第6話
さて、懐かしい人物と久しぶりに再会したのだが、再会した相手はかなり出世していた。
「変わっていないな。いや、髪は切ったのか」
ダンは目の前にいるニナと記憶の中の彼女を比べてみる。長かった空色の髪は肩の辺りで短く切り揃えられている。しかし、変わったところと言えばそれぐらいだった。白い肌も、琥珀色の瞳も、背丈も記憶の中の彼女と同じだった。
ただ、当時とは立場が違っている。
「ニナ・ラールーン。帝国魔導省所属の『特級魔法術師』。それが今の私」
ダンがニナと最初に出会った時、彼女はただの少女だった。しかし、今は違う。彼女は確かにかつて共に旅をした仲間の一人だが、今の彼女は帝国魔法術師の最高ランクである特級、帝国にわずか11人しかいない特級魔法術師なのだ。
「まさかこんなところで再会するなんて」
「そうだな。しかし、立派になった」
「あなたは、昔よりも大きくなった」
ダンたちは近くの建物に移動していた。そこは帝都警察の警察署の一つ、その署の中にある取調室にダンたちはいる。
取調室にいるのは4人。ダンとニナとルカニオスと言う名の男である。
「あの時は、死んだと思った」
「俺もだ。噴火に巻き込まれたときは死んだかと思ったよ」
ダンとニナは昔話に花を咲かせている。かつて旅をした思い出を語り、二人が別れた後どうなったのかを語り合う。
「どこに行っていたの?」
「南大陸まで飛ばされた」
「暗黒大陸に? それで?」
「3年ぐらい彷徨って、どうにか帰って来たよ」
「そう、だからそんなに大きくなったのね」
かつて旅を共にしたダンとニナ。二人はそれ以外にも何人かの仲間と共にある魔物の討伐を行った。
マグマタイタン。それは岩石と溶岩でできた巨人。ダンとニナと仲間たちはとある火山に現れたマグマタイタンと戦い、勝利した。
しかし、その戦いの中でダンはニナと他の仲間たちと離れ離れになってしまった。マグマタイタンが倒れた直後、火山の激しい噴火が起こり、ダンはその噴火に巻き込まれたのである。
それでもダンは何とか生きていた。火山の噴火に巻き込まれ、はるか彼方の暗黒大陸にまで吹き飛ばされたが、なんとか戻ってくることができた。
「さてさて、ニナさん。昔話はそれくらいで」
「そうね。さっさと終わらせて出ましょうか。こんな狭いところ」
狭い。確かに取調室は狭かった。特に巨体のダンがいることで圧迫感が凄まじい。
ニナとルカニオスの二人は表情を引き締め、改めてダンたちに向き直る。
「取り調べを始めます。まず、あなたたちの氏名と年齢、職業を教えて」
こうしてダンへの取り調べが始まった。最初は氏名の確認などの簡単な物だったが、次第に厳しくなっていく。
「あなたたちは何をしにあの公園に?
「鍛錬のためだ。今日は急に仕事がなくなって暇になったからな」
「鍛錬、ね」
ふぅ、とニナはあきれ気味にため息をつく。
「相変わらず。あなたらしい」
そう言うとニナはダンをじっくりと眺める。
「どんな鍛錬を積めばそこまでになれるのかしら」
ニナは数年間、ダンと共に旅をした。その中で彼女はダンの異常性を嫌と言うほど味わっている。
ダンは普通の人間ではない。それがニナの見解だ。おそらく、ダンに魔法術を教えた彼の師匠が何かしたのだろう。
ただ、何をしたのかはわからない。ダンも詳しくはわからないと言っていた。
詳しくはわからない。わからないが、何度か死んだ、とダンは言っていたが。
「他には、何か目的は?」
「ない。鍛錬をしに来ただけだ」
「あのガジンと言う人と?」
「そうだ。しかし、ガジンさんは関係ない。俺が誘っただけだ。すぐに開放してくれ」
ニナはダンの言葉の真意を確かめるように彼の目をじっと見据える。
「……あの場所に悪霊が封じ込められていることは知っているわね?」
「ああ。今日初めて聞いたが」
「嘘、ではない?」
「俺が嘘をつくのが下手なのは知っているだろう」
「そうね。あなたは嘘をつくのが下手だった」
ニナは何かを考えこむように目を閉じる。
「……あの公園に夜間に立ち入ったことは?」
「ある」
「そこで、赤い髪の女を見たことは?」
「ある」
「その女に、なにかした?」
「鍛錬に付き合ってもらった。帝都に来てから稽古相手がいなかったからな、助かっているよ」
「……そう、よかったわね」
ニナは本気であきれ返ったように深い深いため息をつく。
「ニナさん、ちょっと」
ダンたちへの取り調べを行っていたニナにルカニオスが小声で耳打ちし、二人は取調室の外へと出ていった。
「あの男は何者なんですか?」
「私の昔の仲間」
「それはわかりました。そうではなくて」
「わかってる。彼は、少しおかしいだけ」
少し。いや、かなりおかしい。ニナはそれをよくよく理解している。
「結界が破られた形跡はありませんでした。あれを破らない限り夜間に侵入することは不可能です」
「なら、破っていないんじゃない?」
「なら、どうやって」
「聞いてみればいいでしょう?」
二人は取調室に戻ると再びダンの取り調べを再開する。
「あの公園には夜間は強力な結界が張られています。どうやって侵入したの?」
「結界? ガジンさんにも聞いたが、そんなものなかったぞ?」
「入るとき、何か感じなかった?」
「何か? ……ああ、確かに少し肌がピリピリするような感覚はあったな」
「そう……」
ニナは目を閉じて頭を抱える。
「あの公園には夜間に外部からの侵入を防ぐために五重の強力な結界が張られているの。普通の人間はね、肉体を焼かれてあっという間に黒焦げになる」
「そうなのか?」
「そうなの」
本当に、本当に呆れるしかない。
「あの、ニナさん」
「言いたいことはわかる。でも、後にして」
気を取り直してニナは質問を続ける。
「最近、あの公園付近で不審者の目撃があった。公園の方面から夜間に物音を聞いた住民の苦情が入ってる」
「苦情? そうか、迷惑をかけていたんだな。すまない」
「別にいい。苦情の処理は警察か役所の仕事」
そう、役所の仕事だ。特級魔法術師の仕事ではない。
「あなたが稽古相手にしていたのは血みどろのミザリアという死霊系の魔物。彼女にはあの場所の夜間警備を任せているの」
「警備?」
「ええ。帝都にある12ある円形公園にはね、帝都の地下への入り口がある。万が一、地下から何かが現れたときのためにね」
帝都の地下には地下水道が張り巡らされている。雨水や下水を適切に処理するための重要なしせつである。
「地下には不浄な物が溜まりやすい。そこから魔物が発生する可能性もある。もし魔物が発生した場合に彼女にそれを処理してもらう、そう言う契約になっているの。消滅させない代わりに」
命を奪わない代わりにしっかりと働いてもらう、つまりはそう言うことだ。
「なのに、あなたはそんな彼女を半殺しにした。なんなんだあいつは、って怒り狂ってる」
「いや、知らなかったんだ」
「知らなくても罪は罪」
そう、罪は罪なのだ。
「ダン。あなたを暴行と不法侵入の罪で逮捕します」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ごめんなさいね、これも仕事」
ごめん、と謝ったニナは容赦なくその場でダンに拘束魔法をかけて動きを封じる。
「抵抗しないでね。あなたに手加減はできないから」
ニナは冷たい視線をダンに向ける。そのニナの目には本気の殺意が宿っていた。
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