骸骨兵団

 グリシャの東にある鉱山の更に東には、広大な原生林が続いており、エリシアムから北にアトリア山脈の尾根伝いに歩くとそこに出る。

 鉱山は小高い丘の麓にあり、丘の頂上は原生林に続いていた。

 林になっていて見通しが悪く扱いにくい。

 鉱山の入口直上あたりは簡単な砦になっていたが、その先に広がる林には兵を配置していなかった。

 そんな所から来ることは想定していないからだ。

 鉱山周辺には軍が野営していた。

 その数はおよそ千。

 ロンバルドの最奥に位置することもあり、部隊の規律は緩みがちだった。

 その日の夜も酒を飲み、馬鹿話に花を咲かせていた。

 そんな時、あたりの砂が巻き上がって、渦を巻いて立ち上り始めた。

「おい、何だあれ?」

 兵の一人が目を擦りながらそれを指差した。

 皆眉を顰めながらそれを見つめた。

 砂はやがて形を成してゆく。

 二本の細い足のようなものに三角形の骨盤が付き、背骨が伸びて、肋、胸骨、腕、そして頭蓋骨が現れた。

 それが幾つも幾つも湧いて出てくるのだ。

「ぎゃーーーーーーっ」

 皆慌てふためき、酒でふらつきながら逃げ出した。

 他の場所で野営していた者がその声を聞きつけて、何事かと多方面から押し寄せてくると、皆その骨の群れを見て腰を抜かした。

 幾つもの骨はゆっくりと歩いて迫ってきた。

 衛兵は慄いて、砦を放り出して逃げ出した。

 砦の頂上に隊長と部隊長らしき者が不審に思い出てきたところ、あっという間に殲滅された。

「よし、砦は奪った。囲いを強化して軍備を整えるぞ」

 エルマが指示を出すと、デネブをはじめ、工学院の者が土塁を高くして壁を作った。

 夜のうちに固めてしまうのだ。

「骸骨兵団上手くいったね」

「あれあんまり楽しくないんだよなぁ」

 オリガの想像力の賜物である。

 まだ幼い頃に事故で命を落とした者の葬儀に立ち合ったことがあった。

 荼毘に付した後に残る骨が脳裏から離れなかった。

 オリガはその光景も絵に描いて残していた。

「僕は楽しかったよ。兵隊が慌てるところはすごく面白かった」

「あなた達、ここは戦場だって分かってる?」

 二人はバツの悪そうな顔をした。

「アゼル、私は十八の頃に戦に出た。今回は骸骨で脅かして逃げただけだが、ここの隊長達は全滅している。死人が出ているのだ。あまり浮かれるな」

「はい」

 アゼルは気を引き締めた。

 翌朝にゾロゾロと兵は戻ってきて、鉱山の入り口に隊長の死体が並べて置かれているのに気づき、砦を離れて陣を敷いた。

 しかし武装がないのだ。

 隊長も全員死に、指揮する者もいなかった。

 彼らは報告するしかなかった。

 大失態である。

 動く骨に驚き、逃げ出したのだ。

 報告するにしても、何の情報もなかった。

 鉱山が奪われたという報告はグリシャからシエラに伝わった。

 グリシャも相当慌てており、軍を送るように指示したのだが、南は交戦中で、西はヘルマインの軍が集結しており、今軍を動かすのは得策ではないと助言された。

 しかし放置するわけにもいかない。

 中の状況についても報告はなく、採掘した金が無ければ支払いが出来なくなる。

 仕方なく元の部隊に指揮官を任命して、奪い返すよう指示を出した。

 その日のうちに砦を包囲し、攻撃を開始した。

 鉱山入口の上方の丘が全て奪われ、迎撃を受けた。

 一部のものが中に入り確認したところ、およそ金貨千枚相当の金が奪われたということだった。

 奪ったのは今砦にいる連中だ。

 砦を落とそうとするが、より強固に作り直されていて攻めあぐねた。

 更に厄介なのが、煙を発する球を投げてくるため、視界が悪い上に喉をやられた。

 そして物凄い精度で矢が飛んでくるのだ。

 死傷者が増える一方で、攻め口を変えようとしたが、陽が傾いていたので翌日とした。

 その日の夜も、それは現れた。

 砂煙が幾つもたちのぼり、骨になっていく。

 そしてそれが歩いて来るのだ。

 逃げる者もいたが、立ち向かう者もいた。

 ある者は剣を払った。

 すると剣は砂を通り抜けるだけで斬れないのだ。

 骨が手を伸ばして、口を塞ぎにきた。

 口に砂がねじ込まれ苦しくて逃げた。

 それを見ていた者達も皆走り出した。

 指揮官は松明を手にして、部下に戻るよう言うが効果がない。

 ふと振り返ると、目の前に頭蓋骨があった。

 彼は骨に抱きしめられ、頭蓋骨を口に押し付けられた。

 鼻で息を吸うと鼻に砂が入り、口を開ければ砂を捩じ込まれた。

