第7話

 留置所。


「ガジンさんは?」

「帰した」

「そうか。迷惑をかけてしまったな」


 薄暗い部屋。鉄格子を挟んでダンとニナは対峙している。


 ダンは固い床に何も敷かずに姿勢を正して正座し、ニナは椅子に座っている。


「で、俺はいつ出られるんだ?」

「あなたの態度次第」

「……なにが目的だ?」

「あなたにしては察しがいい」


 留置所内は、しん、と静まり返っている。ダンとニナ以外には人がいないと錯覚してしまうほどだ。


 しかし、そんなことはない。留置所にはダン以外にも何人かの人間が留置されている。それらの声や音が聞こえないのはニナが魔法で音を遮断しているからだ。


「この街、どう思う?」

「ここに来てまだひと月だ。まあ、しかし、よく出来た場所だとは思う」

「よく出来た、ね」


 ダンはニナの何か含みがあるような物言いに目を細める。


「この街、帝都の都市設計をしたのは魔女皇なの」

「魔女皇エンテレシアか」

「そう、彼女がすべて、一から十まで」


 魔女皇エンテレシア。現在の帝国の国家元首にして世界最強の魔法術師。帝国に未曾有の発展と豊かさをもたらした人物。


「あなた、よく出来てる、と言ったわね? どこが?」

「そうだな。効率的に魔力を集める構造になっているところか」

「そう、あなたも同じ意見なのね」


 あなたも、と言うとおりニナも同じ考えに辿り着いていた。


「おそらくこの帝都は巨大な魔力集積装置。あの魔女皇が何を考えているかはわからないけれど、構造的にそう判断するしかない」


 ここに地図はない。しかし、なくても地図はニナの頭に入っている。


 12の円形公園の配置、道路の路線図、地下水道の正確な地図は秘匿されているが一部は見たことがある。そして、そのすべての中心にある、皇帝が居住する『皇宮』。


 建物や公共物、道路などの配置。それらから総合的に判断するとダンやニナの結論に辿り着く。


「膨大な魔力を集めて何かをしようとしている?」

「そう。それ以外にも強力な魔法術師を集めてる。私もその一人」


 特級魔法術師。それは特級と言う名の通り特別な階級の魔法術師である。通常の方法では獲得することのできない特別階級なのだ。


 帝国が特急魔法術師の資格を与えた人物は、個々人で小国の軍事力を凌ぐと言われる実力者ばかりである。そして、ニナもその一人なのだ。


「気づいている? 魔力を吸われていることに」

「ああ、なんとなくな。しかし、ほんのわずかだ。普通の人間は気が付かないだろう」

「そう、気が付かない。帝都に住んでいる人間は気が付かないうちに魔力を吸い取られている。ごく微量、生活にまったく支障がない程度だけれど」


 帝都を設計したのはエンテレシアだ。帝都の人間からごく微量の魔力を吸い上げているのもおそらく彼女の仕業だ。


「本当にわずかな量。でも、帝都には500万人住民がいる。そして、それは今も増え続けている」


 普通の人間ならば気が付かない微量の魔力。しかし、それが500万人分となれば話は違ってくる。さらには人口は今も増え続けている。


「増えている、と言うか、増やしている、と言ったほうがいいのかもしれない」

「人が増えるように、仕向けていると?」

「そう。この国を平和に豊かにすることで、人口を増やしている」

「考えすぎじゃないか? とも、言い切れないか」


 エンテレシアは大量の魔力を集めている。魔力を集めるために人を増やしている。


 一体、何のために。


「都市の防衛機能を維持するためじゃないのか?」

「わからない。その可能性もある、けれど……」


 魔女皇エンテレシア。彼女が何を考えているのかは誰にもわからない。もしかしたらただ単に良い国を、良い街を作ろうとしているだけなのかもしれない。


 だが、何か引っかかる。それだけではないような気がする。


 と、この街について話し合っていたニナだったが突然こんなことを言い出した。


「ダン。あなた、特急魔法術師にならない?」


 本当に突然だった。なぜそういう話になるのかわからなかった。


 わからないが、ダンはこう即断した。


「断る。堅苦しいのは苦手だ」

「でしょうね。そう言うと思った」


 ニナはダンをよく知っている。だからダンがニナの誘いを断ったことに驚くことはなかった。


「私は、あなたに再会できて、うれしい」


 これまたニナは何の前触れもなくそんなセリフを口にする。


「私が生きているのは、あなたのおかげ。あなたが、助け出してくれたから」

「……俺はただ、許せなかっただけだ」


 ニナの言葉は彼女の本心だ。再会できてうれしい、それは彼女の本音だ。


 ダンの言葉も本心だ。ただ、彼は許せなかったのだ。ニナの境遇が、ニナを魔法術師にした奴らが許せなかっただけだ。


「あなたも私と同じ」

「違うよ。俺は自分でこうなった。キミは、無理矢理だ」

「それでも同じ。同じが、いい」


 ダンとニナは似ている。似ているが、違う。


「私は、私。私は望んでここにいる」

「ニナは、強いな」

「そうね。強くなければ生きていけない」


 いろいろなことを思い出してしまう。良いことも悪いことも、辛いことも苦しいことも、楽しいことも。


 今、そんな過去の上に立っている。自らの意思でここにいる。


「私はあの魔女が何を考えているのか知りたい。何を望み、何を企んでいるのか」

「それで?」

「もし、それが悪いことであれば、止める。全力で」


 ダンはニナの顔を見つめる。彼女は固い決意の籠った目をしている。


「手伝ってほしい」

「わかった」

「……ありがとう」


 こうして再びダンとニナは手を組んだのである。


「で、俺はどうすればいい?」

「とりあえず不法侵入はやめて」

「……すまん」

「それと、あの悪霊の遊び相手になってあげて」

「……どういうことだ?」


 あの悪霊、というのはミザリアのことだろう。


「あなたをぶちのめす、って息巻いてたわ」

「そうか」


 それはそれで、ダンとしても願ったり叶ったりだ。


「特級魔法術師権限として、夜間の西第三公園への立ち入りを許可します」


 これでお咎めなし。特級魔法術師というのはかなりの権限を持っている。


 ダンの罪を許し、彼に様々な権限を与えるだけの権力が与えられているのだ。


「しばらくは今まで通りに。何かあれば連絡する。あと、鍛錬をするときは防音魔法を使うこと」

「わかった。気を付ける」


 留置所のカギが開けられ、ダンはそこから解放された。


「何もないことを願うよ」

「そうね。それが一番」


 二人の密かな戦いが幕を開けた。

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