百合ときどきクモリ。
安達可依
1.職員室とヱンジェル
第1話
私は、
その甘い締め付けを意識するたびに、私は「あぁ、私はちゃんと恋をしてるんだな」と再確認させられる。
私は自分に好きな人がいることを、友人や家族に吹聴してしまう人間ではない。自分一人で、大切に大切に温めておきたいタイプだ。
文化祭終わりの寂しい空気や修学旅行の夜のいかにもな空気に触発されて、ぽろっと想い人の名前を口にしてしまうほど外向きな性格でもない。
けれど、私と日常を共にする友人——
「あぁぁ、今日で一学期が終わっちゃう……。
私のちょうど後ろの席の
べたつかないでよ、と
一学期最後のHR。その時間には通信簿が渡され、学生たちは入学後三ヶ月間の頑張りなり怠惰ぶりなりを確認させられる。
終業式はすでに終わり、あとはこのHRさえ済ませてしまえば、晴れて夏休み。渡された通信簿を見て一喜一憂するクラスメイトたちを、教室後方の席から眺める。
「
通信簿を開いて中を確認する。
そのまま膝から崩れ落ちるようにして、撃沈する。
……まぁ、なんとなく予想していたことだった。
けど、
素直に人に分からないところを聞ける気さくさや、もはや休憩時間の合間に勉強しているのではないかというペースで教科書を開くのだが「一切のノー勉でテストに向かえばテストを作った先生が可哀想だ」と心からの言葉を言える真摯さも持ち合わせている。
平たくいえば、いい女の子なのだ、
今だって、その成績の悪さを取り巻きの男女に見せつけて「二学期は心を入れ替えて勉強するから!」と声高々に宣言して笑いを取っている。
そこに先生も加わり「まずは課題提出の期限を守るところからだな」とツッコまれて、更なる大笑いが巻き起こった。
……その、大笑いの一角に、彼女——
口元に手を当てて、お淑やかに笑っている。彼女といつも行動を共にする女子生徒が「見て見て」と教室前方の
でも、私が気になっていたのは成績欄なんかじゃなくて、もっと別のところ。
通信簿というのは「生徒の成績を記載したもの」というイメージが強いけれど、目を凝らして見ると案外色んなことがずらずらと書かれている。
私が気になっていたのは——
「——
名前を呼ばれていることなんか忘れてぽけーっとしていると、席に戻ってきた
「ほら、
「……おわっ」
「もう。
席に着くと同時に通信簿を開いて中を確認すれば、後方からやはりそいつの声。
「うわぁ、
「……そんなことないよ。ほら、物理と数学のとこ」
「どれどれ……って、3じゃん。別に悪くなくない?」
「うーん……」
私の成績が悪くないのは、実のところ、
ダイエットするのも「自分磨き」。
化粧品一つ選ぶのも「自分磨き」。
自分に似合う髪型を選ぶのも「自分磨き」らしくて、けれど日頃からコツコツ勉強して学問的精進に励むのはどうも後回しになってしまうらしい。なんじゃそりゃ。
「好きな人に好かれたい。好かれるためには自分磨きが必要なのよ!」
三ヶ月ほど前に
素敵な人に好かれるために、まずは自分を素敵にしよう。
そうすれば「素敵」という共通点で、惹かれ合えるかもしれない。素敵な相手のために、自分も素敵でありたい。
そんなひょんな動機といえば動機で、私はとりあえず勉学に励んでみたのである。
恋する女の子はどんどん可愛くなるっていうけど、それはたぶん女の子たちが恋愛することで得た「恋エネルギー」的な何かで、容姿にも仕草にも言葉遣いにも磨きがかかってくる現象のことを指しているんだと思う。
そういう意味でいえば、
その結果、彼女は期末テストで恐るべく低得点の嵐に見舞われ、夏休み期間の補習授業が一日四コマペースで確定している。
恋と勉学の天秤の傾き具合が、明らかに偏っている。……けどまぁ、結局のところ、
「日曜日に
「やばいやばい! 次の英語の授業、
「ねぇねぇねぇ、来週の遠足、
それはもう、可愛いのだ。女の子の魅力がそこに凝縮されたような、100%の笑顔。可愛さも美しさも綺麗さも全部混ぜ込まれたようなキラキラした笑顔。
私は今こうして他人から賞賛されるぐらいの通信簿を手にしているけど、
「自分磨き」で成功を収めたのは、私なのか
その答えは明らかで、私は、やっぱり
「夏休みさ、あたしにも勉強教えてよー」と、そいつはまた腕を絡ませてくる。今度は抵抗すらしなかった。どうせ抵抗しても勝てないのだ。
私の通信簿の「担任から」の欄には、
「真面目で、日頃から成績を伸ばすことを意識しているようで、提出された課題や試験の解答にもその姿勢が現れているように思えます。
ですが、クラスメイトとの付き合い方にやや消極的な傾向にあるようです。二学期からは、もう少し人と接することに注力してみるのも大切なことでしょう」
と書かれていた。
× × ×
今日の日程は正午を少し過ぎたあたりですべて終了した。私は、部活や委員会に意気揚々と出かけていく後ろ姿を眺めつつ、だらだらと荷物を鞄にしまっていた。
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