 指揮官はうめきながら骨を解いて、ついに逃げ出した。

 翌朝グリシャに報告に出向いた。

 ラルゴ王は骸骨の集団と聞いて呆れ返った。

 骸骨の集団が襲ってきて兵が逃げてしまうというのだ。

 何と情けないのか。

 遂には自分が行くと言い出した。

 臣下は皆止めたが、王は聞かなかった。

 人任せにはできなかったし、他に誰も行こうとはしないのだ。

 このまま放置しては、王家の財政がなくなってしまう。

 王は城の衛兵を伴い、鉱山に向かった。

 それを頂上からアゼルは見ていた。

「母さんあそこ随分護衛が多い」

「指揮官に母さんはだめ」

「何て呼べば良い?」

「そうだな、閣下とか? 私衛府の副管理官なんだよ、一応ね」

「では閣下、一際警護の厚い者がおります」

「あれは身分高そうだな」

 約八百の兵の奥に馬車があり、その周りを五十人程の衛兵がいた。

「可能なら捕虜にする。アゼルは準備しなさい」

「承知しました閣下」

 エルマは思わず吹き出した。

 アゼルも舌を出して笑った。

 オリガは弓を握っていた。

「使えるの?」

 アゼルは尋ねた。

「うん、割と好き。たまに狩に行っていたんだ。牡鹿を仕留めたよ」

「オリガは凄いな。骸骨兵団で敵追い払うし、弓も使える。僕は剣だけだ」

「術はまだ使えない?」

「オリガほどには使えない」

「大丈夫だよ。あなたの剣は強いんだから。自信持って」

 アゼルは頷いた。

 姉は頬を撫でてくれた。

 敵が動き出した。

 アゼルは煙幕と爆薬を握り、まず煙幕の導火線に火をつけて、敵陣に投げた。

 それは敵陣の先頭に落ちて、辺りを煙が覆った。

 そこに爆薬を投げると、敵数名が爆圧で吹き飛んだ。

 足並みが乱れたところに更に投げ込み、オリガは矢を射た。

 本当に良い腕だった。

 喉や胸に命中していた。

 高所から矢を射掛けられ、敵の足は止まっていた。

 デネブが作った連弩は役に立った。

 工兵でも矢を放つくらいはできるようになったのだ。

「アゼル行くよ」

 エルマが呼んでいた。

「行ってくる!」

「気をつけて!」

 エルマはアゼルに馬の手綱を渡した。

 回り込んで本陣を狙うつもりだ。

 騎馬は二百騎ほどいた。

 それぞれ左右から周り混む手筈だった。

 まず、右翼の百騎が崖を下り、回り込んで突入した。

 敵の後方部隊が回り込んで包囲する動きを見せた。

 動き切ったのを見極め、エルマは左から馬車の一団を攻撃した。

 相手も騎馬だったが、止まっている騎馬に脅威はない。

 しかも護衛は五十騎、勝てない道理はない。

 アゼルは先頭のエルマの後ろにいた。

 エルマが一人を相手にしていると、横から手を出そうと近寄る者がおり、その男の腕を斬った。

 左の肘から下が地に落ちた。

 アゼルはオリガが持つような長巻を使っていた。

 エリシアムで稽古したのだ。

 馬上では有利に使えた。

 続いてアゼルを狙って男が槍を振るった。

 アゼルはこれを撃ち落とし、そのまま払って相手の胸を下から斜めに斬りあげた。

 鎧に阻まれていたが、相手が怯んだ隙に、首元に斬り下ろした。

 敵は馬から崩れ落ちた。

 程なくして、敵の護衛は全滅し、馬車から男が引き摺り出された。

 それに気づいた後方の部隊長が声を上げた。

「陛下をお助けしろ!」

 敵の全軍が向かってきた。

「止まれ! 止まらねば斬る」

 エルマの声に、全軍が止まった。

 彼女の剣の切先は王の首元にあった。

「武器を捨てて投降しろ」

 皆武器を捨てた。

 約七百名が捕虜となり、縛られて鉱山の人夫と同じ穴に入れられた。

 そのうちの一人を伝令としてグリシャへ送った。

 グリシャは騒然となった。

 王が捕えられたのだ。

 何故もっと護衛を連れて行かなかったのか、いやそれでは王宮の警備が薄くなる、などと言い合い、責任の押し付け合いを始める有様で、何の対応もできなかった。


 鉱山の頂上の幕屋に、手を縛られて地に座り込む男がいた。

「愚かだな。自ら出てくるとは。そんなにここが大事だったのか?」

 ラルゴは答えなかった。

 まさか王が自ら出てくるなど思いもしなかった。

 あのような寡兵で出てくるなど、神経を疑う。

「お前は何者だ?」

 エルマは旗の紋章を見せてやった。

「これが何かわかるか?」

 ラルゴは旗の紋章をしかと見ると、目を伏せた。

「そう言うことか。……要求は何だ?」

「譲位せよ」

「領地の安堵を約束しろ」

「どこが欲しいのだ?」

「グリシャは貰うぞ」

