第2話 女王の療養

「ブリジット。お顔が赤いですよ」


 朝、目覚めるととなりにいるブリジットが赤い顔をしていたので、ボルドはおどろいてそう言った。

 季節は冬に向かうところで、天幕暮らしには辛い時期だ。

 夜はしっかりと火をいて暖を取るが、朝にはすっかり冷え切っている。


「少し頭がボーッとするが大丈夫だ」


 そう言うとベッドから起き上がろうとするブリジットだが、フラついてベッドの脇に落ちそうになる。

 ボルドはあわてて彼女の手を取り支えるが、その手が随分ずいぶんと熱いことに気付いて彼女のひたいに手をれた。

 やはりひたいもいつもより熱く感じられる。


「熱がおありですね。今日は無理せずお休み下さい。ブリジット」 

「このくらいの熱で休むわけにはいかん」

「いいえ。このくらいの熱のうちに休んでおかないと後でもっとひどいことになりますよ」


 強靭きょうじんな肉体を持つブリジットとて人間であり、時にはこうして体調をくずす時もある。

 ボルドはめずらしく有無を言わせぬ口調でそう言うと、すぐに小姓こしょうたちを呼んだ。

 こうしてブリジットはこの日の仕事を休み、療養に努めることとなったのだ。


 ☆☆☆☆☆☆


「あ、そこに置いて下さい。私がやりますから」


 ボルドにそう言われて小姓こしょうたちは持ってきた療養食をボルドの前のテーブルに置いた。

 食べやすいように果実をすりおろしたものや、スープ類だ。

 ボルドはそれらの皿を手に取ると、ブリジットが身を横たえるベッドのすぐ脇に腰を下ろした。

 そしてスープをさじですくうと、ブリジットの口元に運ぶ。


「どうぞ。ブリジット」

「それくらい自分で食べられるぞ」


 恥ずかしそうにそう言うブリジットにボルドはやわらかな笑みを浮かべる。


「たまにはいいじゃないですか。こうして昼間にご一緒できるのはめずらしいので私も嬉しいのです」


 そう言うボルドにブリジットは赤い顔をますます赤くしてねたようにくちびるとがらせる。


「ますます熱が上がるようなことを言うな」

「ご自分で食べますか?」

「……食べさせてくれ」


 観念してそう言うブリジットに微笑ほほえみ、ボルドは彼女の口にさじを運んだ。

 ブリジットは少し気恥ずかしそうに、だけど少し嬉しそうにそれを飲む。

 そうしてボルドは甲斐甲斐かいがいしく彼女の口にさじを運び続け、時折やわらかなガーゼで彼女の口元をぬぐった。

 そのくちびるが少々荒れ気味なのは、毎晩のように彼女と愛をつむぎ合うボルドもとうに感じていた。

 多忙な女王の生活に疲れているのだろう。


「最近はお忙しそうだったので、こうしてブリジットがごゆっくりされていると少し安心します」

「……無理をしていたのかもしれんな。ボルド。すまない」


 そう言うブリジットの手をボルドはそっと握り締めた。


「いえ。でも時々は立ち止まって下さい。そういう時に寄りってお支えしたいのです。あなたを愛する者として」

「ボルド……ありがとう。汗をかいたから、体をいてくれないか?」

「はい」


 そう言うとボルドは先ほど小姓こしょうらが持ってきた洗面器にたゆたう温かいお湯にやわらかな手拭てぬぐいをひたす。

 それをしぼるとボルドはブリジットの衣を脱がせ、上半身をあらわにした彼女の肌を優しくぬぐった。


「今夜から少しの間、とぎはお預けだな」

「ええ。残念ですね。ですがしっかりと体調を整えねばなりません」 

「本当に残念だと思っているか?」

「ええ。もちろんです。でも……ブリジットのご健康が何より大事ですから」


 そう言うボルドにブリジットの顔には少しばかり勝ち気な表情が戻って来た。


「治ったら夜は寝かさないからな。覚悟しておけよ」

「はい。楽しみにしております。たくさん愛して下さいね」


 冬の近付く寒い昼間だったが、2人の間には暖かな空気が満ちているような、そんな一日だった。

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