第5話

 ダンとガジンは目的地へと歩く。


「で、どこに行くんだ?」

「西第三公園ですよ。最近、あそこで鍛錬をしているんです」


 帝都にはいくつかの円型公園が存在している。東西南北に3つずつ、計12か所の緑あふれ公園があり、人工物だらけの帝都において緑あふれる公園は帝都民の憩いの場となっている。


 西第三公園はそのうちの一つだ。だが、そこには恐ろしいものが封じられている。


「ああ? 第三公園? 昼間にか?」

「いいえ、夜に」


 夜。その言葉を聞いたガジンは足を止める。


「夜って。あそこは夜は立ち入り禁止だぞ。そもそも夜は結界が張られて入れないはずだ」

「? 結界? そんなものあったかな?」

「……お前さん、本当に人間か?」


 ガジンは驚いたようなあきれたような、そんな複雑な表情をダンに向ける。


「あそこは昼はいいが、夜は悪霊が出る。血みどろのミザリアって名の、有名な悪霊がいるはずだ」

「そいつは強いんですか?」

「強いも何も、帝都三大悪霊の一体だぞ。帝国軍もあの場所に封じるのに手を焼いたって話だ」

「へえ、そうなんですね。会ってみたいな」


 どんな奴だろう、とダンは少しだけ胸が躍った。もうすでに出会い、ボコボコに打ちのめしていることなどまったく気が付かずに、である。


「会ってみたい、ねえ。俺は願い下げだが」


 と、そんな会話をしながら目的地へと向かう。


「……なんだ?」

「人、ですね」


 目的地が見えてきた。しかし、その入り口には複数の人間が入り口をふさぐように立っていた。


「帝国兵か? 帝都警察の奴らじゃないな」


 公園の入り口をふさぐ者たちを見たガジンは、その服装から彼らが何者なのかを察する。


「帝都の警備は帝都警察の管轄のはずだ。普通、軍が出張って来てるってことは」

「……行きましょうか」

「お、おい待て。……ったく、面倒事は嫌なんだがねえ」


 帝都警察。その名前の通り帝都の治安維持を一手に担う組織である。彼らは帝都の平和を守るため日夜働き続けている。


 そして、帝国軍はその名前の通り帝国が有する正規軍のことだ。彼らは帝国の治安を守るため内外の敵に常に睨みを利かせ、時には武力で敵を排除することもある。


 そんな帝都警察と帝国軍は同じ治安維持組織ではあるが管轄が違う。帝都の警備は帝都警察の仕事であるため、普通ならば帝国軍が出張ってくることはない。


 しかし、それが帝都にいる。何か厄介なことが起こっている証拠である。


「何かあったんですか?」


 公園の入り口まで来たダンはその入り口をふさぐ帝国兵の一人に話しかける。だが、兵士は全く反応せずダンの言葉に無視し何も答えなかった。


「何かあったのは見てわかるだろうよ。ささ、こんなとっからはとっととおさらばおさらば」


 と言うガジンの言葉を無視してダンは兵士たちの頭上から公園内をのぞき込む。


「おいおい、余計なことに首を」

「赤い外套に金の紋章。あれは、魔法術師か?」


 赤い外套。その言葉を聞いたガジンは険しい表情を浮かべる。


「赤に金だぁ? そいつは、かなりヤバいぞ」


 ダンは目を凝らす。その視線の先には確かに赤い外套を羽織った人物がいる。そして、その外套には星と月と太陽を象った大きな金色の紋章が見て取れた。


 星と月と太陽の紋章。それは魔法術師の証。しかもそんな目立つ紋章がデカデカと描かれた赤い外套を羽織っている。そして、それが意味するところをガジンは知っていた。


「そいつはたぶん、帝国魔導省の奴だ。しかも、赤字に金の紋章となると、階級は」

「何か御用ですか?」


 二人は振り向く。


 二人の背後にはいつの間にか男がいた。


「何者ですか、お二人は」


 男。ダンよりは背が低いがかなり長身の顔立ちの整った優男だ。その男は穏やかな笑みを浮かべてはいたが、その目は鋭くダンたちをに据えている。


「怪しいですねえ。少し、お話を」

「いや、別に何か用があるってわけじゃ」

「ニナさん! 怪しい奴を見つけましたよ!」

「お、おい待て」


 男はガジンの弁明を聞こうともせず公園内にいる人物を大声で呼んだ。


「……ニナ?」


 ニナ。確かにニナと男はニナと言った。ダンはその名前に聞き覚えがあった。


「ルカニオス、どうしたの?」


 ダンは後ろに振り返り公園内にいる赤い外套を羽織った人物に目を向けた。そして、その人物と目が合った。


「……え?」


 ダンと目が合った赤い外套の人物。それは女性だった。その女性はダンと視線が合うとしばらく呆けたように動きを止め、それから信じられない物でも見つけたかのように大きく目見開いた。


「ダン……。ダン・ダリオン」


 ニナと呼ばれた赤い外套の女性はダンの名を知っていた。


「まさか、本当に……?」


 何かを調べていた様子の女性、ニナと呼ばれた女性はダンのほうへと走ってくる。そして、公園の入り口をふさいでいた兵士たちを押しのけてダンの前に飛び出した。


「……やあ、ニナ。10年ぶり、ぐらいか?」


 ダンに駆け寄ってきた女性。その女性をダンは知っていた。


 ダンは駆け寄って来た女性を見下ろす。そんなダンを見上げながらニナはダンの顔をまじまじと眺めていた。


 そして。


「ごぼっ!?」


 何の前触れもなくダンの腹を殴った。


「……生きてる」


 腹を殴られたダンは腹を押さえて苦しそうにうめいている。そんなダンを見つめながらニナはぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「9年よ、まったく……」


 ダンとニナ。こうして二人は帝都で再会を果たしたのである。


「ルカニオス」

「はいはい」

「この二人を連行して」

「了解です」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺は関係ねぇんだ」

「はいはい、言い訳は署でゆっくり聴きますかね」

「お……。ちくしょうめ」


 抵抗する、わけにもいかなかった。相手は帝国兵とそれを従える魔法術師。下手に逆らえば余計に面倒なことになる。


「ここは大人しくしとくしかねえか……」

 

 こうしてダンはニナと奇跡的な再会を果たし、彼女に連行されて行くのだった。

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