「街だけはやろう。そこから出る時は許可を得るのだな」

「それでは何もできん」

「今の状態でも何もできんぞ?」

「それでは幽閉ではないか」

「当たり前だ。自分の立場を考えよ。お前達は我らから国を奪ったのだぞ。生かしてもらえるだけありがたいと思え」

 翌日、エルマは騎馬二百騎でシエラに向かった。

 捕虜を連れて、である。

 北門で衛兵が止めたが、自分たちの王がそれを止めた。

 街の者が何事かと顔を見合わせた。

 先頭を行く馬上の女が、腰に縄をかけられた男を従者のように引いていた。

 その集団は見慣れぬ紅い幟を掲げていた。

 第二門を抜け、衛兵が王の来訪を王宮に告げた。

 直様第三門が開かれ、王を出迎えたが、その姿に驚愕した。

 罪人の如く引かれていたのだ。

「貴様何をしている!」

 サナエがエルマに詰め寄ると、ラルゴが止めた。

「どういうことですか?」

「余はこの方々に王位を譲渡した」

「何を馬鹿な!」

「冗談ではない。ここに署名もある」

 エルマは動揺する女に書類を見せた。

「貴様は何者だ!?」

「無礼な女ですね」

「何を偉そうに!」

「皆を集めよ、話すことがある」

 侍従はシエラの重臣達を広間に集めた。

 グリシャからも集められた。

 捕虜になったと聞いていたので、大慌てでやってきたのだ。

 広間には中央に椅子があり、そこに女が座っていた。

 その下にラルゴが立っていた。

 重臣達は何事かとざわめいた。

 ラルゴは力無く話し始めた。

「ラルゴ・ロンバートは……、アトワールの正当な王家に我がロンバルドの王位を譲渡し、……以後忠誠を誓います……」

 そう言って、エルマに跪いた。

 サナエは膝から崩れ落ちた。

 重臣達は呆然とことの成り行きを見ていた。

 そんな中、リーサ・グリーナ女侯爵は笑った。

「分かりました。アトワールの正当な王家に忠誠を誓います」

 そう言ってリーサは跪いた。

 それを見て、他の重臣も倣った。

「よろしい。ではお前達に尋ねる」

「何なりと」

 リーサは答えた。

「現在南で戦が起きているが、発案者は誰か?」

「密命を受け、私が発案しました」

「他に関係者はおるか? いれば前にでよ」

 すると総勢二十三名が前に出た。

 ここに集まった貴族のほぼ全てであった。

「上手く事が運んでおらんらしいな」

「はい、ですがじきに勝報が届きましょう」

 リーサは和かに答えた。

「そうか、それは目出度いな。早速命を下す」

 貴族達は跪いた。

「現地に赴いて戦況を確認して参れ。勝つまで帰ってくることは許さん」

 それを聞いてリーサが立ち上がった。

「ふざけるな!」

 念を放って言った。

 その念はエルマの精神を操ろうとしていた。

 それに気づいたアゼルは間に立ち塞がった。

「母に手を出すのは許さない」

 アゼルの左掌がリーサの放った念を吸い上げていた。

 そして右の手を出して握りしめた。

 リーサの目の前に小さな光の粒があった。

 リーサは恐怖の顔を見せた。

 男が術を発動していた。

 雷帝の恐怖政治は皆が知っていた。

「アゼル、その程度、何の影響もありません。それは解放してはいけません」

 母の言葉を聞き、アゼルは念の発動を止めた。

 そしてエルマは言った。

「ひかえよ愚か者」

 そう言ってエルマは念を発動した。

 強大な力だった。

 リーサをはじめ、事件に関わった者達が胸を押さえて蹲った。

 正に心臓を握られた。

 心臓の拍動が止められたのだ。

「今すぐに発て」

 百五十の兵が彼らを連れて広間を出た。

「サナエ、お前もだ」

 泣き腫らして化粧が崩れた顔が更にひきつっていた。

「お前もこい。結末を見ると良い」

 サナエとラルゴは項垂れたまま歩いた。

 残りの五十名は学院に踏み込み、三十名の関係者を捕縛した。

 うち十三名が抵抗したため戦闘になり、死亡した。

 そしてのちに入城した文学院の者が書類の整理に赴いた。

 街の第二門は閉ざされ、中は鉱山から移動した衛府の者達が封鎖した。

 百五十人の騎兵は、二十五名の関係者を、罪人に使用する折の荷馬車に、手枷と足枷を付けて乗せると、第二門から南へ進んだ。

 街の者は何が起きているのかわからない様子でそれを見送った。

 その後、街に詳細が書かれた立看板が置かれ、街は騒然となった。

 炎帝が復興したのだ。

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