第8話
警察署を出るとダンはすぐに声をかけられた。
「あんちゃん、無事だったか?」
「ガジンさん。帰ったんじゃないんですか?」
「いやな、心配でよ」
警察署の外でガジンが待っていた。それを見たダンはなんだか申し訳ない気持ちになり、深々と頭を下げた。
「申し訳ない。巻き込んでしまって」
「いや、いいさ。しかし、なんだ。特級魔法術師と知り合いだったんだな」
「ああ、これは偶然で。あいつは昔の旅の仲間で」
ダンはガジンにニナのことを簡単に説明する。彼女が他人に知られたくない個人的な情報は伏せて、である。
「本当に偶然で、あいつがここにいることも俺は知らなかったんですよ」
「そうかい。にしてもお前さんは運がいいな。知り合いじゃなけりゃあ、今頃どうなってたか」
さて、どうなっていたことか。それはわからない。捕まっていたかもしれないし、何もなかったかもしれない。
「ま、特級と知り合いなら、お前さんは安泰だな」
「どういうことですか?」
「ん? 特級魔法術師ってのは、相当な権限を持ってんだよ。ある程度なら軍や警察を自由に動かせる。今日だって兵隊を従えてただろ? 魔法術師の所属は魔導省だってのに」
確かにその通りだ。魔法術師資格を発行しているのは帝国魔導省であり、特級魔法術師の資格を与えたのも魔導省。事実、ニナも所属は魔導省である。
だが、彼女は帝国兵を従えていた。帝国兵の所属はすべて帝国軍務省のはずなのにである。
「この国で帝国の次に偉いのは特級魔法術師だなんて話もある。そんな奴と知り合いなら」
「関係ありませんよ、俺には」
ニナは特級魔法術師になっていた。それだけの実力があることをダンは知っている。
そして、彼女が権力を持ったとしてもそれを乱用するような人間ではないことも知っている。もし、それを使う時があるとすればそれ本当に必要と判断した時だけだろう。
それに、ダンは最初から彼女を頼るつもりはない。自分のことは自分で、それが基本だ。
「自分のことは自分でどうにかしますよ」
「できないときは?」
「その時は、まあ……」
まあ、本当にどうにもならない時は頼るかもしれない。しかし、そうならない限りは頼らないだろう。
なんとなく、なんとなく嫌なのだ。ニナを利用するようで。
「ま、無理はしなさんなよ」
そう言うとガジンはダンの背中を強めに叩く。多少強くたたいてもダンはビクともしない。
「そんじゃあな」
それから二人はしばらく世間話をしながら歩き、ダンは自分の家があるほうへと帰っていった。ダンも自分の泊まっている宿へと戻ろうかとも思ったが、もう少し歩くことにした。
「しかし、なんだ。いろいろあるものだな、人生は」
ただ、恩人に会いに来ただけなのだが。
「なかなか面倒なことになってきたか?」
警察署からの帰り道、ダンはこれからのことを考える。
すでに日は傾いている。取り調べやらを受けているうちにもう夕方近くになってしまったようだ。
「魔女皇、か。一体、どんな奴なんだ?」
世界最強の魔法術師。たった一人で当時最強と言われていた帝国軍を打ち破った伝説の魔女。その魔女の思惑を暴き、もしかしたら敵対するかもしれない。
さて、どうなるか。どんなことが起こるのか予想もつかない。
まあ、しかし、とダンは思う。噴火に巻き込まれ暗黒大陸に飛ばされた時よりも絶望感も悲壮感もない。
ならば問題ない。あれ以上でなければ大したことはないだろう。
「師匠に感謝だな。何をされたかはさっぱり覚えていないが」
15歳の時に出会った魔法術師。生まれ育った村を離れて旅に出た最初の頃に偶然出会った旅の魔法術師だ。
デルエンドロ・バナン。今のダンと同じような筋骨隆々の筋肉魔法使い。違うところと言えば長い髪も長いひげも真っ白で、顔には彫刻刀で掘ったような深いシワが刻まれていたところぐらいだろう。
ダンはデルエンドロに出会った頃のことを思い出す。旅の途中、魔物に襲われたところを助けられ、その見事な魔法術に魅入られ、彼に弟子入りを志願したことを懐かしく思う。
そして、頼み込んで頼み込んで、どうにか弟子にしてもらって、しばらく魔法術の稽古をつけてもらった後に言われた言葉。
「お前にゃ、魔法術の才能がねえわ」
とデルエンドロに断言されたこと。
そう、ダンには魔法術の才能がなかったのだ。
村を出て旅に出る前、ダンは金をためて魔法術の教本を買って魔法術を勉強したこともある。村長が少しだけ魔法術が扱えるというので彼に教えを請うたこともある。村を訪れた魔法術師に稽古をつけてもらったこともある。
だが、うまく行かなかった。どうやってもダンは魔法術を扱うことができず、本当に初歩の初歩でさえもまったく使えなかったのだ。
才能がない。ダンはそう断言されて絶望したことを覚えている。
けれど、どうしても魔法術師になりたかった。自分を助けてくれた彼女たちのような、誰かの役に立てる魔法術師になりたかったのだ。
ダンはその想いをデルエンドロに伝えた。すると、デルエンドロはダンのその想いを汲み取り『何か』を行った。
それが何なのかダンはいまだにわからない。ただ、その何かを施された後、ダンは魔法術を使えるようになったのだ。
さて、デルエンドロはいったい何をどうやったのか。
結局、ダンはデルエンドロに3年ほど師事した。そこで徹底的に基礎の基礎の基礎を叩き込まれ、放り出された。
それからはひとりで魔法術を磨いていった。と同時に剣術や格闘術もデルエンドロから教わっており、それも磨き続けた。
「魔法術師は体が資本じゃけ。常に鍛錬鍛錬じゃ」
鍛錬、鍛錬、また鍛錬の日々。それにより今のダンが作り上げられた。
火山の噴火に巻き込まれても生き残れる強靭な肉体と強力な防御魔法とゴキブリ以上の生命力。暗黒大陸を生き抜いた戦闘力とサバイバル術。
今、ここで無事に生きているのはデルエンドロのおかげだとダンは感じている。そしてデルエンドロに感謝している。
「元気にしているかな、師匠は」
最後に別れてから10年以上、あれから一度も顔を合わせていなし行方も知らない。生きているかも死んでいるかもわからない。
死んでいる、わけがない。とダンは確信している。あの師匠が早々くたばるわけがない、とそう思っている。
またいつか会えるだろう、ダンはそう思う。この帝都でリーサやニナと再会できたように、またいつかどこかで。
リーサ。
「……菓子でも買って行くか」
いつもなら今頃まだ働いている時間だが、今日はやることがない。なら、この時間を使いいつも世話になっているリーサに何か買って行こう、とダンは思いついた。
女性は甘いものが好きだ、と昔の仲間に言われたことがある。ならば、帰る途中で菓子屋に寄っていくのがいいだろう。
菓子を買うくらいの金はある。なにせダンはほとんど食事をしない。水だけで半年は生きられるように鍛えられている。
ほとんど食事をしないのによくデカい体を維持できるな、という疑問も浮かぶが、なぜかダンはいくら食事をしなくても痩せることがなかった。と言うか、どんなに過酷な条件であっても体重の増減がほとんどない。
なので、正直に言うと何を買っていいのかわからない。女性は甘いものが好き、という話なのだが、リーサの土産には何が良いのやら。
「とりあえず、店に行って、店員にでも聞いてみるか」
店に行けば何かわかるだろう、とダンは決断を先送りにして人通りの多い方へと向かうのだった。
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