第2話
リーサ・ダステイン。今年18になる少女である。身長はダンよりも頭ふたつ分以上低く、顔つきも幼く、顔だけ見ると年相応には見られない。だが、その体はしっかりと女性であり、しっかりと張り出すところは張り出している。長い黒髪と大きな紫色の瞳が特徴的な、明るくハツラツとした美少女だ。
そんなリーサはダンのことを『先生』と呼ぶ。
「ごめんなさい、先生。今日もなんの成果もあげられませんでした」
リーサは申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とす。夕暮れ時、リーサはダンの隣を歩きながら、本当に申し訳なさそうにダンを見上げる。
「いや、いいさ。キミは学生なんだ。俺のことはいいから、しっかりと勉強しなさい」
学生。リーサは学生である。帝国第一大学に通う大学生だ。
帝国大学。それは帝国に数多存在する教育機関の中でも最高峰の機関である。国内はもちろん国外からも優秀な学生が集まり日々勉学に励み、日々新たな発見や発明が生み出されている。
その帝国大学は国内に三校存在し、それぞれ独自の路線で研究や教育が行われている。その中で第一大学は帝都にある大学であり、最先端の魔法術や魔動機械などについてを専門に扱う機関である。
もちろん大学が扱う学問は魔法術にかかわるものだけではない。文学、数学、芸術等々、扱う学問は多岐にわたる。
「そうだ! 見てください先生! じゃーん!」
リーサはダンの隣を歩きながら肩から下げた大きな布製のバックから一冊の手帳を取り出してダンに自慢げに見せる。その手帳は大人の手のひらほどのサイズの大きさをした、黒い皮の手帳だった。
その手帳の表紙には銀色の紋章が刻まれていた。大きな丸の中に五芒星と太陽と三日月の意匠。その紋章は『帝国魔導省』の紋章である。
そして、その手帳は帝国がその実力を認めた『帝国魔法術師』の証である『魔法術師手帳』あり、その手帳の皮の色と紋章の色で所持している者の実力を示している。
ちなみに黒革に銀の紋章は帝国魔法術師三級の証だ。五級から一級まで存在する魔法術師の階級の中で三級はちょうど真ん中あたりである。
「おめでとう、合格したんだな」
「はい! これで卒業後の就職もばっちりです!」
帝国魔法術師。それは帝国にその実力を認めた者に与えられる国家資格である。魔女皇エンテレシアが考案し帝国魔導省が制度化したものであり、その資格を持つ者が魔法術師としてちゃんとした能力を持つという品質証明書のような役割も持っている。資格を持つ者の実力を帝国が責任をもって保障する、という証だ。
「次は二級に挑戦です!」
「あまり無理をするなよ。昔からキミは頑張りすぎるクセがあるからな」
「大丈夫ですよ! 鍛えてますから!」
そう言うとリーサは胸を張る。そんなリーサをダンは微笑ましく眺めている。
「キミは変わらないな」
「変わりましたよ。立派になったでしょう?」
リーサは少しほほを膨らませてちょっと不機嫌そうな表情をダンに向ける。ダンはそんなリーサにまるで我が子に向けるような優しい笑顔を向けていた。
「頑張ったんです。たくさん。先生に、ほめられたくて……」
リーサは顔を伏せてそう小声でつぶやく。ダンに聞こえないように、小さな声でつぶやく。
「何か言ったか?」
「い、いえ! なんでもないです!」
日が落ちていく。夕焼けがリーサの頬を染める。
「と、とにかく、もっと頑張ります! いろいろと!」
リーサは決意のこもった顔で右手を突き上げる。
「明日は絶対! 先生のお仕事を探してきますよ!」
「ははは、ありがとう」
先生。リーサにとってダンは先生だ。
先生であり恩人でもある。
「さようなら先生! また明日!」
「ああ、また明日」
二人は手を振って別れる。それぞれ互いの家へと帰っていく。
「また明日、か」
また明日。それは明日が保障されているから言える言葉だ。
「本当に、平和だな」
夕暮れ時の帰り道。ダンは自分の人生を振り返る。
「リーサと出会ったのは、五年前ぐらいか」
五年前。ダンが『暗黒大陸』から戻って来てしばらくしてのことだった。
「懐かしいな。まさか、帝都で再会するとは思わなかった」
小さな村の村娘だったリーサが帝国大学という帝国最高峰の教育機関に入学し、在学中に魔法術師資格を取得した。
一年。たった一年だ。リーサの村に滞在し、村人たちに魔法や剣術を教えたのはほんの短い間だった。
人生とは本当に数奇で、思いもよらないことが起こる。
本当に思いもよらないことが起こる。
「俺も、しっかりしないとな」
自分を先生と呼んでくれる人がいる。ならば、その言葉に恥じないような人間にならなくては。
「しかし、何をしたらいいのか……」
この25年、がむしゃらに頑張って来た。ひたすら努力してきた。
その目的は達せられた。彼女に会うことができた。
さて、これからどうしよう。
「……悩んでいても仕方がないか」
とにかくやれることをやろう。
「今日も、行くとするかな」
日が落ち、夜がやってくる。
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