第11話

 帝国には国立の大学が三つある。それぞれ第一、第二、第三と番号で呼ばれており、それぞれキャンバスも違う場所にある。


 帝国第一大学は帝国の首都である帝都に存在している。そして、第一大学は主に魔法学、医学、法学、機械工学などを専門に扱っている。


 その第一大学の学長を名乗る人物が目の前にいる。帝国大学の校章が刻まれた銀時計を持った怪しい子供だ。


「ボクは強い魔法使いを探してる」

「なんのために?」

「エンテレシアを、あの強欲クソババアを倒すためさ」


 エンテレシア。この国でエンテレシアと言えば彼女しかいないだろう。


 現帝国皇帝、魔女皇エンテレシア。このル・トーと言う怪しい子供はこの国の国家元首をクソババアと罵った。

 

「勘違いしないでよ。別に国家転覆を謀ろうとかそう言うんじゃないから。ただムカツクあのクソババアをぶん殴ってやりたいだけさ」


 どうやらこのル・トーはエンテレシアと何やら因縁があるらしい。


「ボクはただ静かに魔法の研究をしていただけなのに、あいつはボクを無理矢理力尽くで表に引きずり出して、帝国大学の学長なんて面倒な椅子に押し込んだんだ。まあ、あいつに負けたボクが悪いと言えば悪いんだけど」


 そう言うとル・トーは憎々しげに表情を歪め、それから思い出した嫌な記憶と感情を押し込むようにグイっとカップを傾け中身を飲み干す。


「この国にはあいつが無理矢理連れて来た魔法使いがたくさんいる。ボクもその一人。そういう奴はみんなあの傲慢で我が儘で自分勝手な魔女皇様に不満を持ってる」

「なら、そいつらと手を組んで」

「無理だよ。それでも、勝てない」


 ル・トーは悩まし気に深いため息をつく。


「あいつは最強を目指している。そして、実際に最強だ。ボクたちが束になっても敵わない。だけどムカつく、だからムカつく」


 つまりは鬱憤が溜まっているだけだ。それを晴らすために徒党を組んで魔女皇にケンカを仕掛けようというだけの話である。


 まったく、くだらない。だが、気持ちがわからないわけでもない。


 ダンも師匠に対して不満を持ったことがある。無茶苦茶な無理難題を押し付けて、死ぬ寸前まで、実際に死ぬまで行われた修行の数々に腹を立てたことがないわけではないし、ぶち殺してやるこのクソジジイ、と思ったことだってあるにはある。


 しかし、だからと言ってその復讐に手を貸してやる義理はない。


 手を貸してやる義理はないが、しかし。


「さて、キミはボクの仲間になるよね?」


 ダンは周囲を探る。おそらく、ここからタダでは逃げられない。ここへ誘い込まれた時点で、普通に逃げられないだろう、とダンは読んでいた。


 そして、それは正解だった。すでに脱出困難な魔法結界が展開されていたのだ。


「まあ、ただでとは言わなよ。ボクが後ろ盾になってあげるよ。キミ、定職に就いてないんだろう?」


 さて、どうする、とダンは思考を巡らせる。結界を破るにはどうしたらよいか。


「なんてったってボクは帝国大学の学長なんだ。多少の無理は通せる」

「断る」

「…………ふーん」


 空気が変わる。


「キミはなかなか見どころがありそうだと、思ったんだけどねぇ」


 正直、定職に就いていようがいまいがダンにとってはどうでもいいことだ。仕事に就いていなくても生きていける。ル・トーの提案には何の利点もないしなんの魅力もない。


 金、女、権力。ダンはそれらにも魅力を感じない。金はなければ内でどうにかなる。魅力的な女性はいるし出会ったこともあるが、他人に用意してもらおうとは思わない。権力にはそもそもどうでもいい。


 ダンが欲しい物。


「生きているだけで、十分」


 そう言うとダンは拳を突き出した。問答無用、何の前触れもなくいきなり向かいに座っているル・トーの顔面に拳を叩き込んだのである。


 しかし、それは届かなかった。


「……やっぱり、キミはバガンの弟子だね」


 防御障壁。魔法による不可視の壁に阻まれダンの拳はル・トーの鼻先に触れるか触れないかのところで止まっている。


「生きているだけで十分だ。その邪魔をする奴は、押しのける」

「わかりやすい。実にわかりやすいね」


 ル・トーは楽しそうだった。


「次は、ボクの番だ」


 そう言うとル・トーはダンの拳を押しのけ、椅子から飛び上がりダンの顔面に拳を叩きつけた。その拳はダンの顔に激突した。


「……ふざけてるね、まったく」


 ル・トーの拳はダンの顔面をとらえた。だが、ダンは全く微動だにしなかった。


「普通なら、頭が弾け飛んでいるよ」


 ダンはル・トーの拳を何もせず顔面で受け止めた。ル・トーの言う通り、普通の人間なら頭部が弾け飛んで絶命していたであろう一撃をなんの魔法も使わずに受け止めたのである。


「……まだやるか?」


 ダンはル・トーをにらむ。ル・トーはその視線を受けて笑っている。


「ますます興味がわいたよ。解剖して、中身が見たくなった」


 ル・トーは拳を引く。そして、優雅に椅子に座りなおす。


「でも、今日はやめておくよ」

「今日だけでなく明日も明後日もやめておいてくれ」


 ダンは椅子から立ち上がる。


「ああ、お土産ならブラウニーがおすすめだよ。特にドライフルーツの入った物がいい」


 そう言うとル・トーは店員にホットチョコレートのお代わりを頼む。店員は二人の攻防を見ていなかったのか、普通の態度で返事を返した。


「ありがとうございました。またお越しください」


 店員の言葉に見送られ、リーサへの手土産を手にダンは店を出ていく。入り口を出てからダンは一度振り返り、店の看板を見上げた。


「ル・トーか。面倒な奴に目を付けられたな……」


 ダンは店に背を向け帰路につく。追ってくる気配は、なかった。


 一方、ダンが去った店内ではル・トーがひとり自分の拳を眺めながら物思いにふけっていた。


「……あいつは、人間か?」


 ダンを殴った拳。確かにダンの顔面を、人の顔を打って感触はあった。


 しかし、通らなかった。物理的なダメージを与えることができなかった。


 物理的にだけではない。魔法も通用しなかった。ル・トーは自分の拳に毒、麻痺、腐敗などの状態異常を付与してダンを攻撃した。しかし、それも全く通用しなかった。


 弾かれたわけではない。確かに攻撃は入ったのだ。入ったのだか、全くダメージを与えられなかった。

 

 人間ではない。いや、確かに人間なのだが何かがおかしい。


 異常だ。とル・トーは感じた。同時に面白いとも思っていた。


「あいつの弟子、か。なかなか面白いモノを作ったじゃないか……」


 ル・トーは考える。一人、思考を巡らす。

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