第9話

 帝都には様々な菓子屋がある。大通りに面した有名な店、商店街にある小さなお菓子屋、路地裏にひっそりとたたずむ菓子店。帝都では一般的な焼き菓子や生クリームや新鮮なフルーツを使ったケーキの店、地方の珍しい菓子を扱う店もある。


 帝国中に張り巡らされた鉄道が様々な物を帝都に運んでくる。それは物だけではなく人や知識も運んでくる。


 帝国、特に帝都には様々な国の人間がいる。そのため、様々な国の料理を楽しむことができる。


 菓子も同様だ。発達した物流網と生鮮食品などの保存技術が向上したことで、今まで遠くに運ぶのが難しかった物も帝都に運び込まれるようになり、それらを使った世界各国の珍しい菓子やそれらを作る菓子店が帝都には集まっている。


 ダンも世界各国を渡り歩きいろいろな物を食べて来た。しかし、あまり菓子のような甘い物を食べた覚えはない。基本的に菓子は高級品であり、特に砂糖などは物流が発達した今でも帝国以外ではそれなりに高価な品である。


 それにダンの旅は菓子を楽しむような余裕のあるものではなかった。いつも切羽詰まり、命の危機に見舞われ、常に過酷な状況に陥っていた。特に暗黒大陸にいたときは落ち着ける暇などほとんどなかった。


 そう考えると今の状況は本当に平和なものだ。これからどうなるかはわからないが、今のところは全くの平和である。


 と、いろいろなことを考えながらダンは店を見て回る。さて、どうするか、と考えながら、ダンはいくつかの菓子店の中をのぞき込む。店の窓ガラス越しに中をのぞき、ショウケースに並ぶ菓子の数々を眺める。


「……わからん」


 まったくわからない。どれもこれも美味そうに見える。甘いものが大好きというわけではないダンでも、美味しそうだということはわかる。


 いくつかの店を外から見て回ったダンだが、外で見ていてもわからない、と言う結論に達し、何件目かに見つけた店の中に入る。その菓子屋は少し路地を入った小さな店で、入り口は巨体のダンには少々狭かったが何とか入ることができた。


「い、いらっしゃい、ませ」


 店番をしていた少女が顔を引きつらせながらダンを見上げる。二メートルの筋肉の塊のような男が、しかも衣服に覆われていない腕や顔にたくさんの傷跡のある大男が店に来たのだ。少女が顔を引きつらせて怖がっても仕方がないだろう。


 しかし、その少女にも意地やプライドがあるのだろう。顔を引きつらせながらも必死に笑顔を作りダンの接客に挑んでいた。


「すまない。ここは何の店だ?」

「えっと、チョコレートの専門店です」

「チョコレート?」

「はい、チョコレートです」


 ダンはケースの中をのぞき込む。


「うちのショコラティエは腕がいいんですよ、どうですか?」

「……すまない。食べたことがないんだ」


 チョコレート。初めて聞く食べ物だ。黒くて硬そうで、あまり美味しそうには見えない。


 だが、香りはとてもいい。店内に満ちる香ばしく独特な甘い香りが心地よい気分にさせてくれる。


「これは甘いのか?」

「はい。甘さは品物によって違いますし、ドライフルーツを混ぜた物などもあります」


 さて、どうするか。とダンは考える。甘いものを買いに来たのだが、どれにするか。


「……なぜだ?」


 ガラスケースに並ぶチョコレートを眺めながら気が付く。


 なぜ、自分はこの店に来たのか。ほかにも焼き菓子やケーキの店があったはずなのに、なぜこの路地を少し入ったところにある小さな店に来たのか。


 行列の出来ていた人気店もあったはずだ。この店ではなくてもよかったはずだ。焼き菓子でもケーキでも、自分の知っている菓子は他にもあったはずだ。


 なのになぜ自分の知らないチョコレートを売る店に入ったのか。


 何か引っかかる。なにか。


「……魔法か」


 ダンは店内に視線を走らせる。店の奥に小さなテーブルが二つある。


 そのテーブルの一つにチはゆっくりとくつろいでいる人物が一人。


「……なかなか、だね」


 なんだ。なにか。


「一杯どうだい? おごるよ」


 そう言うと『それ』はニッコリと笑った。

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