第12話
人が国を作る。と魔女皇は言ったらしい。
魔女皇は国民を大切にしている。と言われている。彼女が教育、医療、福祉の制度を充実させ、国民の生活を豊かにしたのは事実ではある。
その例の一つが帝国大学だろう。ここには国内外から優秀な人間が集まり、日々勉学に励み、様々な分野の研究開発を熱心に行っている。
人が国の質を決める。優秀な国民が増えればその国は豊かになる。と魔女皇は考えているらしい。
そのためなのか帝国では特に教育に力を入れている。地方にたくさんの学校を作り、子供たちに読み書きや計算、基礎的な魔法技術などを教え、国民の質を高めている。
その最高学府が帝国大学だ。地方の学校で成績優秀だったものが集う場所である。
基本的に大学も地方学校も学費は無料だ。学校の運営は国からの補助金と貴族や商人などからの寄付で成り立っている。
そんな帝国大学に入学するには厳しい入学試験を突破しなければならない。普通の学生は。
そう、普通の学生は、だ。
地方学校で特に成績が優秀だった学生は推薦で入学することができる。学校長などの推薦があれば試験は免除される。
そして、もう一つが寄付枠だ。大学に多額の寄付を行うことで入学試験を免除されることがある。ただ、これは本当に高額な寄付を行った場合に限られ、特に裕福な大貴族や豪商など金に余裕のある人間にしか可能ではない。
一般入試、推薦、寄付。この三つが大学に入学する方法である。他国から帝国大学に入学する場合においても同じであり、推薦の条件が地方学校長などではなくその国の国王や権力者の推薦に変わるが、そのほかは変わらない。
リーサの場合は一般入試だ。試験を突破し、昨年帝国大学に入学したらしい。つまり今は2年目。そして、2年目で魔法術師三級試験に合格している。
かなり優秀だ。相当努力したのだろう。ダンの知っているリーサは確かにがんばり屋だったが、まさかそこまでがんばるとは思ってもいなかった。
ダンの自慢の生徒、と言えたらいいのだが、ダンはなんとなく居心地が悪かった。リーサに先生と呼ばれることに対してだ。
ダンとリーサが出会ったのは5年前。魔物に襲われていた村をダンが救ったその村の娘がリーサだった。ダンはその村の村長に懇願されて約1年ほど村に滞在し、村人たちに魔法や剣術を教えていた。
だから先生なのだ。リーサにとってはダンは恩人であり恩師なのである。
たった1年。その1年がリーサの人生を変えたといってもいい。彼女が本気で魔法術師を目指し大学へ行こうと決めたのはダンのおかげと言っていい。
ただ、それをダンはわかっていない。ダンにとってリーサは生徒の一人でしかないのだ。
だから、申し訳なく思っている。年下の少女に心配をかけてしまっていることに罪悪感を抱いているのだ。
「……いや、やめておくか」
「何がですか?」
帰り道、リーサと出会ったダンは彼女にル・トーのことを聞こうと思っていた。帝国大学の学長はどんな人間なのか知りたかったからだ。
だが、やめた。変なことを聞いて面倒に巻き込んでしまっても申し訳ないと思ったからだ。それぐらい聞いたところで何も問題ないとは思うのだが、それでもこれ以上は迷惑をかけられない、そう思ってしまった。
「今日は土産を買って来たんだ」
「え? あ? 私にですか?」
ル・トーがいた店で買ってきたチョコレート菓子。ブラウニーと言う名前の菓子だ。リーサはダンから渡された紙袋を開け、そこからあふれてくる甘い匂いに目を見開く。
「あ、あの、本当に貰っても?」
「ああ。いつも世話になっているからな。遠慮しないでくれ」
リーサは何度も紙袋の中とダンの顔を交互に見る。
「う、嬉しいです! ありがとうございます!」
「そうか。甘い物が苦手なら、捨ててくれてもいい」
「いいえ! 大事に飾っておきます!」
「……いや、食べるなら早めに食べてくれ」
リーサはとても喜んでいた。紙袋を抱いて嬉しそうにニコニコと笑っていた。
その喜びようにダンは少し戸惑っていた。それほど高価な物でもないのに、それほど甘い物が好きなのかとも考えた。
まあ、しかし、喜んでいるのならいいだろう。迷惑がられるよりもいい。
「大学はどうだ? 楽しいか?」
「はい! いろいろなことが学べて楽しいです!」
ダンは、本当に立派になったな、とリーサの話を聞きながら思う。あの頃からは想像もできないほどに。
「ああ! そうだ! 先生! 仕事! 見つけました!」
突然、リーサは大声でそう言った。
「家庭教師! 家庭教師です!」
どうやらリーサは本当にずっとダンのために仕事を探してくれていたらしい。
「私も生活費を稼ぐために週に何回かやってるんです!」
「そうなのか? 生活費は足りているか?」
「え? あ、それは、ちょっと、厳しいですけど……」
「そうか。それなら、これを足しに」
「いえ! 先生にそんなご迷惑を」
「いいんだ。持っていても仕方がないからな」
ダンはいつも持ち歩いている荷物袋から小さな箱を取り出す。
「これを売れば多少は足しになるだろう」
「だ、ダメですよ!」
「いいんだ。誰かの役に立つのならそのほうがいい」
誰かの役に。自分が持っていてもどうしようもない。そう思ったダンは半ば押し付けるように小さな箱をリーサに渡した。
「あ、あの、開けても?」
リーサは小さな箱を開ける。
「こ、これ、高価な物なんじゃ」
箱を開けるとそこにはブローチが入っていた。アーモンドほどの大きさの赤い宝石に見事な花柄の銀細工の見るからに高そうなブローチだった。
「まあ、それなりだ。宝石のほうは拾ったものだから、タダだが」
「そ、そうじゃなくて。こんな高そうな物貰えません!」
「いい。貰ってくれ」
正直に言うとあまり手元に置いておきたくない物だった。フィノンに渡しそびれて、売る気にもなれず、かといって捨てる気にもなれず、どうしていいのかわからなかったから。
それならリーサの生活費の足しにでもなればそのほうがいい。そう思ってダンはブローチを渡したのだ。
「一生、一生大事にします!」
「いや、売って生活費に」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
鬼気迫るリーサの様子にダンは気圧されてそれ以上何も言えなかった。まあ、持っていたいならそれでもいいか、とそういうことにした。
「大事に、しますね」
リーサは本当に本当にうれしそうだった。そして事実、心の底からリーサは嬉しかった。
ダンからのプレゼント。ダンからの贈り物。
「そうだ! それより家庭教師ですよ!」
ダンにとってリーサは教え子の一人でしかない。けれど、リーサにとってダンはただの先生ではない。
自分の人生を変えるきっかけを与えてくれた大好きな人。憧れであり目指すべき目標であり、尊敬できる人。そして初恋の人。
リーサはダンの役に立ちたかった。そのためならどんなことでもできる。そう思っていた。
ダンはそんなリーサの気持ちになどまったく気が付いていない。
さて、いつかは気が付くのだろうか。それともリーサの気持ちになど一生気が付かないのだろうか。
さてさて。
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