蛮族女王の情夫《ジゴロ》 番外編【金色の愛と銀色の恋】

第5話 女王の弱点

　乾いた落ち葉を踏みしめる音がパリパリと小気味の良い音を立てる。

　秋も深まる中、ボルドは小姓（こしょう）２人と共に新都の丘の麓（ふもと）にある林の中を散策していた。

　すぐ近くには護衛役のジリアンとリビーが周囲を警戒しながら付いて来る。

　赤く染まりきった葉がハラハラと舞い落ちる中、馴染（なじ）みの小姓（こしょう）の１人が一本の木の根元を指差した。

「あの辺りにあると思います」

　ボルドはすぐさまその木の根元に歩み寄り、落ち葉を両手でかき分けた。

　すると落ち葉の下に隠れていた茶色くて立派なキノコが数本、顔を出す。

　それを見たボルドは地面に顔をつけるようにして、慎重にキノコの根元や傘（かさ）の裏を確認し、それからその全容を目で確かめた後、最後にその匂（にお）いを嗅（か）いだ。

　そして後ろで見守る小姓（こしょう）らを振り返る。

「これは大丈夫です」

「はい。正解です。よく見抜きましたね」

　そう言う小姓（こしょう）にボルドはホッと胸を撫（な）で下ろした。

　野に生えるキノコは食べられるものとそうでないものがある。

　そして中には見分けのつきにくい種類もあり、誤って食べると食中毒を引き起こしてしまうことから採集には注意が必要だった。

　ボルドは小姓（こしょう）らの指導の下、それらを見抜く目を養（やしな）ってきた。

　全ては……愛するブリジットのためだ。

「これから子作りが始まりますからね。しっかりと偏（かたよ）りなく栄養をつけるために、ブリジットには好き嫌いなく食べていただかなくては」

　小姓（こしょう）が平然とした顔でそう言うのを少し照れた表情で聞きながら、ボルドは地面から引き抜いたキノコを見つめた。

　実はブリジットはキノコ全般が嫌いなのだ。

　無敵の女王にも好き嫌いという弱点があったというわけだ。

　ブリジットと共にする食卓でボルドがキノコを目にすることがないのは、そのせいだった。

　小姓（こしょう）らは時折、叱責（しっせき）を覚悟の上でキノコを混ぜた料理を出すことはあるが、ブリジットはそれを一切口にしない。

　そこで小姓（こしょう）たちはある作戦を考え付いたのだ。

　彼らはボルドと共に近くに生えている同種のキノコをいくつか採集し、それを持ち帰る。

　そんな新都への道すがら、小姓（こしょう）の１人がボルドに言った。

「この後は調理室に向かいますよ」　

　いつもは表情をあまり変えず、感情を表に出さない小姓（こしょう）らが珍（めずら）しく口元を綻（ほころ）ばせている。

　それを見たボルドも楽しそうに頷（うなづ）くのだった。

　☆☆☆☆☆☆

「ん？」

　ブリジットはふいに匙（さじ）を持つ手を止め、スープの中に入った具材に目を向ける。

　夕餉（ゆうげ）の食卓。

　いつものようにボルドと夕食を共にするブリジットは、スープの中の細かく刻まれた具材を目敏（めざと）く見つけて、小姓（こしょう）らに非難の目を向けた。

「小細工（こざいく）をするな。キノコは嫌いだ。アタシの分は下げてくれ」

　ブリジットにそう咎（とが）められた小姓（こしょう）は深々と頭を下げると、それでも顔を上げて言った。

「ボルド様が採集されたキノコです」

　その言葉にブリジットは意外そうに目を見開く。

　そこに小姓（こしょう）は間髪入れずに言葉を続けた。

「ご調理もボルド様がされました。ブリジットと共にキノコ料理を召し上がりたいとおっしゃって」

　思わず視線を向けて来るブリジットにボルドはおずおずと口を開く。

「キノコをおいしく食べていただきたくて、差し出がましい真似（まね）をしてしまいました」

　そう言うとボルドが立ち上がり、ブリジットに頭を下げようとする。

　だがブリジットはそれを手で制した。

「待て……食べるぞ」

「えっ？」

「おまえが採集して調理までしたのは……アタシのためなんだろう？」

「はい。ブリジットに食べていただきたくて」

「それならば……食べよう」

　そう言うとブリジットはキノコを細かく刻んで入れたスープを飲み、その他にも肉と野菜の炒（いた）め物に細かく刻んだキノコを入れた料理も食べていく。

　そして一息つくと不思議（ふしぎ）そうな顔でボルドを見た。

「これは……本当にキノコなのか？　そんな味はしないが……」

「はい。あまり味に主張のないキノコを選びました。調理の際もキノコ特有の臭（くさ）みを消すために酒や香草と一緒に炒（いた）めたものを使いました」

　ボルドの言葉にブリジットは納得した顔で頷（うなづ）いた。

「なるほどな。これならば……今後も食べられそうだ」

　彼女の言葉にボルドは嬉しそうに頷（うなづ）く。

「これからも時折作ります。ブリジットに喜んでいただけるのでしたら何度でも」

　そう言うボルドに頷（うなづ）き、ブリジットは残りのキノコ料理を食べ始める。

　ボルドは安堵（あんど）して小姓（こしょう）らに目を向けた。

　小姓（こしょう）らは無表情だったが、ボルドだけに見えるようにわずかにその目を細めて微（かす）かな笑みを浮かべるのだった。

　かくして彼らの作戦は成功した。

　女王の弱点はキノコだけではなかったのだ。