第4話

 早朝。


「おはようございます!」

「おはよう、リーサ」


 日の出前にダンの一日は始まる。


「今日はなんのお仕事ですか?」

「確か、新しい住宅の建築現場、だったかな」

「そうですか。頑張ってください!」

「ああ、キミもな」


 毎朝、リーサはダンの見送りに現れる。彼女が下宿している大学寮は、ダンの住んでいる安宿と近いわけではないのに、毎朝見送りに来てくれる。


 無理はしなくてもいいとダンは言ったのだが、それでも毎朝リーサはやって来た。


「いってらっしゃい! 気をつけて!」

「いってきます」


 嬉しい半面、どこか恥ずかしくもあった。


「心配をかけてしまっているんだな、俺は」


 かつての教え子に心配をかけてしまっている。しかもかなり年下の18歳の少女にだ。


 情けない、申し訳ない。ダンはそんな想いを抱えながら今日の仕事に向かう。


 向かうのは職業斡旋所。今日の現場へ向かう前に一度そこへ集合することになっている。


「おはようごさいます」

「おう、おはようさん。今日もデカイね、ダンのあんちゃんは」

「ガジンさんも今日もお元気そうで」


 斡旋所に着いたダンは知り合いに声をかけた。よく仕事が一緒になるガジンと言う初老の男性である。


「さてさて、今日もこき使われに行きますかね」


 そう言うとガジンは右肩を回す。最近五十肩がひどくなってきたとガジンはいつも口をこぼしている。


「歳には勝てねえよ。運命ってやつにもな」


 ガジンはそう言うと苦笑いを浮かべる。どこかあきらめの籠ったその表情が彼の人生の苦労を物語っている。


 しかし、ダンはガジンが何者なのか詳しくは知らない。と言うかほとんど知らない。

 

 知らないが、その身のこなしからかなりの実力者であることは察していた。おそらくかつては名のある剣士か傭兵だっただろう、と言うのは予想が付く。


 かと言って、昔は何をしていたのですか? などと言う不躾な質問はしない。かつてガジンが何者だったとしても、ここにいるということは何かが訳あると言うことだ。


 詮索はしないのがこういう場所の暗黙のルールだとダンは知っている。本人が語らない限りは無理に聞き出さないのが礼儀と言うものだ。


「今日の現場はどこか聞いていますか?」

「ん? ああ、西地区の建設現場さ」

「ああ、西の再開発地区ですか」

「そうだ。あそこの高層住宅だかなんだかの、だ」


 帝都。この街は今でも成長を続けている。増え続ける人口を収容するため次々に建物が建てられ、10階や20階建ての高層建築が次々と生み出されている。


 どうやら今日はその建築現場に派遣されるようだ。


「今日も無事に済むといいな」

「そうですね」


 と、二人は世間話をしながら集合がかかるのを待っていた。


 だが、その日は予想外の声がかかった。


「中止ですか?」

「ああ、どうやら現場で変死体が見つかったらしい」


 ダンが今日向かうはずだった現場で死体が見つかった。朝、現場の見回りに来た作業員が建築途中の建物の中で男の死体を見つけたらしい。


「どうせ酔っ払いが迷い込んでそのまま死んじまったんだろうよ。しかし、なんだ、暇になっていまったな」


 今日の仕事は中止。ダンたちには待機が命じられた。


「で、どうするよ、あんちゃん。ここで次の仕事を待つか、今日は休みにしちまうか」


 どこかで人員が不足すれば声がかかるだろう。しかし、それがいつになるかはわからない。


「ま、俺は待つとするよ。行く当てもなけりゃ、金もないしな」


 さて、どうする、とダンは考える。そして、あることを思いつく。


「ガジンさん、少し付き合ってくれませんか?」

「ああ? なんだ? 俺に何させようってんだ?」


 ダンは少し気になっていた。ガジンが何者なのか。


 日雇い仕事にやってくる人間は訳ありの者が多い。ガジンとはつい最近知り合ったばかりだが、彼は自分の話をあまりしたがらないようだった。


 だが、気になる。ガジンの普段の身のこなしや小さな所作などから、ガジンがかなりの使い手であることは想像がついていた。


 ならば、確かめる方法は一つだ。


「俺の鍛錬に付き合ってください。報酬は払います」

「……嫌だ、と言ったら?」


 やはり何か事情があるらしい。


「少しでいいんです。それに、ここで待っていても仕事にありつけるかなんてわからないでしょう?」

「まあ、確かにそうだが」

「報酬も先払いします。どうですか?」


 ダンはそう言うと荷物袋から何かを取り出しガジンに見せる。


「……こいつは、見るからにヤバそうだな」


 ダンが取り出したのはウズラの卵ほどの大きさの青い宝石だった。その宝石からはなんだかおどろおどろしい気配が漂っている。


「南の大陸で拾ったものなんですが、どこの質屋に持っていっても買い取ってくれなくて」

「そうだろうな。こいつは、ちゃんとした質屋なら拒否するだろうよ」


 質屋。古物商。この帝都で彼らが商売する場合、国から許可を貰わなければ商売ができない仕組みになっている。そして、その許可証を得るためには基礎的な魔法術の素養がなくてはならない。


 つまり帝都の質屋や古物商は多少なりとも魔法術が使用できる魔法術師なのである。当然、魔法術師ならばダンの持っている青い宝石が危険な代物であることを見抜くことができる。


 そして、ガジンもそれを見抜いた。つまりはガジンも多少なりとも魔法術の知識を持ち、見る目を持っているということだ。


「……てか南? お前さん、もしかして『黄泉帰り』か?」


 黄泉帰り。それは暗黒大陸から無事に帰還することができた者を示す言葉である。暗黒大陸は別名死の大陸や黄泉の国と呼ばれることもあるためそう呼ばれる。


「まあ、3年ほど」

「3年……。あんた、本当に人間か?」

「ははは、よく言われます……」


 ダンは苦笑しながら頭をかく。暗黒大陸帰りと言うと大体の人間がそう言うのだ。何しろ暗黒大陸に渡って戻って来た者などほとんどいない。普通の人間にとっては暗黒大陸危機は片道切符の地獄行きなのだ。


「……面白いじゃあ、ねえか」


 どうやらガジンは興味を示したらしい。


「付き合ってやろうじゃねえか、その鍛錬とやらによ」


 そう言ってガジンは楽しそうににんまりと笑う。その顔はくたびれた初老男のものではなく、獲物を狙う狩人のような鋭さとどう猛さがあった。

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