第2話
窓の外の、曇り空。むかし、なにかの児童小説で「天使は雲間から降りてくる」みたいな文を読んだことがあるのをふと思い出した。
「どうして雲間から?」と訊ねる主人公の女の子に、天使は言うのだ。「天使は雲の上の国で暮らしているの。だから、晴れの日は人の子の世界には降りてこれないの」
……えぇっと、それで、その小説のタイトルって何だっけ。
うむうむ唸っていると、いきなり後方から肩を叩かれて、喉元まで出かかっていた小説のタイトルを呑み込んでしまった。……あうう、私の少女時代の思い出がぁ。
そんな私の些細な落ち込みなんて気にせず、
「
「カラオケ? またぁ?」
私たちが暮らしている
田舎は、都会に比べて娯楽というものが少ない。
私たち高校生の遊び方といえば、駅前で色々な店を巡るか、自転車に乗ってちょっと離れたところにある大型ショッピングセンターに行くか、電車に片道三十分揺られて街に出るかの三パターンに確定してしまう。
住吉の言うカラオケは、駅前にある。きっとそこには今頃、夏休み前日の開放的なテンションで浮ついた学生たちがうじゃうじゃしているのだろう。
夏休み前日の解放感には正直共感できるし、自転車に乗って遠いショッピングセンターに行くのなら午前から計画したほうが色々と遊びやすい。
今から電車に揺られに行くのも勘弁だし、だから、
だけどさぁ、もっと根本的な問題。
「カラオケは先週行ったばかりじゃん。また行くの?」
いくら田舎に遊ぶ場所がなくとも「飽き」という問題がある。
けれど、どうやらその手の問題は
「えー、いいじゃん。行こうよぉ」
甘えたような声を出す。お決まりの、首元にその柔らかい腕を絡みつかせながら。
えぇい、鬱陶しい。抵抗はしないものの、私は
だけど、その必要もなくなった。真夏日に絡み合う私と
「いいじゃん、カラオケ。
「
声をかけてきたのは、
私は高校入学時になんとなく二人の間に挟まった。席順が近かったのと、選択科目が同じだったという、ほとんど偶然で生まれたような仲だけど。
今日は木曜日。
それなのに今日はどうして? 首を傾げると、
「夏休み前日ってことで、今日は特別に図書室が開かないの。委員会活動なし」
なるほどね。
「今日だけはフリーの木曜日。
……なるほどねぇ。
ようは、
「やった。
私が首を縦に振れば、にっこり笑顔の
「え……?
私が首を縦に振れば、引きつった顔の
そういうコントみたいなノリが何気ない日常に差し込まれるのは、どうも得意じゃない。だけどそれを「軽薄だ」と言えるほど、私は烏滸がましい人間でもない。
人付き合いに「面倒」という言葉を当てはめられるほど私は孤独に慣れていないし、けどまたに二人の内輪ノリに胃もたれしそうになるときがある。
人付き合いで発生する波の正と負の起伏に
× × ×
駅前は浮かれた学生たちで溢れ返っていた。予約まで時間を潰そうにも、ゲームセンターにも本屋にも色んな高校の学生服がちらついて窮屈な思いをした。
私と
「よくこんなお店知ってるね」と
テーブルについてそれぞれ注文を済ませる。店員が席から離れたのを見計らって、
話題は、駅前でちらっと見かけた同じクラスの男の子のこと。
「
「もう。いいじゃん別にぃ。学校とか店とか、
「そんなわけにはいかんよ。恋する親友は、存分にイジらんともったいない」
恥ずかしそうに俯く
「
「ちょっとやめてよ、昔の男の子引っ張ってきて、あたしの好きなタイプ分析するの。プライバシー、プライバシー」
店員が注文したものを運んできてくれた。これからカラオケでお金を使うことになるので、一番安いホットココアである。
ふぅーっと液面に息を吹きかけると、もわもわっと湯気が立ちのぼって、私と、
恋人ができたらこういうシチュエーションに憧れるとか、運動部と文化部ならどっち? 的な話とかが、ぽんぽん私の頭の上を飛び交う。その手の話題についていけない私は、両手でカップを持って窓の外をぼんやり眺めていた。
厚い雲が学校のほうにどんどん流れていくなぁ、夕方からは雨かしら、とかそんなことを呑気に考えていたとき、
「
がふっ。
こっちに話題が振られるとは思っていなかったので、ココアを吹き出しかける。
「あつっ!」
動揺で手元がぐらついて、手の甲に熱々のココアが一滴はねた。ぺろりと舌で舐めてから、ハンカチを取り出して拭う。
そんな私の間抜けな一部始終を見ていた
「
「使役ってなによ、使役って」
言い方というか、言葉選びが酷い。私は女王様なんかじゃないぞ。
不満げに息を吐けば、今度は
「へぇ、意外。
「あんたら、人を見た目で判断しすぎ」
判断するでしょ、そりゃあ、と
えぇい、塩顔イケメンフェチの面食いは黙っとれい。あ、でも、面食いだから人を見た目で判断しても仕方ないかぁ……って、違うか。
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