第3話
「で、そんなウブな
「うーん……」
「あたしも気になる気になる。
「うーん……」
タイプ、と言われて、誰の顔も思い浮かばないわけじゃなかった。
廊下側の席に座る彼女。
綺麗系というか美人系というか、そういう顔立ちをしている彼女。
肩にかかる程度の黒髪のセミロングは校則を遵守していて、制服に一切の着崩しがない。身長や体格は私とほとんど変わらない。手足が長くスタイルが良い。厚い二重の眼が穏やかな笑みで細まるとき、私はいつも胸の奥底がきゅっと締め付けられる。
私はもともと、誰かに好きな人がいることを共有したい性分ではない。
そこから連想して、自然と、好きなタイプを口にしたいとは思えなかった。うんうん唸ってごまかして、どうにか白けて別の話題に移ってくれないかと祈る。
私の意固地な反応を見て、
「むぅ。
そこで、「そうだ、ちょうど良いものがある」と
画面には「好きな人診断」とあって、ポップな字体とそれっぽいパステルカラーな可愛らしいイラストが踊っていた。
金色の弓矢を持ったエンジェルがふよふよと浮いたり沈んだり。矢の先端に真っ赤のハートがくっついていた。ぴゅんぴゅん、と、ときたまそれを打っている。
「これ。今流行ってる『好きな人診断』ってやつ。いくつかの質問に答えれば、どんな人が自分の好みか診断してくれるの。なんか心理テストみたいで面白いよね」
そのウェブ診断は、普段使用しているトークアプリのタイムラインに載っているリンクを踏めば気軽にできるものらしい。また、その結果も簡単に友達と共有できる。
「見て見て」と私と
『あなたの好みは、自信家。堂々とした姿勢や熱い言葉にイチコロかも……』
『あなたの好みは、不思議ちゃん。ユーモアや独特なキャラに惹かれている』
『あなたの好みは、真面目くん。真摯な態度とまっすぐな物言いにメロメロ』
キャッチコピーの下部には、それらしいイメージに合った可愛らしいイラストが載せられ、そのまた下部には詳しい診断結果が並んでいる。
あなたはこういう性格だから、こういうタイプの人はうまくいかないでしょう。こういう部分を直すことができれば、さらに交友関係は広がり素敵な人と巡り会える確率がぐっとアップするでしょう。……ざっくりと目を通せば、そんな感じだった。
「
そこで急に話題が私のほうに飛躍したのは、どうして?
言いながら
まぁ、好きなタイプといっても、「友達として」と「恋人として」では意味は変わってくる。今の
私が「そうだね」とふつうに頷き返せば、
「あ、
気を取り直して、みたいな感じで、あせあせと
「えっ、あっ」とこちらも急に焦り出す
「あ、あたしは
あんたも声張るんかい。てか、お店には私たち以外のお客さんがいないから、そうやって大声出してると店員に話聞かれちゃうよ。
それから、一瞬、
「
「うんうん。
……あんまりそういうのは、得意じゃないんだけどな。でもまぁ、これも人付き合いの一環として必要なことか。
質問にはある程度嘘と本当を混ぜて回答すれば、なんとかごまかせるだろうし。
私は気乗りしないものの、
鞄に手をかける。あんまり整理がついていないので、がちゃごちゃと中身をかき回して、スマホを探す。
そこでふと、あることを思い出して「あ」と声が洩れた。
「どうしたの?」と
私は、ちろりと舌を出して言った。
「スマホ、学校に忘れてきちゃったみたい」
× × ×
明日から夏休みが始まる。スマホ無しで休日を過ごすのは、私にとっては結構辛いことだ。退屈ってレベルの騒ぎじゃない。
……本当は、明日から始まる補習に参加しようと思っていたので、再登校なんかしなくてもよかったのだが、苦手な話題を避けられるのならと私は一旦逃げた。
けど、逃亡先が学校って、ちょっといただけない。午後四時が近づいた校舎は人気がなく、ひっそりとしていて物悲しい雰囲気に包まれていた。
ぽてぽて廊下を歩いて、私が所属するクラス——一年五組を目指す。
窓から差す光は弱々しく、だからか廊下全体がなんだか薄暗い。そういえば今日は天気がずっとくもりだったなぁ、とかそんなことを思い出す。
雲間から降りてくるのは天使なんかじゃない。雨とか雪とか雹とか雷とかだ。
幼い頃に呼んだ児童小説で知ったこと。天使は雲間から降りてくる。それはいかにも現実離れしていて、荒唐無稽な設定(おとぎ話に「設定」なんて言葉をつかうのは何か間違っているような気もするけど)だった。
当時はそれなりにその物語を愛していて、毎朝学校に行く前に、ランドセルにその本が入っているかどうか玄関先で何度も確認したものだった。そのくせ、筆箱とか絵の具セットとかは平気で忘れちゃうんだけど。
だけどもう、ファンタジーは心の底から愛せない。高校一年生の私は、それぐらいにはもう大人だった。
これが「年をとった」という感覚かぁ、としみじみ思う。しんみりとしょんぼりが混ざり合ったような、ちょっとだけ寂しい気持ち。
この気持ちをいくつ積み重ねれば、私は大人になれるんだろう。十五歳という、まだ若い年齢である私には想像することしかできない。
そんな妄想を弄びながら教室に入る。そもそも世間一般でいう「大人」なんて存在するわけないよなぁ、と香ばしい結論に至ったところで、そこに人がいることに気づく。廊下側の自分の席で帰る準備をしている、肩にかかる程度の黒髪のセミロング。
嬉しさに声が出ない私の気配を察して、彼女は振り返った。
「あれ、
彼女は微かに青みがかった顔を微笑ませると、通学鞄を両手で持ち直した。しくしくと髪を手櫛で弄び、その手は再び鞄の取っ手へ。
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