそれに合わせて方向を転じた。

 そしてもっとも避けにくいデイジーの下腹部に向けて短剣を突き出す。

 だがその瞬間、デイジーは今度は電光石火の速さで左に動き、完全に男の左側に回り込んだ。

 かんから急の動きだ。


「なっ……」


 そして反応の遅れた男の後頭部を目掛けて、デイジーは鋭く蹴りを放つ。

 それは見事に的をとらえ、後頭部に強い衝撃を受けた黒頭巾ずきんの男は声もなく昏倒こんとうして動かなくなった。

 勝負は一瞬で決したのだ。

 先ほど自分にとってはあれほど手強てごわかったはずの敵が、デイジーの前ではまるで雑魚ざこのように感じられた。

 アーシュラは思わずデイジーの雄姿に目を奪われる。


(ク、クローディアみたいだ……)


 まだ分家として王国で暮らしていた頃、クローディアはよく部下たちに稽古けいこをつけていた。

 武勇を誇り戦場ですさまじい強さを見せつける歴戦の女戦士たちが、クローディアの前ではまるで新米戦士のようにあしらわれてしまうのだ。

 今のデイジーはその時のクローディアを彷彿ほうふつとさせる。

 クローディアと同じく自分にとっては幼き頃からの友であるデイジーの成長ぶりに、アーシュラは目を見張るのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「デイジーはアーシュラと合流できたかしら」


 夕食を終えた後、館でくつろぎながらクローディアは1人そうつぶやいた。

 昼の仕事を終えた後、クローディアは護衛の1人であるデイジーに、アーシュラの元へと向かうように命じていた。

 今朝、アーシュラからは今日の張り込みをするおおよその地域を聞いており、そこにデイジーを向かわせたのだ。

 アーシュラの慎重さや俊敏しゅんびんさがあれば大抵の危機は回避できるだろうと思ったが、何となく嫌な予感がしたために急遽きゅうきょクローディアが思い付いたことだった。


「デイジーがいれば大丈夫だと思うけれど」 


 今回クローディアがこの共和国まで連れて来ている護衛の中では、デイジーは最強の使い手だ。

 ジリアンとリビーもかなりの腕前だが、この1年ほどで急成長したデイジーはその2人をもしのぐ戦士となっていた。

 それは彼女が誰よりも日々熱心に鍛錬たんれんし、強さを真摯しんしに追い求めて来た結果だ。

 

 特にデイジーはブリジットやクローディアとの稽古けいこを熱望し、新都に暮らすどの女戦士よりも多く2人の女王にきたえられてきた。

 おそらく今、女王2人を除く新都の赤毛の女たちの中では、5本の指に入るほどの実力者となっているだろう。

 そして何よりデイジーは幼馴染おさななじみとしてアーシュラのことを大事に思ってくれており、彼女の護衛としては適任だった。


「2人一緒なら大丈夫よね」


 クローディアは確信を持ってそうつぶやき、大事な友と仲間の帰りを信じて待つのだった。

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