第44話 女王の思い付き

 共和国首都の南部地区。

 かなり街外れであり城壁に近いこの辺りは、どちらかと言えば貧しい者たちが暮らす地域であることが、その景色からうかがえる。

 建物は古く、その壁は薄汚れている。

 そして石畳いしだたみもところどころ割れ欠けし、手入れされぬままいたんでいた。


 そんな光景の中、人通りの少ない裏路地から裏路地へとアーシュラは身軽に移動していく。

 元々、共和国首都の地図は熟知していたが、ここ数日は実際に移動することが多かったため、すでにアーシュラの頭の中には人通りの少ない場所や時間帯などが全て記憶されていた。

 人通りの少ない裏路地を通ると、時折ゴロツキのようなやからからまれることはあったが、アーシュラは身軽な動きでそうしたやからを振り切り、楽々と逃げ切ってみせた。

 そういうやからを排除することは難しくなかったが、変に事を荒立てて目立ちたくなかったので、危機を回避することに彼女は徹したのだ。


(この先だ)


 アーシュラは路地の途中で立ち止まり、それから建物と建物の隙間すきまに入ると、壁の突起などに手足をかけながらスルスルと器用に建物の上に上っていく。

 建物の屋上に上がると大通りをはさんで向かい側に大きな建物が見えた。

 アーシュラの調査によれば、その建物は数年前まではある商会の所有だったものだ。

 だがその商会が倒産し、残った建物を二束三文で買い取ったのが商会に金を貸していたヤクザ者の集団だった。


 そのヤクザ者集団は表向きは物資運送の仕事をけ負っているが、裏では無許可の賭場とばや麻薬の密売など不法行為に手を染めている者たちであり、構成員は30名程度。

 アーシュラが探している人物はここにいる。

 今日は張り込みをするため、あらかじめクローディアに夜を徹しての作業になるかもしれないと伝えておいた。


 アーシュラは屋上からじっとヤクザ者たちの巣窟そうくつを見下ろし、人の出入りに目を光らせる。

 先日マージョリーと会っていた人物の身元を探ったところ、どうやらこの商会に関係のある人物だと分かった。

 それを確かめるための張り込みだ。


「長期戦になるかも。クローディアのほうは大丈夫かな」


 アーシュラは主であり友であるクローディアのことを考えた。

 さすがにクローディアもそろそろ新都に帰りたくなっているはずだろう。

 慣れない異国での暮らしは心身共に負担が大きい。


「しっかり最後まで仕事を終わらせて帰らないと」


 とどこおりなくここでの任務を終えること。

 アーシュラはそれを成すべくじっと監視を続けながらひたすら待った。

 目的の人物が姿を現すのを。


 ☆☆☆☆☆☆


「クローディア。どうかされましたか?」


 マージョリーがひかえ室を去った後、外で待っていたウィレミナが室内に入って来た。

 その顔にはクローディアの身を案じる表情がにじんでいる。

 それを見たクローディアはおそらく自分がウィレミナを心配させてしまうような顔色をしていたのだろうと自戒じかいした。

 そしていつもの女王然とした大らかな笑みを浮かべる。


「いえ、何でもないわ」

「彼女は何と?」

「私への激励と後は……お家自慢かしら」

「え?」


 思わず怪訝けげんそうな顔をするウィレミナに微笑むと、クローディアは椅子いすから立ち上がる。

 今日の仕事は全て終了したため、少し早いが館に戻ることに決めた。


(アーシュラは遅くなるのかしらね)


 そんなことを考えながらひかえ室の外に出ると、そこにはジリアンやリビー、そしてデイジーの姿があった。 

 護衛役の彼女たちだが、実際には護衛が必要な場面になることなどないので、気こそ緩めてはいないものの少し退屈そうだ。

 そんな彼女たちの姿を見てそれから先ほどのマージョリーの態度を思い返し、クローディアはふとあることに思い至った。

 そしてわずかに思案してからデイジーに声をかける。


「デイジー。あなたに頼みたいことがあるのだけれど」

「何なりと」


 背すじを伸ばしてクローディアの話を聞くうちに、デイジーの顔には見る見るうちに喜びにも似た戦意の色が広がっていくのだった。

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