彼女の世界

 冬の日差しの角度は低い。

 帰りの駅のホームには日の光が奥まで差し込んでいた。わたしは日向と日陰の境目を辿って歩き、足元に日向のぬくもりを感じていた。ホームの端を辿ったわたしの視線は、長い髪の見慣れない制服の人影を捉える。思わず、足を止めて見つめる。その気配で相手もわたしに気がつく。

「愛美ちゃん」

「わぁ、祐希ちゃん。久しぶり」

 高校生の愛美ちゃんが、ふわっと華やかな笑顔でわたしに言った。愛美ちゃんがわたしを下の名前で呼ぶ子だったことを思い出した。

「久しぶりだね」

「ね。わぁ、制服可愛い」

「愛美ちゃんの制服こそ可愛い」

 わたしの言葉に、愛美ちゃんは私立の女子高名を言った。ピーコートからのぞく紺色のスカートにはえんじ色の縁取りがあって、紺ソックスのワンポイントと同じ配色をしていた。深緑色のチェックのマフラーまで計算された色かもしれない。

 変わらず髪が長くすらりとしてたけど、髪はさらにきちんと手入れされて綺麗なウェーブがかかり、まつ毛がぱっちりとして、くちびるは思わず目を留めてしまうくらい綺麗な血色を湛えていた。はっきりと意思を持った可愛さに見えた。

「愛美ちゃん、相変わらず可愛いね」

 わたしがそう言うと彼女は、そんなことないよとちょっと冗談っぽく答えた。そうすれば女子同士の他愛ない褒め合いになるという言い方で。

「ヴィーナスって言われてたの覚えてるよ。小学校のとき言われててわたしも本当にそうだなぁって思ってたもん」

 わたしは愛美ちゃんの謙遜に構わず続けた。

「愛と美の女神で、ヴィーナス。本当にぴったりだよ。今の方がもっとそうかも。でもギリシャ神話だとアフロディーテって名前になるんだよね。わたしはそっちの名前の方が愛美ちゃんに合うと思うな。ふわっとしてて優雅な感じがするから」

 愛美ちゃんは微笑んだまま、話の意図がわからずにわたしを見つめ返していた。自分でもなぜ急にこんなことを話したのかわからなかった。

「部活とかやってるの?」

 愛美ちゃんがわたしに訊ねた。

「うん。一応」

 何を、という説明がすぐに出てこなかった。愛美ちゃんは、と代わりに聞き返した。

「今は何も。春にホームステイするからそっちで忙しいんだよね」

「えっどこに?」

「フロリダ州。アメリカね。だから今、英語に必死だよ」

 愛美ちゃんはちょっと眉をしかめて笑い、片手に持っていたテキストをちらと見せた。長い前髪をかきあげる彼女は、確かに海外ドラマの、ヨーロッパではなくアメリカのハイスクールのティーンにも見えた。

 わたしがヴィーナスについてもっと詳しくなったとしても、英語をペラペラになったとしても、彼女をわたしの言葉で言い表すことはできないんだろうという気がした。

「そっかぁ、頑張ってね」

 自分から話を切り上げた。

「うん。またね」

 同窓会とかあったら教えてね。と愛美ちゃんは目を細めてお茶目に笑い、長い指先でひらりとわたしに手を振った。

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