第18話 副教官の赴任

 その日、教室に入ってきたアッシュ・ウェスタンス教官は女性を伴っていた。

 誰だろう、転校生にしては制服を着ていないし、それに歳も上のような……。

「えー、なぜか今日から副教官がつくことになったんだよね。ミザリー・アレグラ副教官だ」

 アッシュ・ウェスタンス教官が雑な紹介をした。

 そんな紹介でも、副教官は不満そうな顔などせずにっこりと笑顔を向けた。

「ミザリー・アレグラです。しばらくはアッシュ・ウェスタンス教官について勉強させていただくできます。みなさん、よろしくね」

 へぇ、新しい教官なのか。ずいぶん色っぽい人だな。人当たりは良さそうだけど……。

 そこで僕は、ふと鞭使いの女の子を思い出した。

 ……アッシュ・ウェスタンス教官の副教官だとすると、彼女って僕たちの小隊につくんじゃないかな?

 そうなったとき、彼女はどう出るんだろう?


 僕の予想は当たり、ミザリー・アレグラ副教官は僕たちの小隊の補佐となった。

 僕はぜんぜん構わないんだけど……。構うのは他のメンバーみたい。特にリバー・グリフィン君。

 見るからにイライラして、露骨に舌打ちしているよ。彼、ホンット閉鎖的だなぁ。

 ……と、ジェシカ・エメラルドさんも思ったみたいで、ハァ、とため息をつくと、にっこりとミザリー・アレグラ副教官に笑いかけた。

「ご指導よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

 ――あれ? なんだろう。微笑み合う二人なんだけど、なぜか怖い。

 ……と、リバー・グリフィン君も思ったみたいで、さっきまでイライラしてたくせに、急にコソコソと僕の後ろに隠れたんだけど。僕を盾にしないでよ!

「リバー・グリフィン君って、態度が悪いわりには意気地がないんだね」

 僕が思わず洩らすと、リバー・グリフィン君が憤り、キース・カールトン君が顔を背けてそっと笑った。

「んだとゴラァ! 意気地がねぇとかいうんじゃねぇ! 傷つくだろうがよ!」

 否定しないんだ?


 ミザリー・アレグラ副教官は、意表を突かれるほどにすごい人だった。……悪い意味でね。

 アッシュ・ウェスタンス教官だって、特にアドバイスや指導をしてくれるわけではないんだけど……ミザリー・アレグラ副教官は輪をかけて何もしてくれなかった。

 常にアッシュ・ウェスタンス教官のそばにいるだけの人なのだ。

 なんというか……やきもちやきの恋人のようにずっと寄り添い、付き人のように彼の世話をやこうとする。

 そのわりに、アッシュ・ウェスタンス教官が彼女に指示をして何かやらせようとしても、


「出過ぎた真似は出来ませんわ」

「おそばにいて、アッシュ様から学ぶのが副教官の務めですから」


 とか言って、まるでやろうとしないんだよ?

 別に僕は閉鎖的ではないけどさ……さすがにあれはどうなんだろう? と思って、休み時間中ちょっと隊長に聞いてみた。

「た、隊長。……あの……副教官について、どう思いますか?」

 隊長が僕を見返して、あごに手を置いた。

「ふむ。面白い質問だな。雑ではあるが積極的に仕事に取り組んでいるように見受けられる。――と、私は判断したのだが、君の目にはどう映る?」

 僕は隊長のその言葉に驚いた。え? どこが? って喉元まで出かかったよ。

 でも、そういえば隊長は閉鎖的ではないし、僕が活躍しなくても褒めてくれるたな。わずかな美点を取り上げる人柄なのかもしれない。


 僕はおずおずと自分の意見を言ってみた。どっちかというと不満かな?

「……新入りで、あまり活躍していない僕が言えることじゃないんですが……。アッシュ・ウェスタンス教官に取り入ろうとしているようにしか見えないのが、なんだかなぁって……。たとえ〝副〟がついても『教官』なんだから、もう少し教官らしい仕事をしてくれてもいいのに、って思ってしまいます」

 だって彼女、本当にアッシュ・ウェスタンス教官の言葉しか聞かないんだよ?

 僕や他の生徒か話しかけても無視するし。

 一応は、僕以外の隊員が話しかけたら答えるんだけどね。一応は。

 自分の損得だけで動いているって見えるので、非常にモヤモヤする。

 隊長がウンウンとうなずいてくれた。


「非常に有意義な意見だ。そうだな、彼女は〝副教官〟という仕事を知らなすぎる」

「そう! そうなんですよ!」

 思いっきり同意してしまった。

 そばで僕と隊長の聞いていたキース・カールトン君が、クスリと笑った。

「そうだな。――ここの教官たちは俺たちの妨害をするし、俺たちを無視するか嫌みを言うかしかしないが、他の生徒に対しては真面目に教えているからな」

 ……うん。言われてみればそうだね。

 アレを見習えとは思ってないけどさ。

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